番外編

座談会 真面目女子&王子の後日談(一)

― 王国歴1124年 


― サンレオナール王都 テネーブル公爵家




 ここはテネーブル公爵家の居間である。夫妻の友人であるエレインとウィリアムが訪れていた。


「クロエ、久しぶりね」


「ええ、本当に。エレイン元気にしていた?」


 女性二人は抱き合い、手を取っている。


「閣下、ご無沙汰しております。お変わりありませんか?」


「うん。二人共まあ座ってよ。ところで今日は改まって何事?」


「シリーズ作完結後恒例の座談会でございますわ、公爵」


「それでも、この話に限ってはもうあまりお聞きすることもないような気が致しますが」


 エレインとウィリアム夫妻は腰を掛けた。


「そうですわね。主人公二人それぞれの視点で物語は書かれ、幕間では大勢の方たちが私たちの結婚までのことを話しておられましたものね」


「皆さまの目撃証言ですわね。私も僭越せんえつながら出演して色々語らせて頂きました。うふふ……」


 エレインはフランソワの方へ意味ありげな目線を向けている。


「だ、だったら今日はお手柔らかにお願いしたいものだね……」


 方やフランソワは美人局つつもたせエレインとの例の件を思い出したのか、目を泳がせてたじたじ気味である。


「フランソワ、どうかなさったのですか?」


「い、いえ何でもありません!」


 こういう時だけは何故か鋭いクロエだった。


「お二人の話はそれぞれの視点の本編と幕間で出尽くした感がありますよね。ですから、この座談会では主に、他の登場人物の皆さんの活躍やその後についてお話をしようと思っております」


 美人局事件のことを知ってか知らずか、ウィリアムが上手く話題をらして進行している。


「主人公のお二人は今年結婚五周年を迎えられました。二人の可愛いお子さまもすくすくと育っておられますね」


「僕達はもちろん今でもラブラブだから」


「ええ、私も幸せですわ」


 クロエとフランソワは見つめ合って微笑んだ。


「テネーブル公爵、ご家族も皆さんお変わりありませんか?」


「皆元気だよ。両親は僕の結婚とほぼ同時に引退して領地に越して行ってそこで悠々自適の隠居生活を送っている。姉は未だ独身でうちの離れに住んでいるね。もうアラサーだけど、しょうがない」


「何と言ってもザカリーさんはまだ十五歳ですもの。今が一番難しい年頃なのです。義姉の気持ちを考えると私もとても切なくなります」


「このお話本編でのザカリーさんは初等科在籍中でした。第四形態ショタ君という可愛らしい盛りで、作者自身も書いていてキュンキュンしていたそうです。彼自身が主人公の『子守唄』ではあまりこの年頃のエピソードがなかったものですから、余計に彼とガブリエルさまの微笑ましい様子にいやされましたよね」


「今作でザカリーさんの活躍は素晴らしいものがありましたよね。何と言っても誘拐事件を解決できたのも、お二人の喧嘩が長引くことがなかったのも彼の白魔術のお陰でした」


「喧嘩が長引かなかったとは?」


「あ、クロエには言っていなかったね。僕がすぐに君に謝りに行けたのはザカリーに背中を押されたからなのだよ。僕が君と喧嘩中に不貞腐れていた心の中をしっかり読まれていてね。素直に謝らないと後悔するよってガキにさとされてさ……」


「まあ、ザカリーさんは私たちの恩人ですね」


「そんな彼も今は第五形態、反抗期の生意気な少年となり、周りは手を焼いているようです。ガブリエルさまの方に新展開が起こるまではまだ数年間待たないといけないのですよね。時系列的にはこの『ラシーヌ』の話が『子守唄』よりもずっと先に最終話を迎えますから」


「今度はクロエさんのご家族について伺いましょう。お母さんと妹さんはお元気にされていますか?」


「はい。二人ともおかげさまで元気にしております。母は良いご縁に恵まれて再婚いたしました。私の結婚式の少し前でしたわ」


「そうなのよ、おばさまもとても素敵な出会いをされたのよね。お相手は不動産業を営む年下のイケメン! 盛大な結婚式をすれば良かったのに、私はもう若くないのだからとかなんとか言っちゃって。籍を入れただけなのよね」


