第八話 初お泊り大作戦
真面目で無愛想なクロエは僕を
鼻血なんて出してないよな……空を仰ぐように頭を上げてみた。出ていないようだ、ホッ。
しかし先ほどの熱い抱擁とキスで下半身の方も元気になりつつあったのだ。クロエが僕に全てを捧げたいだなんて言うものだからあれやこれやと妄想に走ってしまい、まあその、ムスコは益々戦闘発射に備え始めたではないか。
『イヤだ、もうおっ勃てているの? 冗談に決まっているでしょう。何調子に乗っているのよ、このボケ! これだから男は……』
なんてのは彼女のキャラではないはずだ。が、気恥ずかしさ満載なので慌ててムクムクと頭を持ち上げてきたある部分を隠すために馬車の床にしゃがみこんだ。
「どうなさったのですか、テネーブルさま!」
「クロエ、あのね……」
「もしかしてご気分が優れないとか? 馬車を止めましょうか?」
普通に僕の体調を心配してくれているクロエに対してやましい気持ちになってしまう。
「君って……自覚してないようだけど、あまりに唐突で直接的で……破壊力ありすぎて……ごめん」
クロエも床に膝をつき、僕の顔を覗き込んでくる。
「テネーブルさまが私に謝られる必要はございません。謝罪するのは突拍子もないことを言い出した私の方ですわ。あの、ご気分を害されたようでしたら私が申したことはお忘れになって下さい」
忘れろだと、僕の自慢のムスコは既に勇み足になっているというのに……ここで前言撤回とは卑怯だぞ、クロエちゃん。いや、君も頑張って勇気を出して言ったのに、僕が煮え切らない態度で恥をかかせてもよろしくない。
「いや、ごめんと言うのはそういう意味ではなくてね……クロエ、君のその気持ちはとても嬉しい驚きで、あまりにもびっくりしたから……」
僕は顔を上げてクロエの両手をしっかり握り、満面の笑みで続けた。ここは男の僕が紳士的に振舞って彼女を優しく導くべきだろう。
「僕だって次に進みたいのは山々だけれど……だって僕達たった今ファーストキスを済ませたばかりだから。やっぱりデートを何回か重ねて、まず第一章を済ませてそれから第二章にと普通は段階を踏むでしょ。でも君がそれを全てすっ飛ばしても良いって言うなら遠慮はしないよ」
そして僕は彼女の唇に一瞬口付けた。きょとんとしていた彼女も、僕のその言葉にやっと柔らかい笑みを浮かべた。
「ああ、本当ですか? 思い切ってお願いして良かったです」
そろそろ普通に座っても大丈夫のようだった。僕は座席に戻ることにして、クロエも立たせて隣に座らせた。
「ま、まあ……最初に体の相性を確かめるのもいいかもしれないね」
キスの
「何せ経験もなくて
何だか事務的に話すのがいかにもクロエらしい。
「じゃあ、次の休みの前の晩でいい? 君の都合は?」
「大丈夫です。あの、男女の行為に及ぶのはどのような場所がよろしいか、テネーブルさまはご存知ですか?」
彼女の口調がまるで仕事の話をしているようで、クスっと笑わずにはいられなかった。
「クロエ、僕に任せておいて」
ここは僕が段取るのが筋だろう。クロエが心配することではない。ふと気付くと見覚えのあるクロエの近所を走っていた。初めてのチューも存分に味わえて、しかも棚ボタなお願いまでされて、いいタイミングだった。
「おうちに着いたようだね。午後はしっかりお休み」
クロエの髪の毛を優しく撫で、唇に軽く口付けた。僕は先に降りて、クロエの手を取って馬車から下ろしてやった
「何から何までありがとうございました、テネーブルさま」
地面に降り立ったクロエは相変わらず僕のことを苗字で呼び、堅苦しいお辞儀をしている。彼女の手を軽く引き、僕は顔を寄せて彼女の耳にそっと
「堅苦しい敬語はともかく、フランソワって呼んでくれないとヤッてあげないよ、クロエ」
