第五話 強敵マダム・サジェス


 婚約者のために店の錠を開けながら悪女エレインは僕を厳しい目線でしっかりととらえ、何とこう言ってのけた。


「クロエは私の大事な親友ですもの。彼女が女にだらしない男に引っ掛かりそうだったら全力で阻止するに決まっていますわ。例え彼が裕福な高位の貴族でも」


 ここでやっと理解した僕はよろけて立っていられず、へなへなと座り込んでしまいそうだった。


「は、はは……」


 そしてこのとんでもないクロエの大親友は婚約者を店に招き入れた。


「ウィル、いらっしゃい」


「やあ、エレイン。まだ接客中だったの? それにしても珍しいね、男性客だなんて」


「いいえ、この方はお客さまと言うよりはね……」


 恋人同士の二人は親しそうに軽く口付けると僕の方を向いた。


「テネーブルさま、こちらは私の婚約者のウィリアム・デロリエです」


「ウィル、こちらが噂のフランソワ・テネーブルさまよ」


 何がどう噂なのか、僕はまだ感情のジェットコースター酔いがまだ抜け切れていなかった。


「えっ、これはこれは閣下、お目にかかれて光栄です」


「い、いえ……ちょ、丁度良い所にいらっしゃって……」


 まともに挨拶も出来ず、とりあえずウィリアムと握手をするのが精一杯だった。


 ウィリアムは美人局つつもたせエレインからクロエのドレスの話を聞くと、快く協力すると言う。彼の発案によって結局クロエのドレスはこの仕立屋で縫うことで丸く収まった。


 まだ動悸が治まっていない僕は二人の話になかなかついていけなかった。とにかく、ウィリアムが布地と全ての材料を提供し、エレインの仕立屋がドレスの意匠と縫製、僕が仕立て代を担当することで話はまとまった。僕はクロエの恋人候補として親友のお眼鏡に適った、と思っていいのだろう。


「出来上がったドレスは私たちの結婚式でもクロエに着てもらいたいわ。何と言っても付添人という重大任務を遂行してもらうのですから」


「付添人? 君達の式はいつの予定なの?」


「来年の秋ですわ」


「男の付添人は誰だ? ク、クロエと手を取り合ってダンスを踊ったりするのか?」


 超ラッキーな奴め、許すまじ。


「まだ決めておりません。私が独身の友人の中から適当に選ぶ予定です」


「だったら是非とも僕が引き受けよう。クロエが付添人をするなら相手は僕しかいないでしょ。他の男にさせるもんか」


 婚約者の二人は驚いた視線を僕に向けてくる。


「まあ、宜しいのですか? 身に余る光栄です、テネーブルさま」


「ありがとうございます、閣下」


「クロエも喜ぶと思いますわ」


 彼女が本当に喜ぶかどうかについては実は自信がない。クロエの相手として付添人に勝手に名乗りを挙げたが、その為には彼らの結婚式までにクロエとの仲を何としてでも進展させなければならないという使命を負った。


 ウィリアムが外国から取り寄せた上等の生地の中からエレインが選んだのは、クロエが好きな色、桃色の絹地だった。出来上がるまでには最低二週間は必要だそうだ。


 そして僕が多大なる精神的苦痛、エレインの必殺捨て身美人局つつもたせの技をくぐり抜けてやっと仕立てることが出来た例のドレスが届いた。クロエにそれを着せるのが楽しみでならない。


 あの時の僕とエレインの密談内容はお互い墓場まで持って行くつもりだ。改めて女は怖いということをひしひしと学んだ。




 どうやってこのドレスをクロエにプレゼントするか、僕は綿密な作戦を練っていた。しかし『クロエに桃色のドレスを着せてデートをする企画』は中々実行に移される機会が訪れなかった。そんなある日、クロエがあのおぞましい事件に巻き込まれてしまったのだ。


 その日は姉がクロエ号を使っていた。うちの領地で採れた林檎をザカリーの実家にお裾分けして、その後ザカリーの所に寄ると言っていた。だから僕や両親は姉が夕食もザカリーの屋敷でとっているものだとばかり思っていたのだ。


 運の悪い偶然が重なった日だった。夕食後、自室に戻っていた僕は、ふとクロエとお揃いの魔法石が温かくなっているのに気付いた。取り出してみるとそれは光っていて、そこから何とクロエの声が聞こえてきた。


『テネーブルさま……申し訳ございません』


 そこで何か嫌な予感がしたと同時に我が家の玄関前に一台の馬車が到着した音が聞こえた。何とこんな夜更けに我が家を訪れたのはザカリー少年と彼の養父ルソー侯爵だった。


 大体いつも姉の方がザカリーを訪ね、彼がうちに来ることなんてまずなかったのだ。しかもガキはもう寝んねしているはずの時間だ。


「公爵夫妻、フランソワ様、こんな夜更けにお邪魔して申し訳ありません。ザカリーがどうしてもと言うので連れて参りました。ガブリエル様は御帰宅されていませんか?」


「い、いいえ……」


「今日は夕方にガブリエル様が我が家にみえると約束されておりました」


「けれど姉はそちらに伺わなかったのですね」


 嫌な予感が的中した。


「はい。ガブリエル様は急用でも出来たのだろうと私はザカリーに申したのです。でもそうではないようなのです。ザカリー、皆さんにご説明なさい」


 ここでザカリーが養父の許可を得たので口を開いた。


「ガブがフォルジェの家によったあと、ぼくにまほうで知らせてくれたのです。『これからクロエさんをおくって、そのあとザックの家にいくからね』と。それでもいつになってもガブが来なくって……」


 ザカリーは泣いていた。


「この子が泣きながら申すことには、ガブリエル様は港の方にいらっしゃると……それでもとりあえずこちらにガブリエル様が帰宅されているかどうか確認するのが先と思いまして」


「ザカリー、クロエには会ったことある? 姉と仲の良い友達なんだが、彼女も一緒に居るかどうか分かるか?」


「分からない……ガブはぼくがまほうでよびかけても、もう答えてくれなくなったから」


 僕は血の気が引いた。既に母はすすり泣いていて、父も青ざめた顔をしている。焦って考えがまとまらないが、ここで僕がしっかりしなくては、と深呼吸をした。


「ザカリー、姉が居ると思う所まで案内できるよね?」


「うん」


「父上、母上をよろしくお願いします。ルソー侯爵、ザカリーをお借りします。今夜、責任を持ってお宅にお送りします」


 先ほどの魔法石の様子からするに、クロエも姉と一緒に居ると思われた。姉は魔法が使えるから大丈夫とは言え、万が一のこともある。ザカリーの呼びかけにも答えないというところが気になる。姉に何かあって、魔法も何も使えないクロエが一人だったとしたら……居ても立ってもいられなくなった。


 ザカリーの案内で僕達は港の時計台に着いた。ザカリーは馬車を御しているリシャールに倉庫の方へ行くようにと言っている。


 僕が握りしめていた魔法石からクロエの叫びが聞こえてきた。


『私の体や顔を傷つけても、心までは奪えないわよ! それにフランソワは私の見た目ではなくて内面を好きになってくれたのだから。私が二度と見られないような無様ぶざまな容姿になったとしても彼の愛は変わらないって断言できるわ!』


 やはりクロエと姉は恐ろしい事件に巻き込まれたようだった。目の前が真っ暗になった。


「クロエ、今行くから。愛している」


 僕は魔法石にそう呟き、クロエは大丈夫だと自分に言い聞かせ続けていた。




***ひとこと***

次から次へと困難に見舞われるフランソワ君でした。クロエ編では分からなかった彼の水面下での苦労が全て明らかにされていきます。

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