第十三話 乙女の憧れ、王子様の求婚


 仲直りエッチの後、僕達は全裸のまま寝台で寄り添っている。


「クロエ、これからは何か不満があったらちゃんとすぐに言ってね」


「不満だなんて逆ですわ……私、今日はいつになく満たされました。貴方の腕の中でこれ以上ないくらいのよろこびに溺れて……女として生まれてきて、貴方に出会えて本当に幸せです」


 僕のテクだけを褒められているような気がしないでもない。


「えっと、まあ君がそう言うとどうも僕の体だけが目的なように聞こえるのだけど……君をよろこばせられて光栄だよ……」


「フランソワ、体と言えば……しばらく見ないうちに益々筋肉を鍛えられたのですね。お腹周りが更にしぼられていませんか? ほらこの辺り」


 クロエが僕のお腹の筋肉にそっと指を這わせ、胸板にキスをしている。僕の、汗と涙の結晶である洗濯板を愛おしそうに撫でてくれているのだ。この日、この瞬間を待っていた。僕は何とも言えない達成感を覚え、興奮してきた。


「うん、気付いてくれた? 君に会えない間、がむしゃらに運動したから……この僕もやっと洗濯板を手に入れられたよ。君がマッチョ好きなら僕もトレーニング頑張れるし。今日は君を抱えて二階まで行けて、カッコいいところを見せられたよね?」


「ええ、もちろんです。貴方は何をお召しになっていても素敵ですけれど、何もお召しになっていない鍛えられたたくましいお体にも、私どうしようもなくときめいて……」


「ああ、クロエ……」


 僕はたまらず再び彼女の唇をむさぼった。




 翌日、素直に謝って良かったとザカリーに伝えてくれと姉に言ったら何故か僕に対して怒っている。


「ザカリーに不適切なことを吹き込まないで、フランソワ。あの子はまだ九歳なのよ」


「はい、何のことでしょうか?」


「『ガブ、ジュウハッキンなモウソウって何? ぼくに読まれなくて良かったってフランソワさんが思っていたよ』とザックに聞かれたのよ、私。答えに窮したわ」


「それって僕の責任ですか? 吹き込んだのではなくて、ヤツが勝手に僕の心の中を読んだのです!」


「だから子供の前でみだらなことを考えるのはよして、と言っているのです!」


「僕には妄想の自由はないのですか? ザカリーには何でも人の心の中を暴露するのはプライバシーの侵害だときつく言っているのではないのですか?」


 全く、魔法で心の中を度々読む人間なんて厄介なだけだ。




 次のデートからはクロエの希望と意見も聞くようにした。連れ込み宿の代金を誰が払うかで揉めないためにも、しばらくはうちの離れを使うのもいいだろう。


 次にクロエを離れに持ち帰った時は朝まで一緒に過ごした。こうしていつも一緒に居たいのなら結婚してしまえばいいのだ、というなんとも単純な考えに僕は行きついた。


 以前は結婚願望など皆無の僕だったが、クロエと付き合いだしてからは妻と呼べるのは彼女しかいないともう無意識のうちに自覚していたのだろう。


 まだ横になっていた僕は先に体を起こしたクロエの腰に腕をしっかり回して求婚の言葉を自然と口にしていた。


「ああ、こうして君と毎朝一緒に迎えたいよ」


「ええ、私もですわ」


「クロエェ、嬉しいよぅ」


 その朝、僕はまだ寝ぼけていたが、本気だったのだ。クロエが再び横になって僕の傍に寄り添い、僕の髪を優しく撫でてくれているのに言いようのない幸福を感じていた。


 だというのに僕が完全に目覚めた後、二人で婚姻許可申請書を出しに行こうと言うとクロエは何戯言たわごとをほざいているのだ、と鼻先で笑ったのだ。


「とにかく、僕はたった今君に求婚したの!」


「きゅうこん……それでも先ほど貴方はまだ半分眠っていたので……あれは寝物語の延長というか、その場限りの愛情表現の一種だとばかり……」


 このフランソワ・テネーブル様の一世一代の求婚を寝言として片付けるのはクロエ・ジルベール女史以外には居ないだろう……僕は脱力した。横になったまま言ったのが良くなかったに違いない、そこで僕は寝台から飛び降りて床にひざまずいた。


