座談会 真面目女子&王子の後日談(二)


「他の使用人と言えば、馬丁のリシャール氏ですよねー。彼の目撃証言は何とも衝撃的でした! あと庭師や他の馬丁の方々との雑談内容!」


 真面目な顔を保とうとしているウィリアムも流石に堪えきれないようだった。


「か、閣下も色々御苦労されていましたよね……」


「リシャールは今も馬丁と御者を勤めています。以前から散々フランソワがお世話になっているようです。今更この場で何をどうお世話してもらっているのか詳しく言う必要はございませんよね」


 クロエは全て知っているようだ。


「ク、クロエ……」


「交際開始時からクロエさんの方が完全に閣下を尻に敷いているとのことですが、それが良く分かりますね」


「お屋敷の使用人も、公爵ご本人に盾突くことはあっても、やたら威厳のある女主人のクロエには絶対服従らしいですわよ」


「それは言い過ぎよ、エレイン」


 しかし、その場の誰もが言い過ぎだとは思っていないのだった。


「僕はこの通り、いじられキャラに徹することで夫婦の間も屋敷の運営も上手く行っているもんねー」


「さて、閣下はご自分の役割を受け入れ開き直っておられるということを念頭に置いた上で次に進みましょう。この作品でも分かりやすいくらいの悪役が何名か出てきました。彼らはそれぞれ罰を受けましたね。シリーズ全作において勧善懲悪は根底に流れるテーマの一つのようです」


「それ故に安心して読み続けられるのですよね」


「まあ、奴らは当然の報いを受けたということだ」


「それから、悪役というほどでもないけれど、お二人の恋路を邪魔しようとするチョイワルたちも色々居ました」


「例えば、司法院のクロエの先輩ですか? クロエに相手にされないものだからってテネーブルさまの悪口を言う人ですよね」


「彼は今でもたまに私に突っかかってくるのです。私が妊娠中、フランソワは欲求を満たすために絶対浮気しているに決まっていると言われていました。それから結婚して何年か経ったらもうそろそろ『れす』じゃないの、フランソワは愛人を何人囲っているの、とか……」


「きっと彼自身、恋愛や結婚生活が上手くいっていないからだよ」


「気にせず適当に受け流しています。だぶるフリンだったらいつでも僕はおーぷんだからとも……」


「何だって? あのセクハラヤロー、ぶっ殺す!」


 ウィリアムはハラハラしながら見守り、エレインは何だか面白がっている様子だ。


「フランソワ落ち着いて下さいませ。私、意味が分からないふりをして無視しているのですから」


「それが一番よね」


「閣下の方もクロエさんと喧嘩中に後輩の女性に迫られていましたね」


「いや、あれは迫られていたのではなくて……」


「ぶりっ子に巨乳を押し付けられてフランソワが鼻の下を長くしていただけですわ」


「し、してないし!」


「クロエの先輩であるポリーヌさんによると彼女、悪気はないそうなのですが、どうもあからさますぎて同僚女性の反感を買っているのですよね」


「とにかく、婚約中だろうが結婚していようがフランソワに言い寄ってくる女性は挙げたらきりがないくらいです。一々気にしていたら私の神経がもちませんわ」


「クロエさん、流石ですね。公爵夫人の貫禄と言いますか……」


「いや、だから……僕は結婚して何年経ってもクロエ一筋なの! 子供が出来ても未だにラブラブで、倦怠期には程遠い。僕は良い夫で居続けようと、多大なる努力をしている!」


 クロエはそこでフランソワの方を向いた。


「それについては貴方の献身にとても感謝しています。私も貴方の妻として相応しい人間であろうと日々の努力は怠りませんわ。自分の子供たちは愛し合う両親の元で育てたいと子供の頃から思っていましたし。それでも夫婦ですからいつ何が起こるか分かりません」


「司法院にお勤めのクロエさんがそうおっしゃるのですから、もしかして婚姻前契約を交わしたとか?」


 ウィリアムも結構言う。


「もちろんですわ。私は何の後ろ盾もない、領地も爵位も返上した弱小男爵家の娘です。離縁ということになった時に、夫婦に子供が出来ていたらその子たちはもちろんテネーブル公爵家の跡継ぎとして育てられることになるでしょう。それでも私は母親としての権利、例えば面会権ですね、を得るということだけは譲れませんでした。子供が居なければ私一人公爵家を出て行けばいいだけのことですけれども」


