第六話 王子、何気に株を上げる
「お坊ちゃま、この先にクロエ号を発見しました。このまま馬車で参りましょうか? それとも徒歩で音を立てないように近付いた方がよろしいでしょうか?」
港の倉庫が立ち並んでいる地区だった。リシャールが指差す方向にクロエ号が止まっていた。
「ああ、あそこか。君の言う通りだ。僕達は降りて行く」
ザカリーは空を見上げて何か手招きしていると思ったら頭上に何十羽もの
執事に頼んで警護団にも通報したので彼らもすぐに来てくれるはずだ。僕とザカリーが倉庫に入った時には若い男が鳥たちに攻撃されていた。
「クロエ、何処だ?」
「ガブ、大丈夫?」
その男の後ろにクロエが居た。姉と御者のマルタンの姿も確認できた。姉はたった今起き上がったような体勢で、マルタンはまだ床に横になっている。
鳥に襲われているのは一人だけで、共謀している者は居ないようだった。
僕の愛しいクロエは見たところ怪我も無く、ドレスも乱れてはいない。彼女の側に駆け寄り、そっと起こしてしっかりと抱き寄せた。
「クロエ、間に合って良かった……」
「テ、テネーブルさまぁ……うぅ……」
余程怖かったのだろう。僕の胸でクロエが泣きじゃくりだした。こうして無傷の彼女を僕の腕に抱けたことを神に感謝してもしきれない。
姉は今まで気を失っていたようだった。ザカリーに抱きつかれている。そして姉は魔法を使い、鳥たちに襲われている誘拐犯をあっという間に風圧で一撃で倒し、クロエとマルタンの手足を縛っていた縄も
「クロエ、君がさっきあいつらに言っていたこと、本当だよ。僕はどんな君でも愛している。でも君がその可愛らしい笑顔で笑いかけてくれるのが僕の至上の喜びだ。だから僕は君が悲しむ顔も、何かを諦めたような顔もさせたくない」
「うう……わぁーん! も、申し訳ありません、テネーブルさま……涙が止まらなくって」
「怖かったろう、もう大丈夫だからね」
子供のように泣き続けるクロエを抱き締めて、髪や背中をずっと撫でていた。そうこうしているうちに王都警護団の面々も駆けつけて来た。
「ちっ、来るの早すぎ。いいトコロを邪魔しやがって」
それからは読者の皆様が本編でお読みになった通りだ。姉はザカリーを連れて瞬間移動で去り、僕とクロエは馬車で屋敷に戻った。我が家の離れにクロエを案内したのはいいが、速攻で侍女のグレタに追い出されてしまう。
「お嬢さまがこれからご入浴なさるのでしたら、お坊ちゃまはお引き取り下さいませ」
「分かったよ……ゆっくりお休み、クロエ」
確かに誘拐犯に襲われて心も体も傷ついているクロエはゆっくり休ませてやりたい。僕だってすぐにムフフな展開に持っていけるとは思ってもいなかった、けど!
その後、厨房前に居たグレタを捕まえて明朝の口裏合わせをした。
「あのね、グレタ。クロエの前でお坊ちゃまって呼ぶのはやめてよ。もう子供じゃないのだし」
使用人のほとんどは僕のことをまだそう呼ぶのだ。それはお前が使用人になめられているからだろう、と言っているのはどこのどいつだ?