「クロエ・ジルベール様、貴女のお手を取り祭壇の前で永遠の愛を誓う栄誉をどうかこの私にお与えください。私はもう貴女なしでは生きていけません」


 乙女の憧れ、ひざまずいての求婚をしてやったぞ。


「そ、そんなこと、いけませんわフランソワ。どうかお立ち下さい」


 だというのに彼女の反応はいまいち微妙だ。何だかふるふると震えていないか? 彼女に僕が何も身にまとっていないと指摘されるまで気付かなかった。しくじってしまった。


「この僕に全裸で土下座までさせたのだから責任取ってよね、クロエ!」


「も、もう駄目です……わたし……あはは……」


 クロエはそこで爆笑し出したのである。つい先日、スッポンポンのマッチョな僕の姿に濡れると言っていたその口からは笑い声しか出てこないのだ。その上笑い過ぎて涙まで流している。しかも、その日はよろず屋の副業だからと急いでドレスを着てクロエは慌ただしく帰宅してしまった。


「クロエ・ジルベール恐るべし。次期公爵である僕の求婚を有耶無耶にしたまま去って行った……」


 後には間抜けなフ〇チン姿でむなしくたたずむ僕が一人残されていた。




 このままでは終わらせない。その日の午後、クロエがよろず屋から帰ってくる頃合いを見計らい、彼女の家に向かった。今度は全裸ではなくちゃんと正装しているし、花束もついている。彼女はまだ帰宅していなかったが、それも計算済みだ。僕は外堀から埋めて行く作戦に出ることにする。


 クロエの母親に求婚の許可を願い出た。頼りない浮気性の夫のせいでジルベール男爵家は傾き、領地から王都に出てきて苦労したらしい。娘が貴族に嫁ぐことには躊躇ためらいを隠せないと僕に向かってはっきりと言うのだ。


 クロエや母親は貴族の男は皆自分の父親のような人間だと思っているのかもしれない。僕は断じて違うということを分かってもらえるだろうか。


「それでも御義母上がジルベール男爵と結婚されたお陰でクロエさんが生まれ、私は彼女に出会うことが出来ました。確かに、これから一生クロエさんだけを愛すると誓います、と口約束をするだけなら簡単です。けれど彼女が私と同じ部署に就職してきた時に出会ってから、たった今この瞬間まではずっと彼女一人だけを愛しています。それに、これからも私が妻と呼べるのは彼女しか居ないと確信しております」


「そうでございますか。そんな正直なお言葉ですからこそ、かえって信じられるというものです。というより、もう成人した大人同士の恋愛です。親の私が口を挟めることではありませんわ」


 その時に扉の外に人の気配がしてクロエと妹の声が聞こえてきた。この家の主人は僕ではないが、扉を開けて中に招き入れた。クロエは僕と母親の会話をどこから聞いていたのだろうか。


「二人共お帰り。そこに立っていないで中にお入りよ」


「テネーブルさま、こんにちは」


「ただ今帰りました」


 僕はクロエが上着を脱ぐ間もなく、食卓の上に置いていた見事な赤い薔薇の花束を掲げながら彼女の前にひざまずいた。


「クロエ・ジルベール様、祭壇の前で貴女のお手を取る栄誉をどうかこの私にお与えください。私の全身全霊をかけて貴女を幸せにして差し上げると誓います」


 今度こそはカッコよく決められたぞ。


「キャーッ、素敵ぃ!」


「ダフネ、静かになさい!」


「あの、フランソワ……貴方のそのお気持ちは嬉しいです。それでも……私に少し考える時間を下さいますか」


 唖然とした僕を残して、クロエは深く頭を下げてそのまま二階に駆け上がったのだった。


「お姉さま! どうして?」


 妹のダフネが彼女の後を追いかけて部屋の扉をドンドン叩きながら叫んでいた。


「ご無礼をお許しくださいませ、テネーブルさま。貴方さまのことを本気で考えているからこその躊躇ちゅうちょだと思うのです。あの子の言うようにもう少し時間を頂けますか?」


 母親の憐れむような眼を背に、失意の僕は肩をがっくり落として帰宅した。これで三回目の求婚だ。再び失敗してしまったが、何だかこうなることは予想できていた気がする。


 それでも母親と妹は僕の味方だということが分かった。これはかなり心強いと言える。




***ひとこと***

ガブリエルからはザカリーの教育上良くない妄想をするなと怒られ、カッコよく求婚したはずなのにクロエに笑われ、改めて求婚するも保留され、と散々なフランソワ君でした。

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