世界の車窓から殺し屋日記 トルコ編

第1話 夜間飛行

　午後三時の紅茶を飲んでいたところに仕事の依頼を受け、日付が変わる頃には成田を発っていた。行先は、トルコ。

　エージェントの、毎度の人使いの荒さと云ったらない。

　私は刑務所内専門の殺し屋。全く不本意ではあるのだが、引退することも許されずに仕事を続けてもう十年ほどになる。

　殺し自体は好きでも得意でもないと云うのに、刑務所内での殺しを請け負う同業者はそうそういないのだろうか重宝されて、世界中から仕事が退（ひ）きも切らない。迷惑な話だ。

　とは云え、好きなことだけして生きていける幸せ者がこの世に幾人在（い）るだろうか。

　残念乍（なが）ら私も世間の多くの人たちと同じく、仕事を選（え）り好みできるほど有能ではないのだ。

　何であれ与えられた仕事に、全力で応えることを以て処世術とせざるを得ない。

　　日本国領空の域外に出たと思うと早くも夜食が供された。

　総じて機内食にはそう満足できないものだが、空飛ぶシェフが出迎えてくれるトルコ航空には少し期待してしまう。独り白基調の制服に身を包んだシェフが、注文を取りに来るのだ。

　渡されたメニューから選んだのは、香辛料や食材にやや癖のあるトルコ料理。世界三大料理の一つと数えられることに疑問を呈する友人は多いが、私は嫌いではない。

　やがて出てきたプレートに並んだのはキョフテ（トルコ風ハンバーグ）、レンズ豆のスープ、そして当然ヨーグルト。

　キョフテはトマトソースに浸かっている。懐かしい香辛料の香り。あたたかいパンには蜂蜜をつけて。機内食としては十分なクオリティだ。

　巡回してきたシェフに、右手の親指と人差し指の腹を合わせて立てて見せると、彼は満面の笑みで応えた。これは、美味しい、というポーズ。OKサインのように指を丸めてOの形を作るのでなく、両指を伸ばしたまま縦長の三角形を作るのが、トルコ風。

　仕事は気が重いが、旅立って直ぐの食事がこれとは、幸先がいい。トルコ産のビール、エフェスを一本空けると、すぐ眠りに落ちた。