第2話 アナドル高原の目覚め

 イスタンブルとアンカラとを結ぶ急行列車の中で私が目覚めたのは、路線の中間辺りに位置するエスキシェヒル駅にもうすぐ着くと告げるアナウンスのお陰だった。


 うっかり一時間ほど眠りに落ちていたらしい。

 それも無理はない。夜行フライトでイスタンブルのアタテュルク空港に到着したのは、今朝五時前のことだった。

 午前中アヤソフィヤとブルーモスクを駆け足で巡った後アジア側へ渡って、ペンディク駅でイスタンブル・アンカラ高速鉄道へ乗り込んだときには疲れがピークに達していた。



 アンカラへの列車移動ならばもう一つ、アンカラ・エキスプレスと呼ばれる夜行列車を使う手段もあって、それにはいたく心惹かれたのだが、今夜の内にアンカラで為さねばならぬ仕事があった為に泣く泣く断念した。

 そもそも、イスタンブルからそのまま国内便に乗り換え、飛んでいれば今頃うにアンカラのホテルでゆっくり休めていた筈だったのだ。本来そうすべきところを今こうして列車で移動しているのは、ひとえに私の趣味嗜好にる。


 せっかくの旅を飛行機であっさり飛ぶなど勿体ない。その地の空気をいっぱいに吸って。異郷の人々の息づかいを近く感じて。地形の変化や景色に温度、音や匂いを五感で捉まえながら旅したい。

 ……とそれらしく書いてみたが、とどのつまりは、列車の旅が好きなのだ。



 このエスキシェヒルという街の名は「古都」という意味。悠久の歴史を持つアナトリア高原(トルコ風に云えばアナドル高原)の雰囲気をたっぷり纏っている。


 ところでトルコには「〇〇シェヒル」という名の街が多いのだが、『千夜一夜物語』の語り手シェヘラザードの名は、この「シェヒル」から来ているのではなかろうかと思える。と云うのも、シェヘラザードの妹の名はドニアザード、トルコ語で「ドニャ」は「世界」を意味する。

 姉は「都」で妹は「世界」。目眩めくるめく千と一夜の寝物語の語り部としては、実に浪漫的なイメージを惹起するネーミングではないか。



 兎角とこうするうち頭が醒めてきた。あらためて周りを見まわせば、幼い子供を引き連れた家族、学生らしい集団、楽隠居の爺さん婆さん。

 旅は始まったばかり。今回の旅では、どんな収穫があるだろうか。

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