第十一話 恋人同士までの道のり


 昨晩はこの僕としたことがクロエ相手に少々がっつき過ぎて余裕がなく、あっという間に達してしまった。


「ねえクロエ、腹ごしらえも十分出来たことだし、もう一回、いいでしょ? 昨晩は張り切りすぎて僕、早くイってしまったから。今度はもっとしっかり僕を感じて味わって欲しいんだ」


 万年早漏ではなく、普段はもっと長持ちさせられるという名誉挽回をする前にクロエを帰せるわけがない。彼女は何故かそこで目をひん剥いて固まっている。


「あの、私、ご存知の通り経験が皆無なので自信ないですし、その、でも……」


 経験が無いのは承知だから気にする必要はない。これからゆっくり時間をかけて開発していくという楽しみがあるというものだ。


「大丈夫、僕に任せてよ。今度は君を中でイカせてあげる」


「い、いえ、私の方こそ、上手く出来るかどうか分かりませんけれど、頑張りますから!」


 何だか必死なクロエが可愛くてしょうがない。


「クロエったらぁ、そんなに固くならなくても大丈夫だってば。大体もう硬くなっているのは僕の方だよ、ほら」


 彼女の側へ行き、彼女の肩を抱いて主張し始めている自慢のムスコを彼女の脇腹に押し付けた。


「ひぃっ……」


 冗談が過ぎたようだ。


「ごめん、下品なことを言って。でもクロエがねやでは普段とうって変わって情熱的でエッチなのが良くないのだから」


 僕を見上げるクロエは嫌がっているわけではない。前がはだけかけていたローブから胸が少し見えていて、僕を誘っている。思わず手が伸びた。


「あぁ、フランソワ……」


「さ、おいでクロエ……」


 彼女を横抱きにして寝台まで連れて行った。このくらいの距離なら乙女の憧れお姫様抱っこも余裕なのだ。




******




 二回目は僕も余裕を持って丹念にクロエを愛することが出来た。仕事が休みの日は副業を入れているクロエも、今日は年始でよろず屋は閉まっているそうだった。お陰でゆっくりすることができる。


 日が高く昇るまで二人寝台の中でイチャイチャと過ごした。クロエが体をそろそろと起こし、ドレスを着ようとしていたのでそのまま浴室に連れて行った。


「僕はあと一発くらいデキそうなのだけど、君がもうふらふらで足腰立たないみたいだから、やめておくよ」


 お風呂エッチはまた次回にとっておくことにして、クロエの体中隅々を優しく洗ってやった。


「申し訳ありません、フランソワ……貴方の溢れんばかりの情熱を受け止められる体力が残っていないみたいです」


 何だかその言い方に僕の方が恥ずかしくなってくるじゃないか。


 その後、寝室に戻ると鏡の前でコルセットの紐と格闘しているクロエがいた。何でもソツなくこなすという印象の彼女なのにそんなところも可愛い。


 どうやら昨晩のために普段はしない簡易コルセットを着てきたと言う。しかも彼女の首には僕とお揃いの魔法石が光っていた。ちゃんと大事にしてくれているのだと嬉しくなってしまう。


「クロエ、僕がやってあげるよ。紐を引っ張って結べばいいのでしょ?」


 この僕が女の着付けを手伝おうと買って出るなんて、前代未聞だ。今まではもちろん専門は専ら脱衣の方だけだった。


「はい、ありがとうございます」


「あった、この紐だね」


「ん、あぁ、そんなにキツく締め付けないで、下さい」


「もう、クロエったらぁ、それって僕の台詞じゃない」


 クロエがそんなことを言うから再び彼女を押し倒したくなってしまうじゃないか。


「はい?」


「い、いえ、何でもないです、ごめんなさい」


「???」


「やっぱりもう一回したくなってきちゃったよぉ……」


 それでも基本的に紳士な僕は彼女が折角つけたコルセットを脱がすこともなく、大人しくしていた。もう時刻は昼前だった。初デート、というか初めてのお泊りだし、これで十分満足だ。


 僕達の部屋の前には頼んでいたパンの大きな紙袋が置いてあり、僕はそれを拾い上げ、クロエと共に階下に降りた。そして玄関前に既に待っていた辻馬車に乗り込む。馬車の中で包んでもらったパンを渡すとクロエに大層喜ばれた。グッジョブ、僕。


「ねえ、そんな嬉しそうな顔を僕に見せるの、初めてだよね、クロエ」


「そ、そうでしょうか?」


 クロエはパンの入った袋に、まるで惚れた男に対するような視線を向けているのだ。


「その笑顔が見られただけでも僕は得した気分だから、気にしなくてもいいよ。財布はしまっておいてね」


 僕が予約時に先払いしておいた連れ込み宿の宿泊料もクロエは気にしていて払うと言うのだ。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


「なんだか色気より食い気が大幅に勝っている感が半端なくて、僕は少々自信を失うよ」


 もしかしてエッチ抜きで食事だけのお泊りでも、パンを差し入れただけでも彼女は同じくらい喜んだのではないかと思わずにはいられない。


 辻馬車はもうクロエの住む地区に入っていた。


「フランソワのお陰で素敵な時間を過ごすことが出来ました。本当にありがとうございました」


「クロエ、どうして既に過去形なの?」


 もう二人きりで会うのはこれっきりのような言い方が気になるではないか。


「ねえ、今度一緒に食事しない? 元王宮調理師が旧港街で美味しい魚介料理を食べさせる店を開いてね、一度行ってみたいから」


 もうクロエと職場では毎日のように会えないのだから、彼女を降ろす前に次の約束を取り付けておくのが賢明だ。


「えっ? 今度、ですか?」


「そこまで身構えなくても……魚料理好きだよね、クロエ」


「はいっ、大好きです」


 僕と出掛けることよりも焼き立てパンや魚介類にクロエの目がキラキラと輝くのだ。僕はもしかして食べ物に負けているのか……


「こういう事だけ即答なの……とにかく、次の休みの前の晩、都合が良ければ」


「あまり遅くならなければ大丈夫です」


 その休みの次の日は憎きストーカーがクロエを見初めたというよろず屋での仕事が入っているらしい。もう奴は牢にぶち込まれたから来客することはないとは言え、どうしてそんな職場で仕事が続けられるのか、僕には理解不能だ。


「良かった。とにかく、料理が気に入れば魚でも何でも好きなだけ頼んでお持ち帰りしてもいいし。まあ実際僕がお持ち帰りして食べたいのは君自身だけどね」


「持ち帰り……」


 い、いかん。大いに警戒されている。


「あ、いや、それは冗談、いや本当は本気で……別に取って食べようとしているわけ、ではあるのだけど……」




 こうして僕達は週一回の頻度でデート、しかもエッチ付きに出掛ける仲にやっと進展した。今まで長く辛い道のりだった。


 それでもクロエに振り向いてもらおうと必死になっていた頃から僕はもう薄々と分かっていた。完全に僕の方が彼女にのめり込んでいたのだ。


 その上、僕はクロエの気持ちを考えずに一人で突っ走っていたきらいがあった。




***ひとこと***

フランソワ君にはまだまだ、今までの長く辛い道のりに匹敵する困難が待ち受けているのですよね。頑張って欲しいものです……

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