「失礼致しました。では、若旦那さまとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「うん、いいね。その方がよっぽどカッコよく聞こえる」
「それはよろしゅうございました」
「それからもう一つ頼みがある。明日の朝のことなのだけど、クロエにこのドレスを着せてくれるかな?」
「まあ、良くお似合いになると思いますわ。腕が鳴るというものです」
「クロエのことだから遠慮して断ると思う。だからね、新品ではなくて、父の従妹が置いていったお古のドレスということにしておいて。ココ、ホント重要なところだから」
グレタは僕のその言葉に全てを理解したようだ。
「かしこまりました」
「夜遅くまで色々と用事を言いつけて申し訳ないね」
「とんでもございません、若旦那さま。皆さまが無事にお帰りで私も安心いたしました」
「うん、本当に良かったよ。お休み」
僕はその夜、中々眠りに就けなかった。色々なことが一度に起こったからだ。クロエが事件で受けた精神的苦痛と恐怖を乗り越えられることを切に祈っていた。誘拐された彼女がどんな気持ちでいたかと考えるとあの下衆ストーカー野郎に対して無性に腹が立ってくる。
姉によるとあのクソ男はクロエの顎に少し触れて、彼女に覆い被さろうとしたところで僕とザカリーと鳥軍団が現れたので他には何もしていないようだった。
クロエに指一本触れていなかろうが、この勘違いオタクストーカーはシリーズ作歴代のゲス男たちも霞んで見える。
前作「君に聞かせる子守唄」で僕が統計を取っていた『抱かれたくないゲス男キャラランキング』をお覚えの方も多いと思う。
安定の上位を誇っていた「溺愛」の常習性犯罪者ジョゼ・シュイナールと「蕾」のモラハラ極悪夫ガスパー・ラングロワを圧倒的に押さえ、最後の最後で奴は彗星のごとく第一位に踊り出たぞ。まあ私怨も大いにこもっているとは言えるが。
あまりの凶悪さに他の下位の奴らが可愛く思える程だ。「貴方の隣」のハゲエロ・テリエン伯爵など、ただのチョイ悪オヤジに見えてきた。
とにかく、明日は警護団に赴いてしっかり圧力を掛け、誘拐犯の厳重な処分と、事件を絶対に公にしないように手回しをする必要がある。
ところで、クロエの中で僕は親友の弟から少しは昇格したのだろうか。誘拐犯に言っていたあの言葉は彼女の口から出た正直な気持ちだと信じたい。
僕はやっと想いが通じ合ったのが嬉しくてしょうがなかったが、大変な目に遭ったクロエを前に浮かれるわけにはいかない。確かに彼女を抱きしめて頬や額に口付けられた。それでも雰囲気に流されて、助けに来たのが僕でなくても同じ行為を受け入れたとか言わないよな……
考え事をしているうちにうとうとしており、気付いたら朝だった。
朝一番にクロエの顔を見て癒されたくて、離れに急いだ。彼女はもう起きており、プロ侍女グレタの手であの桃色のドレスを身につけていた。
「ああ、クロエ。本当に良く似合っているよ。言葉にできないくらい綺麗だ」
苦心して縫わせたこのドレスを、やましさのない状態でクロエに着せられて感慨深かった。グレタの視線も構うことなく、思わず彼女の手や頬にキスを降らせてきつく抱き締めた。
それから離れの食堂で二人きりで朝食を取った。事件に遭ったことが世間に知られるのを恐れていて、それにクロエは姉を巻き込んだことを気にしている。愛しいクロエを安心させるために、警護団には手回しをして事件が公になることは決してないと言い聞かせた。
「テネーブルさま、私のためにそこまでして下さって、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べ、深く頭を下げるクロエは彼女らしいが、もっと親し気にして欲しいものだ。
「もうクロエったら、いつまでもそんな他人行儀はやめてよね。だって僕達、ほら、昨晩もう、その……」
昨晩お互いの気持ちを、愛を確かめあったじゃないか、と言おうともじもじしていたら姉が邪魔しに来た。ちぇっ。
「フランソワ、クロエさん、お早うございます」
***ひとこと***
フランソワ調べによる、ハゲエロ・テリエン伯爵(貴方の隣)以外の最低男ランキング上位を争う他のキャラたちはこちらでーす。
黒い狼(王子と私)
エマニュエルの元交際相手(愛の炎)
ソニアの元婚約者(お家騒動)
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