黒魔術師ガブリエル・テネーブル(三)
そこで
「ギャッ、イテテテ、何しやがる!」
「クロエ、何処だ?」
「ガブ、大丈夫?」
フランソワは地面に転がされていたクロエさんの体を優しく抱き起こし、しっかりと抱き締めていました。
「テ、テネーブルさまぁ……うぅ……」
クロエさんはフランソワの胸にもたれかかると泣きじゃくり始めました。
「ガブ、ガブ!」
私の所へは小さなヒーローがやってきてくれました。
「ザック、来てくれてありがとう。フランソワに知らせて、鳥さんたちにも応援を頼んでくれたのね。何て賢い子でしょう」
「ガブ、怪我はない?」
私にギュッと抱きついてくる愛しい男の子の頭をそっと撫でます。
「ええ、大丈夫。縄で縛られていたところとか、体のあちこちが少し痛いだけよ」
「じゃあ、痛い痛いの飛んで行けぇ!」
彼はその言葉通り、治癒魔法で本当に痛みを消してくれるのです。
「ありがとうザック。もう全然痛くないわ。クロエさんとマルタンにもお願いね」
ザカリーがクロエさんとマルタンの方に向かって手を掲げ、痛い痛いの飛んで行けをしている様子はその場に似合わず、何とも微笑ましいものでした。
鳥たちに襲われていた誘拐犯には私が風圧の魔法で一撃を与えて気絶させました。そしてクロエさんと御者マルタンの手足を縛っていた縄を魔法でほどいている時にはもう王都警護団の方々も駆けつけて下さっていました。
「みんな、ありがとうね!」
ザカリーが手を振ると鳥の群れは彼の頭上を一回りすると窓から飛び去って行きました。
後始末は彼らに任せて私はザカリーと帰ることにします。緊急事態とは言え、もう夜遅いのですから幼いザカリーをすぐに帰宅させたかったのです。フランソワがクロエさんを送って行くのを邪魔しないためでもありました。
「フランソワ、私は瞬間移動でザカリーと先に帰りますから、クロエさんとマルタンをお願いします」
クロエさんはまだフランソワの胸で泣いています。可哀そうに、余程怖かったのでしょう。
「姉上、今夜はクロエをうちの離れに泊めますから、先に帰って準備をさせて下さいますか? 彼女の家族はこの事件のことをまだ知らないですし」
「そうね、それもいいかもしれないわね。分かりました。貴方たちも気を付けて帰ってね」
そして私はザカリーをお家に送って行きました。養父母のルソー侯爵夫妻も起きて待っていて下さいました。
「おじさま、おばさま、遅くまでザカリーを連れ出して申し訳ございませんでした」
「ガブリエルさまもお友達もご無事で何よりでございました」
「この子が先程、ガブが危ない、すぐに行かなくちゃと慌てるものですから何事かと心配いたしました……すぐに対処できてようございました」
「ザック、怖い目に遭わせてごめんなさいね。でも夜遅いのに勇気を出して来てくれてありがとう。貴方のお陰で私もクロエさんもマルタンも助かったのよ」
「ぼく、こわくなかったよ。でもフランソワさんは最初すっごくあせっていてね。クロエさんとガブがゆうかいされたって分かった時には本当におこっていたよ」
「フランソワの気持ちは良く分かるわ。だって、クロエさんは彼にとって、とても大事な人なのよ。それにフランソワもクロエさんも魔法は使えないもの」
「そうだったね。ふあぁーあ」
「お休みなさい、ザック。一人で眠れるかしら? 私、今夜は急いで帰らないといけないの」
「大丈夫だよ、ガブ。僕もう大きい男の子だもん。お休みなさい」
ザカリーが眠りにつくまで側に居たいのは山々でしたが、今日のところはすぐに帰宅しました。侍女のグレタにこんな夜遅くに用事を言いつけるのは少し気が引けました。それでも今夜は特別で緊急でした。
「グレタ、こんな夜更けに申し訳ないけれど、今晩クロエさんが離れにお泊りになるからその準備をして下さる? 私たち、ちょっとした事件に巻き込まれてしまって……彼女はもう少ししたらフランソワと帰ってきますから」
「かしこまりました、お嬢さま」
グレタが離れの部屋を準備し終わった頃に馬車でクロエさんとフランソワは帰ってきました。私はクロエさんが入浴し終わった頃を見計らって彼女に一言謝りに行きました。
まさかフランソワは一晩彼女と一緒に過ごすつもりではないとは思いましたが、その確認のためでもありました。
「グレタ、フランソワはもう母屋に戻っているのよね」
「はい。お坊ちゃまにはお引き取り願いました」
「それでよろしいわ。時期尚早よね」
「明日はお二人で朝食をこちらで召しあがるそうです」
「それでは朝はゆっくりさせてあげましょう。明日は仕事にならないでしょうしね……」
王国一の攻撃魔法の使い手と呼ばれる私がついていながら、クロエさんはあんな事件に巻き込まれてしまったのです。私はお風呂上がりのクロエさんに謝りました。彼女の方からかえって謝罪されました。
「わ、私……ガブリエルさま、色々ありがとうございました。ザカリーさんにもくれぐれも私からお礼をお伝えして下さいますか?」
クロエさんはまだ少し涙ぐんでいました。怖い目に遭ったのは彼女の方なのに、お礼まで言われてしまいました。長居はせず、すぐに休ませてあげることにしました。
翌朝のことでした。王都警護団の方が捜査のために我が家を訪れました。クロエさんとフランソワは離れで遅い朝食をとっている頃だと思われました。私は彼らに知らせるために離れの扉を叩きました。
そこに居たクロエさんは何とあの桃色のドレスを着ているのです。流石、彼女の親友のお店で縫われたものです。彼女にぴったりでした。
「まあ、クロエさん、そのドレスとてもよくお似合いですわ。大きさも合うみたいですし、従妹が置いて行ったものがあって丁度良かったわ。私のドレスは貴女には小さすぎるものね」
「ありがとうございます。わざわざドレスまで、こんなところにも気を遣って下さって」
「そんな、もう誰も着ないのですもの、役に立てて良かったわ。クロエさん良かったらこのドレスを貰って下さる?」
「いえ、とんでもないですわ。後日洗ってお返しします」
「クロエったら、遠慮しなくてもいいのに。うちの箪笥にただ吊るされているだけだから、君が着てくれる方が良いに決まっているよ」
「ええ、従妹はこのドレスのことなんてもう忘れてしまっているし、次に彼女が王都に来るのは来年以降でその時にはもう流行りも変わっているでしょう」
誘拐事件が起こったせいで予想外の展開を見せましたが、私とグレタの見事な連携もあって『クロエに桃色のドレスを着せる企画』は成功しました。次はフランソワがいかに彼女を上手くデートに誘うかという問題が残っています。
とりあえず今はクロエさんが精神的な衝撃を早く乗り越えられることを祈っていました。彼女の気持ちが落ち着く頃にはきっと二人の仲も進展していることと思います。
(四)に続く
***ひとこと***
当時八歳のザカリー君の大活躍により、クロエもガブリエルも無事でした!
さて、ガブリエルとプロ侍女グレタさんの見事な連携により、あの桃色ドレスはクロエの手に!
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