第5話 大地と歌

 列車はエスキシェヒルを出て、再びアンカラへ向け走りだした。

 どんどん加速する。車両前方にある速度表示は、時速200キロメートルを超えた。

 車窓の外には、目の届く限り続く畑と空。


 かつてこの大地を、ヒッタイトが戦車を駆り、エジプト・ラメセス王へと嫁ぐ王女が豪奢な行列を従え、冒険が信条のギリシア人たちが植民の征服行をたびたび試み、ついにギリシア支配を果たせなかったペルシア・クセルクセス王の大軍が粛々と歩み、アレキサンドロス大王は勇躍として馬を進め、ローマ人が道路網を張り巡らせ、最後にオスマン朝が世界帝国へと飛躍する前の揺籃となった。


 地域としては中東に括られることが一般的なトルコは、砂漠や不毛の大地と思われるきらいがあるが、それは完全に誤解だ。

 有史以来数多あまたの民族を育んだアナトリア高原は、今も豊かな農業地帯である。但し、農村と云えば稲作を思い泛べ、慈雨と緑に彩られた水田を見慣れた日本人からすれば、眼前に広がる焦茶色の勝った光景を豊かな農業地帯とは思えないかもしれない。



 先刻さっきから騒がしいと思っていたら、いつの間にか前方の座席の一行が小型のギターのような楽器を取り出して、歌い出した。

 ギター(に似た楽器)を弾くのはお元気そうなお爺さん。隣りに肩を寄せて座る老婦人は頭に青いスカーフを巻いている。手で拍子を取る彼女に合わせて、向かいの席で歌っているのは息子夫婦か。膝に抱いた五歳ぐらいの幼児二人も、調子を外した声を上げている。

 ひとつ前の席でドラム代わりにももを叩く若い男は、彼らの連れかどうかは疑わしい。周囲は迷惑がるかと思いきや、歌に参加したり、一曲終わる度拍手したりと好意的だ。

 初対面だろうとすぐ親しく打ち解けるのも、如何いかにもトルコらしい光景だ。隣のお嬢さんも、スマホから顔を上げ体を揺らしている。どうやら楽しんでいるらしい。


 私も、BGMとして聴くことにした。ゆったりしたトルコ伝統音楽を聴きながら眺める窓の外の大地。空は夕焼け。幾多のつわものどもの夢のあとが赤く燃える。

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