第四話 メイキングオブあのドレス


 いつまで経ってもクロエとのデートに漕ぎつけられない僕を見兼ねたのか、姉にアドバイスを受けた。


「フランソワ、クロエさんを誘うのだったらね、例えば新たに整備された都民公園とか、庶民の市での買い物とか、そんな所にしたらどうかしら?」


「そうでしょうか? それは姉上の行きたい所では? 女性だったらそんな所よりも華やかな場に行く方が楽しいでしょうに」


 うちの姉は未だ独身の上、イナイ歴が年齢と同じである。と言うのも運命の相手で十五歳も年下のザカリーを一途に想っているからなのだ。


 彼女も一応は恋する乙女だから、女心が分かるらしい。しかも、ザカリーは平民出身だから、姉は庶民の暮らしや常識も公爵令嬢にしてはやたら詳しい。その姉によるとクロエは僕の誘うような場所に着ていくドレスがないのではとのことだった。かと言って、姉にクロエを仕立屋に連れて行ってもらい、ドレスを作らせるのは逆効果のようだった。僕は考えた。




 そしてある日の夕方、クロエの家からそう遠くないある店を訪れた。クチュリエ・ロシュロー、庶民の商店街にある女性服の仕立屋である。もう閉店間近で客の姿はなく、店番の若い女性が一人居るだけだった。仕立屋の娘なだけあって、庶民でも割にましな恰好をしている。


「エレイン・ロシュローさんですか?」


「はい、そうでございます。何かお探しでしょうか?」


「そうだと思いました。クチュリエ・ロシュローの看板娘と名高いそうですね」


 その娘はクロエがよく話してくれる、彼女の親友エレインだ。クロエによると、彼女よりも二つ年上のエレインは大人っぽくてお洒落で物知りで、いつも世話になっている頼れる友人とのことだった。クロエから話を聞いていなければまず彼女の親友とは思えない程、エレインは年の割に妖艶で華やかな美女である。


 庶民の女性服専門店に訪れた僕はあまりにも場違いだったろう。


「あの?」


 警戒されているようだった。


「フランソワ・テネーブルと申します。貴女にお尋ねしたいことがあります」


 僕は帽子を取って頭を下げて挨拶をした。僕が名乗ると更に驚きを隠せないようだった。


「次期公爵さまがしがない庶民の私に何をお聞きになるとおっしゃるのですか? とりあえずそちらにお座り下さい」


 カウンター前の椅子を勧められた。


「まず、クロエ・ジルベールさんの親友である貴女に彼女のことを色々聞きたくてね。彼女の好きな食べ物とか好みとか、苦手なもの、そうだね、それに理想の男性のタイプ。あ、クロエは僕の職場の後輩でね、君のことを時々話してくれるんだ」


 エレインは数秒間、目を見開いてぽかんと口が開いたままになっていたが、事情が分かった途端に微笑みを見せた。


「ほ、本人に直接お聞きにならないのですか?」


「あまり根掘り葉掘り聞くよりも彼女のことを良く知っているだろう君に聞く方が正確な情報を掴めると思ったから。それに仕立屋の君にたってのお願いもある」


「そうですか……」


 それでもエレインはクロエの好きな食べ物などを詳しく教えてくれた。


「それで仕立屋としては何をして差し上げればよろしいのですか?」


「クロエもここでドレスを時々作るのだよね。客の採寸の記録は残してあるだろう、クロエのサイズを教えてもらえないかな。彼女が公式の場に着て行けるドレスを作ってやりたいから」


「それはお断りします。お客さまの個人情報を漏らすわけにはいきません。どうして私が商売敵の注文を増やすようなことをしないといけないのでしょうか? お貴族さま御用達の仕立屋なんてうちなんかが逆立ちしても商売敵とは呼べないかもしれませんけれども。それに、貴方さまから理由もない高価な贈り物をされてクロエが単純に喜ぶような子だとお思いですか?」


 中々手強い相手だった。クロエに何としてでもドレスを作ってやりたい僕はここでエレインの機嫌を損ねるわけにはいかない。


「それはもちろん、ただでとは言わないよ」


 言ってしまってから少し後悔した。金銭で何でも解決しようとするのは良くないと姉に注意されたばかりだった。


「そうですか、でも私、お金ではなくて……そうですわねぇ……」


 ところがエレインは妖艶な笑みを浮かべ、カウンター越しに顔を近付けてきた。なんだこの雰囲気はヤバくないか……そう僕の頭が警鐘を鳴らしているところに小悪魔の囁きが耳に入ってきた。


「私、貴族の殿方と一度ヤッてみたかったのよね」


 美魔女エレインは僕の左胸の辺りにそっと手を添えてきた。彼女の顔から目を逸らすため目線を下げるとその豊満な胸が視界に入ってきた。下品になり過ぎない程度にデカい、正に僕好みのサイズである。


 僕がビクッとしてゴクリと唾を飲み込んでいたのが彼女には分かっただろう。最近はクロホに散々お世話になっている僕は適度に賢者タイムを保っていられた。しかし、生身の女は実に久しぶりで、正直なところ大いにそそられる。


「き、君は確か婚約者が居るのでは?」


 エレインは僕の問いかけに答えず、ふっといたずらっぽく微笑んだだけだった。僕の胸に置かれた手は誘うような動きをしながら少しずつ下に移動している。まずい、非常にまずい。落ち着け、僕。落ち着け、ムスコ。


「うふふ、今閉店の札を掛けますわね。店の奥に参りましょうか」


 店の入口に鍵を掛け、カーテンを閉めているエレインの背中をぼぅっと見ていた。


 この女はクロエの親友ではなかったのか、彼女はいつもエレインが、エレインは、と誇らしげに話してくれるのだ。今ここで本能のおもむくまま誘惑に負けてこの似非えせ親友とヤるだけで、愛しいクロエのドレスを仕立てるための寸法が手に入る。


 やった、一石二鳥だぁと単純に喜べるほど鬼畜ではない。こんな下衆い策略で縫わせたドレスを着たクロエを僕は直視できるのだろうか、その彼女を腕に抱けるのか……友人二人がゆくゆくは竿姉妹になるかもなんて……そんなおぞましい面倒な事態は避けるに限る……色々な考えが頭の中を巡っていた。


「だ、ダメだ、こんなことは誰にとっても良くない。失礼させてもらう」


 抱きつかれようが引っかかれようが股間をまさぐられようが、何としてでもこの魔女の巣窟から清い体のままで脱出しなければならない。僕は店の扉に手を掛けたところだった。


「まあ、テネーブルさま、良かったわ。それに何というタイミングかしらね」


 彼女が何か言っているが意味が分からない。震える手で扉の錠と格闘していたら、向こう側に男が一人居た。閉店間際に男性客が訪れるここは本当に女性服の仕立屋なのか、怪しい商売でもしているのではないだろうか……


「今扉を開けますわ。私の婚約者が迎えに来てくれたようです。お帰りになるのは少々お待ち下さいね」


「はぁ、こ、婚約者?」


 僕の頭の中は更に混乱していた。婚約者に浮気未遂、いや未遂以前だが現場を見られて……どうしてこんなに落ち着き払っているのだ、この女は。僕だけこの男にボコボコにされるのだろうか、いや僕だって最近は少し筋肉がついてきたから負けないぞ。


 それとも、もしかしてこのカップルは僕も加えて三人でというのがイイのか? 女性二人に奉仕される3Pならともかく、僕はこんな組み合わせで萌えるわけがない。全力でご免こうむる。




***ひとこと***

エレイン編で伏せられていた密談内容はこんなものでした。マダム・サジェスことエレインの目的はもちろん……

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