「も、申し訳ございません、フ、フランソワ……」
「よくできました」
僕は彼女の頭を優しく撫でて、僕の名前を紡いだクロエの唇に、再び僕のそれを一瞬だけ重ねた。近所の目が気になるのかどうか、彼女は真っ赤になって家に駆け込んでいた。いつも彼女の背中に向かって送る投げキッスも盛大に行った。
僕はその日の午後はニタニタ笑いが止まらず、仕事にならなかった。そもそも今日は仕事よりも重要な用件を片付けないといけないのだ。
クロエちゃんとの嬉し恥ずかし初エッチの段取りもあるが、それより以前に昨晩の誘拐事件の後始末をしないといけない。わざわざ出勤したのは司法院に騎士団、あらゆるつてとコネを使って王都警護団の上部にしっかり圧力をかけ、犯人に重罰を与え、事件が公にならないようにするためである。クロエ号もなるべく早く返してもらいたい。
結局あのオタクストーカー野郎は二年半牢獄で服役した後、釈放されても王都追放という厳しい罰を与えられた。ただの誘拐未遂にしては厳しすぎる? 終身島流しの刑でも軽いくらいだ。
翌朝、僕がクロエの執務室を覗いたら彼女は出勤してきていた。一安心だ。昼休みに会議室で一緒に昼食をとろうと誘う文を彼女の机に置いた。
女性と二人きりで職場の会議室にしけこむのなんて僕にとっては初めてのことだ。元々僕はオフィスラブや職場不倫という
クロエ相手だと主義を曲げ、ここまでしてしまうのはどうしてなのか、その時は自分でもまだ分かっていなかった。
昼休みにクロエはちゃんと来てくれるだろうか、少々不安になってきた。もしかしてお局ポリーヌや小動物男と一緒に来たりしないだろうな……
律儀な彼女は会議室の扉を叩いて入ってきた。ちゃんと一人のようだ。
「やあ、クロエ。良かった僕の書き置きを見てくれて」
クロエが会議室に入るなり、唇に軽くキスをした。扉はもちろん速攻で鍵を掛けたに決まっている。
「テネー……いえ、フランソワ、今日はお弁当を持ってこられたのですか?」
「うん」
普段僕は食堂で同僚達と食べているが、今日はこのために弁当を作らせた。クロエが好きそうなデザートまで用意したのだ。僕は初エッチ大作戦についてさりげなく切り出した。
「三日後のことだけど……仕事の後、直接出掛ける? それとも君が一度帰宅したいのだったら迎えに行くよ。食事をして、それから宿に泊まるから翌日の着替えなども必要だしね」
「えっと……私はその、宿泊までする必要はないと……その夜のうちに帰宅したいのですけれど……」
ヤルことだけさっさと済ませて即解散のつもりだったのか、この子は? 確かに未婚の貴族令嬢が朝帰りなど家族には許してもらえないかもしれないが……
「えっ、クロエ、朝まで一緒に居られないの? お家の人にはまた姉に引き留められて泊まることになったって言えばいいし」
姉には頭を下げて再び口裏合わせに協力してもらうつもりだった。
『朝まで一緒のベッドで過ごせるなんて嬉しいぃ♡ フランソワ、素敵』
普通だったらしなを作ってそうお色気ムンムンでこう言うところだろう。ところがクロエは事務的な口調で深く頭を下げるのだ。
「そうですね、折角の経験ですから……翌朝までの工程でよろしくお願いいたします」
なんか余計萌える。
「もうクロエったら、君らしいと言えばそうなのだけど……」
その後はデザートや果物を一緒に食べ、昼休みが終わるぎりぎりまでクロエと会議室に
***ひとこと***
クロエとフランソワのそれぞれの想いが交錯するあのシーンでした。あ、辻馬車の御者の方も色々思うところがあったようですね……
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