大団円

第十二話 雨降って地固まる


 そんな鬱憤が溜まりまくっていたある日、僕は用事のついでにザカリーと姉のデート後に彼らを迎えに行くことがあった。


 デートと言ってもまだ初等科のガキであるザカリーを姉が図書館に連れて行っただけだ。ただのお出かけ、手繋ぎデートでそれ以上のことはないのだ。それに他人の目にはまず年の離れた姉弟にしか見えない。


 その日ザカリーは僕の時化しけた顔を見るなりこんなことを言いだした。


「フランソワさん、けんかしたらすぐにあやまらないとだめでしょう。男のプライドが、なんてうじうじ言っている場合じゃないよ」


「はぁ?」


 何のことを言われたのか最初は分からなかった。


「たとえフランソワさんが悪くないと思っていても、お友達のクロエさんも同じように思っているかもしれないもん。そんなことで仲直りできなくなったら一生こうかいする、ってガブも学院の先生も言っているよ」


 そう言えばこの子は魔法で人の気持ちを読むことがあったのだった。他人の前では軽々しく口にしないようにと姉や家族は教えているようだ。家族や親しい人の強い感情は特に分かるそうだし、相手が僕だから率直に言ったのだろう。


「何を子供が生意気に……でもそうだな、お前の言う通りだよね……」


 僕は耳が痛かった。たかが十歳の子供に指摘されるとは……それでも本当のことだった。


「ザックは素直なお利口さんですものね。だから貴方はお友達が沢山居るのよね」


「うん!」


 姉は微笑みながらザカリーの銀髪を優しく撫でていた。このガキには僕の欲求不満による十八禁な妄想まで読まれていないよな。明日にでもクロエに謝りに行こうと僕は自分自身に誓った。




 そして次の日の仕事後、早速司法院に向かった。クロエの居室は分からないから誰かに聞かないといけない。しかし、その必要はなかった。


 丁度僕の目前の廊下に目的の愛しい彼女が居たのだ。彼女は一人ではなく、男と向かい合って話している。というより何だか男の方が彼女に迫っているような感じである。


「え、クロエちゃん実は彼氏が居たの? でも、そんな心の狭い彼なんて窮屈なだけでしょ、下手したらモラハラだよ。少しくらい羽を伸ばしてもいいじゃない。言わなければバレないって」


 顔見知りの男だった。同期の飲み会で何度か一緒になったこともあるが、名前は忘れた。それも無理はない、名前を覚えておく必要もない人物だからだ。奴の汚い手がクロエの方に伸び、クロエは後ずさりしていた。


「そういう問題ではなくて……私、本当に彼のことが好きなので……」


「君ってやっぱり見た目通り結構お堅いねぇ」


 堅いとか軽いとかにかかわらず、こんな奴の誘いに乗らなくて正解だ。心の狭いモラハラ気味の彼氏とは僕のことであって欲しい一心で彼女に近付いた。


 愛する彼女なら独り占めしたいに決まっている。大体心の広い彼氏でもコイツのような下衆が恋人の周りをウロチョロしていたら気が気でないに違いない。


 僕はクロエの隣に寄ると彼女の腰をしっかりと抱いて、その男を睨みながらドスを利かせた声で言い放った。


「俺のクロエに馴れ馴れしくすんな、嫌がっているじゃねぇか。心が狭くて悪かったな。彼女もそう言っているだろ。クロエは俺にベタ惚れだからモラハラとは言わない」


 まずはこのモブを追い払うのが先決だ。


「テ、テネーブル、お前って……」


「そういうことだ。セクハラヤローはとっとと消え失せろ」


 紳士な僕は普段こんな言葉遣いはまずしない。


「わ、分かったよ……」


 幸いにも男はあっという間にいなくなり、クロエは僕からさっと体を離して頭を下げた。あのセクハラ男を追い払って彼女を助けたのは僕なのに、こうもあからさまに避けられるのは悲しい。


「ありがとうございました……フランソワ。あまりにもしつこくて困っていたのです。助かりました。でもあそこまでおっしゃらなくても良かったのでは? 貴方と私が恋人同士だという作り話を触れ回るかもしれませんわ、あの人」


 恋人同士というのは作り話ってどういう意味だ?


『何回か寝ただけで彼氏づらするのはやめてよね、勘違いもいいところよ』


 僕はそうなじられているのだろうか……でも、そんなキャラじゃない筈だ、僕の純真なクロエは……


「ねえクロエ、それは噂でも嘘でもなくて真実でしょ。ともかく、僕達一度きちんと話し合わないといけないよね。元気にしていた?」


「はい……貴方もお変わりありませんか?」


「ん、まあまあね。送って行くから馬車の中で話さない?」


 僕は元気とはほど遠かった。久しぶりに見るクロエも顔色があまり良くないようだ。


「そう、ですね。貴方さまがよろしければ遠慮せずにお言葉に甘えることにします。お手数をお掛けしますが……」


 今日はこのためにクロエ号で出勤したのだ。彼女に断られなくて良かった。僕は馬車に乗り込んですぐにクロエに頭を下げて謝った。


「クロエ、君の気持ちを全く無視して僕は酷い言葉を投げつけた。僕が悪かった、許して欲しい」


 言いにくいことはすぐに済ませるに限る。クロエの方もずっと僕に謝りたかったと言い、お互い意地を張っていただけだと分かった。


 彼女にもう新しい相手ができたのだと思っていたのも誤解だった。クロエも僕が他の女とイチャイチャよろしくやっていると思っていたらしい。


「私も貴方に嫌われてしまったのだと、とても落ち込みました。これからはもう少し可愛げのある面倒臭くない女になれるように努力致します」


「クロエェー、君は十分カワイイよ。会えなくて寂しかったぁ」


 僕はたまらずクロエの隣に座り、彼女を抱きしめて夢中で唇を奪っていた。


 真面目でお堅くてツンデレで天然なクロエに、彼女のレアな笑顔に、彼女とのキスに、その華奢な体に、小ぶりだが形の良い胸に、敏感で感度の良い〇〇〇や□□□に、彼女の何もかもに飢えていた。


「あ、あぁん……フランソワ……」


 僕の手は理性に反して彼女の体中をまさぐり始めていた。クロエがそんな声を出すと余計に触りたくなるじゃないか。


「クロエ、ごめん。つい思わず……続きは降りてからにしようね」


 馬車は丁度うちの正門を通り抜けたところだった。


「フランソワ、ここは貴方のお屋敷ではありませんか……」


 御者のマルタンには僕がクロエと馬車に乗り込んで、何も合図をしなければ我が家の離れに向かうようにと言いつけてあったのだ。


 うちの離れならクロエが言う宿代も気にせずに愛し合える。家族に見つかると気まずいが、使用人達は口が堅いからまず言わないだろうし、家族に知られてもいいとさえ僕は思っている。女を自宅に連れ込むのだ、そのくらいの覚悟は出来ているに決まっている。


 そのままクロエを横抱きにして離れの寝室に突入した。僕は愛しい彼女を抱えて余裕で階段も登れる筋力もついていた。


 クロエの体を寝台の上に下ろし、そのままお互いに服を脱がせ合うのももどかしく、肌を重ねた。

 

 クロエの方も積極的に僕を求めてくれた。僕はこんなにがっついたのは初めてで、何度も快感の波にさらわれていた。


 ほんの少しの間クロエに会えなかっただけなのに、僕はもう彼女なしの生活なんて考えられないことを実感していた。




***ひとこと***

二人の仲直りに一肌脱いだのは実は少年ザカリー君だったのですね。今作では何気に大活躍の彼です。

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