「流石にもうあのバ・ラシーヌの借家は出て、母は旦那さまとダフネと三人で郊外の小さな一軒家に移り住みました。ダフネは学院卒業後、ある貴族のお屋敷に調理人として就職していました。そしてその後、念願の王宮の厨房に運よく職を得ることが出来たのです」


「王宮料理の鉄人ダフネさんも幸せを掴まれました」


「そう、相手はダフネが最初に就職した伯爵家の次男坊で、僕の友人でもある王宮騎士だよ。彼こそ胃袋をつかまれたと言える。そして君達は姉妹揃ってマッチョ好きだということが証明された」


「ははは、何ですかそれ!」


「えっと、否定はしませんわ……」


「そういうことで春の騎士道大会には毎年、家族総出で観戦しに行っている」


「さて、次はクロエさんの先輩ポリーヌさんについてです」


「彼女は変わらず財政院に勤めていらっしゃいます。今でも時々昼食をご一緒しています」


「うん。彼女は益々お局としての威厳が出てきているよ」


「フランソワ、そんな呼び方は失礼でしょう」


「彼女、最近はもう自分でお局ポリーヌって言っているよ」


「ニコラさんの方はどうされていますか?」


「ああ、以前クロエにまとわりついていたあの草食系小動物男か。彼も結婚して子煩悩な親父になったみたいだね」


「フランソワったら……貴方のつけるあだ名には悪意がこもっていますわ」


「僕がつけたあだ名じゃなくて皆がそう呼んでいるのだってば」


「プロ侍女のグレタさんもご健在のようですね」


「はい。グレタは主に義姉のお世話を担当しています」


「彼女はうちの離れで実に色々なことを目撃しているよね、この話でも『子守唄』でも」


「テネーブル家の姉弟は二人共離れを恋人との逢引に利用するのですものね。グレタさんはそのために準備やお掃除をしないといけません」


 クロエは恥ずかしさでうつむき、フランソワは目を逸らし、ウィリアムは一瞬息を飲んだ。


「エレイン、ちょっとそれは言い過ぎじゃない? それに『子守唄』のネタバレも含んでいるし」


「あら、この物語のあらすじにはちゃんとネタバレ注意と書かれているわよ」


 エレイン女史は容赦ないのである。


「とにかく、グレタは見聞きしたことを他言することもなく、仕事を忠実にこなす、我が家にはなくてはならない存在なのです」


「御者のマルタン氏もおられましたよね。そろそろ定年間近ですか、それとももう引退されましたか?」


「マルタンは勤務時間を減らして今もまだ元気に勤めておりますわ。私たちも出勤や子供たちとの外出の時にお世話になっています」


「御者の彼もテネーブルさまがクロエを離れにしょっちゅう連れ込んでいたところなど、色々目撃されていたようですね。口の堅い忠実な使用人は貴重です」


「いや、だからそれは……僕はもうクロエとの結婚を決意していたし、クロエがあまり費用のかさむデートで肩身の狭い思いをしないようにとの僕の気遣いで……」


「申し訳ありません、閣下。うちのエレインの追及は全く情け無用でして……」


 フランソワに頭を下げるウィリアムに女性二人はクスクスと笑っている。


「義姉にも私が離れに出入りしていたのを目撃されていましたわ。それでも、しょうがなかったと申しますか……当時私の実家はあの通り、狭い借家でしたし……」


「まあまあ、ちゃんと結婚する予定だったから僕も堂々とクロエを連れ込んでいたわけだし、実際そうだったのだからいいじゃないか」


 ここに一名開き直っている人物が居た。




座談会(二)に続く




***ひとこと***

やはり聞き手はマダム・サジェスこと、エレインしかいないでしょう。例によって長くなったので二部に分けました。

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