第三話 煩悩の犬は追えども去らず


 僕のむなしい日々は永遠に続くように思われた。クロエに男として振り向いてもらえないため、いつまで経っても親友の弟から脱却できず、家族ぐるみの付き合いばかりだったのだ。


 僕の欲求不満も溜まりに溜まっていた。そんなある日、文官仲間から合コンに誘われた。


「フランソワを誘うのはどうも躊躇ためらわれるんだけどさぁ……お前が来ると女の子は皆お前狙いになるっていう展開が容易に想像できるから」


「ま、それでもレベルが高い女の子達を集めればいいんだよな。一番カワイイ子はお前に譲るとしても、俺等は二番目三番目で十分さ」


「そうそう、背に腹は代えられないってか?」


 僕はテキトーにつまみ食いする気になってきていた。大いに食指が動いた。


「お疲れさまです」


 その時である、何とも間の悪いことにそこにクロエがあの小動物男ニコラと一緒に休憩室に現れたのだった。もしかして僕達の会話を聞かれていたかと思うと焦った。


 僕はそんな合コンなど興味もない、聖人君主のような顔をしようと努めた。しかし、よりによって仲間の一人が彼らに声を掛けるのだ。


「ニコラ、お前も来ないか、今度の合コン? 一人くらいは引き立て役、じゃなかった、可愛い系男子が居てもいいよな」


 小動物とは言えあまりにも失礼で、気の毒になった。いや、それどころではないのだ。僕と同席のこいつらが合コンを計画しているということがクロエの耳に入ってしまった。


「あ、いえ。僕は遠慮しておきます」


 こいつの参加不参加はこの際どうでもいい。


「クロエちゃん、君の知り合いなら商人の女の子とか多いでしょ。俺達との合コンに興味ありそうな子を紹介してよ。何かと面倒な貴族令嬢よりも気楽だしね、平民の方が」


「男性群はフランソワを筆頭にイケメン揃いでかなりポイント高めだし」


「君が幹事をしてくれてもいいよ、クロエちゃん。でもあからさまに幹事最大値の法則を適用させないでね」


「アハハハッ」


 僕のクロエを馴れ馴れしく呼ぶなと声を大にして叫びたかった。いやそれよりもだ、取り返しのつかない最悪の事態になりつつある。


「そんな言い方はクロエさんに対しても失礼じゃありませんか?」


 草食系小動物のくせに牙をいた。が、友人たちの手前何も言えない僕よりはましだ。少しだけ見直したぞ。


「ニコラさん、いいのです。えっと、その『ごうこん』とか言う会に友人を集められるほど私は顔が広くありませんから。お役に立てなくて申し訳ありません」


 クロエは頭を下げるときびすを返して休憩室からさっさと出て行ってしまった。いつもに増して無表情なのが非常に怖い。


 別にクロエと付き合っているわけでもないのだから、僕が合コンに行きまくってその度にお持ち帰りしていようが彼女にも誰にもとがめられる筋合いはないのだ。


 しかし、僕の調査によるとクロエの理想は『誠実で頼りになるマッチョ』だ。クロエに僕は彼女の理想とはかけ離れた男だと誤解されてしまったに違いない。もう合コンに行く気も失せてしまった。


 最近のクロエは我が家には来ないが、姉とはよく出掛けているようだった。


「姉上、今度クロエに会ったら、僕が合コンには全く興味ない人間で、友人に誘われても断っているとそれとなく、さりげなく、彼女に吹き込んでくれませんか?」


 不本意だが姉に頭を下げた。


「さりげなく……どうやって貴方のことを自然に話題にすればいいのかしら……難しいわ」


 何気に繊細な僕が傷つく酷いことを平気で言う姉だった。


「そこをなんとかお願いしますよ。もし僕が合コンに行ったとしてもそれは男の付き合いでしょうがなく、人数合わせのためだけなのですよ。持ち帰りなんてすることはない、と付け加えるのも忘れないで下さい」