「クロエは婚前契約を結ばないと結婚しないって言うから……」


 ここに一人ねている人物が居る。


「普通なら夫婦のうち財産の多い方が契約書を交わすことに意欲的なのですけれどもね……クロエらしいわ」


「まあまあ、閣下……お二人はお子様にも恵まれ、お幸せな結婚生活を送っておられるのですから良しとしましょう」


「はい、子供二人は私たちの誇りであり、喜びです」


「お二人共顔立ちや外見はともかく、性格はどう見てもクロエ寄りですわよね」


「それについてはうちの家族も同意見だ、悪かったね」


 フランソワはまだ拗ねたままである。


「さて、この物語では話の展開に重要な関りを持つ小道具も色々と出てきましたよね」


 進行役のウィリアムはさりげなく話題を変えている。


「私が覚えているだけでも、ダフネ製クッキー、クロエ号、お揃いの魔法石、うちで縫った桃色のドレス、それに何と言ってもあのク〇エホー〇でしょうか」


 しかし話題をいくら変えようが、フランソワをイジるということには変わらないようだった。


「別にそこ、伏せ字にしなくてもいいし」


「あ、そうでした。結婚後に見つかってしまったそうですね、うふふ」


「どれもこれも懐かしいですわね。クロエ号は健在で、何度も修理をしながらまだ乗っています。魔法石はもう魔力がなくなり、思い出の品として大事に保管しています。ドレスは流石に私もこの歳になると着られないので娘のために縫い直そうかと考えています。それから……最後の品については、夫婦間のとても個人的なことですから私は何も申すことはございません」


 クロエは赤面してうつむいている。


「とにかく、この物語では最初から最後まで僕は多くの小道具に頼り、他の登場人物達に頭を下げ、東奔西走し、筆舌に尽くしがたい努力を強いられていたということだ」


「前作では実姉の恋物語の語り手という割の合わないタダ働きよりも、カッコいい男主人公として脚光を浴びたいとおっしゃっていた閣下ですが……」


「「カッコいい男主人公!?」」


 女性二人はハモっている。


「というか、クロエの男前度が上がっただけでは? テネーブルさまは前作『子守唄』で既に本性を現しておいででしたが、この作品だけお読みになった読者の方々には貴公子イメージ低落の仕方はあのティエリーさんと同様だったのではないでしょうか」


「それ、言い得て妙ですね、フフフ。クロエさんは閣下のそんなお茶目で人間っぽい一面に惹かれたのではないですか?」


「まあ、ウィリアム、妄想癖のあるムッツリも言い換えるとやたら聞こえがいいわね」


 美人局つつもたせエレインは流石である。


「ブハッ! あ、閣下、大変失礼しました」


 ウィリアムが我慢できず吹き出している。


「それでもテネーブルさまがフランソワ編の最初におっしゃっていたことだけは正しいですね。『語るも涙聞くも涙の僕の苦悩と困難と煩悩との戦いの記録、いや僕が愛を勝ち取るまでの感動のストーリー』でしたよね」


「ちょ、ちょっと私、もう笑いが……」


 笑いを堪えようとしてウィリアムは震えている。


「いいのです、フランソワは私だけのカッコいいヒーローなのですから、ね?」


「クロエェ……」


 何気に夫のことをけなされていようが、常にマイペースのクロエである。


「お二人がラブラブモードに突入しようとしているところでそろそろお開きにしましょう。実は笑い上戸のウィルも公爵さまに遠慮して笑い転げるのを我慢しているようですしね」


「し、失礼致しました。今日はありがとうございました」


「ご苦労だった」


「二人共気を付けて帰って下さいね」


 エレインはテネーブル家の玄関に向かいながら、夫の背中を優しく撫でている。


「ウィルったらもう、一度笑い出したら止まらないのよね。馬車の中で思いっきり笑えるわよ」




  ――― 座談会 完 ―――




***ひとこと***

予想通り、フランソワがいじられるという展開でした。まあそれで夫婦仲も屋敷の運営も上手くいっているようです。

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