 彼女の表情から僕の言葉を全然信じていないということが分かる。


「クロエさんに誤解されるような事態に陥ったのね。それは貴方の日頃の行いが良くないからではないの、フランソワ? 全く世話が焼けるわね」


 厳しい視線を向けられたが、今やクロエの親友になった姉には歯向かわないに限る。黙って耐えた。




 僕は合コンも全て断り、言い寄ってくる女共にも目を向けず、休日は自宅でひたすら鍛錬に励み、一人で遠乗りをするという修行僧のような日々を送っていた。


 そして惨めで可哀想な僕を慰める画期的なモノを発見したのだ。


 遠乗りに行こうとうまやに向かった時、休憩中の使用人たちが雑談しているのが耳に入ってきたのである。


「使うとしたらってお前、使いまくっているの言い間違いじゃねぇのか?」


「うるせぇよ。お前新婚だからってやたら上から目線じゃん、嫌味な奴だなぁ」


「俺は断然、衛生面を考えるとその下に載っている使い捨てオナ〇だね。経済的に苦しい時は洗って何回も使えるタイプ。もっと苦しい時は右手だけ」


 要するに男子トークである。盛り上がってやたら楽しそうだ。邪魔するのは気が引けたが、僕も大いに興味を持った。


「えっと、皆が休憩中に申し訳ない……」


 声を掛けると皆一斉に固まっていたのは無理もない。彼らは十八禁グッズ店の広告らしきものを取り囲んで談義していた。


「お坊ちゃま、大変失礼致しましたっ。遠乗りに出掛けられるのでしょうか? で、でしたら今馬を引いて参ります」


「いや、まあ、馬も必要なのだけれど、皆その〇ナホっていうのはどこで購入しているの? そのチラシは繁華街にある店のもの?」


 馬はもうどうでもよくなった。その紙切れを今すぐ見せるんだ。


「い、いえ……お、お坊ちゃまのお耳にお入れするようなお話では決して……お耳汚しで申し訳ありません」


 馬丁のリシャールは焦っているが、耳汚しではない、必要不可欠な情報に決まっているだろう。


「飲み屋街や夜の街にはそう言った大人の玩具などを売る店が大抵ありますよ。商売柄、宅配を行っている所も多いです。このチラシもよろしかったらお持ちください」


 話の分かる奴が居て良かった。


「色々貴重な情報ありがとう。これ、ありがたく頂くよ。今日のところはもう馬はいいや」


 虚しいお一人様遠乗りをしている場合ではない。自室に戻ってそのチラシをじっくり検討する必要があった。


 どういうタイプがイイのか分からなかったから、とりあえず全種類一つずつ注文した。えっへん、得意の経済力でオ〇ホを大人買いしてやったぞ。


 小包は一週間ほどで届くはずだった。待ちきれずに毎晩仕事の後はすぐに帰宅した。やっと届いた包みは流石に商売柄、怪しげな店の名前も内容物も書かれていなかった。


 使用人達に見られるのはともかく、姉や両親に知られるのだけは避けたかったのだ。


 自分ルール『一晩一穴一発まで』を作り、片っ端から試してみる。正に目から鱗だった。毎回僕は得も言われぬ快感の波に飲まれた。


 以前は無機質な道具に頼るなんてモテない男だけだという偏見を持っていた僕だった。今はどうしてこの考えに行き当たらなかったのか、不思議だ。


 締め付け具合が一番気に入ったのは柔らかい非貫通使い捨てタイプで、僕はそれをクロエホール、略称クロホと名付け、箱買いで追加注文した。クロエの理想だという誠実な人間はオナ〇もただ一種類に一途であるべきだ。


 確かにクロエとの濡れ場を妄想しながら一人でシコシコとヤッている姿は惨めで情けない。


 しかし、僕は合コンも生身の女の誘いもどうでも良くなってしまう一つ上の境地に到達したのだった。穴だけあって、あなどるべからずクロエホール。




***ひとこと***

益々、相変わらず罪作りなクロエさん……二人の仲は進展せず、何故かこんなとんでもない方向へ……

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