黒魔術師ガブリエル・テネーブル(一)


 ガブリエル・テネーブルと申します。この物語の男主人公、フランソワの姉です。前作「君に聞かせる子守唄」では散々私やザカリーのことをこき下ろしてくれた弟です。やっと私もその仕返しが出来るということで実は張り切っております。


 姉の私から見ると、弟は公爵家の跡取りだからか、少々傲慢なところもあります。そして、かなり扱い難い性格なのです。


 フランソワは昔から結婚願望など全くなく、就職してからも特定の人とお付き合いすることもなかったようでした。両親もあまり弟の縁談を進めることには乗り気ではありません。


 それは私にも責任の一端はあることを感じていました。私は片割れのザカリーの成長を見守るためだけに生きていますから、縁談には興味ありませんでした。


 私が結婚しないと言い切って独身を通しているものだから、フランソワが姉の私を差し置いて身を固めるのに遠慮しているのではと考えていたのです。両親によるとそうでもないようでした。


「フランソワがいつまで経っても結婚のことを考えないのは、姉の私が嫁いで出て行く予定がないからなのでしょうか」


「ガブ、それは違うよ。お前みたいな見返りのない無条件の愛に生きる人間が側に居ると、フランソワも貴族社会での打算や政略だけの縁談なんてむなしく思えるのだろうね」


「まだ本人が結婚したいと思える相手に出会っていないだけなのかもしれないわよ」


「そうでしょうか……」


 黒魔術師として覚醒してからは両親に心配を掛けてばかりの私でした。そんな私を両親はいつも温かく支えてくれているのです。彼らも本当は私が貴族令嬢らしくどこかの殿方に嫁ぐことを望んでいるのは痛いほど分かっています。しかし私はどうしてもザカリー以外の人を男性として愛することはできません。


 フランソワだけでも幸せな結婚をして両親を安心させて欲しい、というのが好きなように生きている姉の私の勝手な思惑なのでした。




 そんな弟フランソワでしたが、ある日を境に変わりました。彼の変化には両親も使用人も驚きを隠せなかったというのが本音です。フランソワが就職して数年経った、年明けのある寒い日のことでした。


「姉上、明日の夕方なのですが、仕事の後一緒に帰宅しましょう。魔術塔に迎えに行きましょうか、それとも本宮に来て下さいますか?」


 どういう風の吹き回しなのでしょうか、有無を言わさない勢いです。確かに朝は馬車で一緒に出勤することも多い私と弟ですが、帰りは別々です。私は徒歩で帰るか、天候の悪い日や遅くなった日には瞬間移動を使うからです。


「ええ、そうね……私が本宮に行くわ」


 そして夕方、何とフランソワは一人ではなく、職場の後輩クロエさんと一緒でした。そして何故か馬車は私たちが朝乗ってきたものではなく、我が家の使用人が使っている馬車だったのです。


「大魔術師のガブリエルさまにお会いできるなんて光栄ですわ」


「そんな、私魔術以外何の取り柄も無いのですよ……」


 クロエさんからは真面目で聡明そうな印象を受けました。それに彼女は謙虚で礼儀正しく、気配りのできる女性でした。


 初対面の人はどうしても苦手な私ですが、彼女は気を遣ってくれて、上手に話題を引き出してくれるのです。こんな私でも色々と楽しく話が出来ました。


 フランソワが女の子を連れてきた時に、もう彼の意図が私には分かりました。馬車の中、女二人でお喋りしているところを穏やかな笑顔で見ている彼に、私は更に確信を深めました。


 クロエさんはザカリーの実のご両親と同じ地区に住んでいました。彼女の美しい言葉遣いからは平民だとは思えませんでしたが、事情がありそうです。フランソワが使用人の馬車を使う理由も分かりました。


 それにしても彼の執着は少々異常とも言えました。姉の私と使用人の馬車まで駆り出されたのですから。クロエさんの方もフランソワのことが気になっているようです。その時から既に二人は両想いだということは私にも分かりました。


 私自身もクロエさんとは気が合って、仲良くなれそうでした。生真面目な性格のクロエさんは身分を気にしてか、フランソワからの外出の誘いに乗ることはありませんでした。


 ですからここは私が一肌脱ぐことにしました。私が本を貸すという名目でクロエさんを時々我が家に招待するようになりました。


 私の第一印象の通り、彼女は堅実で聡明な人ですので、両親も初めてクロエさんに会った時から彼女のことが気に入ったようでした。


 そして彼女を招待した日にはフランソワも同席で一緒に食事をし、帰りは必ずと言っていいほど彼に送って行かせるということが定着しつつありました。


 フランソワは何と例の使用人用の馬車を普段使いとして専有し、使用人にはもっと良い馬車を新調していました。彼らはフランソワに大層感謝していましたが、その不純な動機を知っている私と両親は苦笑したものでした。


 両親はそのクロエさん専用の馬車を『クロエ号』と呼び始めました。我が家の使用人たちは噂話を固く禁じられています。けれど、彼らでさえ私と両親が『クロエ号』と言えばすぐに何を指しているか分かるほど浸透したのです。


 クロエさんのような素敵な女性が義理の妹になると私も嬉しいのに、と二人の恋が成就することを切に願っていました。使用人たちもその頃から既にクロエさんがもしかしたら将来の公爵夫人となることを予感していたのではないでしょうか。


 私はクロエさんとフランソワにお揃いの魔法石の首飾りも作ってあげました。


「まあ、綺麗ですね。こんな珍しいもの、私が頂いて本当に宜しいのですか?」


「もちろんよ。これは私の大切なお友達であるクロエさんのために作ったのですから。僅かながら魔力も込めました。お守り代わりに持っていてくれると嬉しいわ」


 半透明の青緑色の石を見て純粋に喜んで下さったクロエさんでした。


 フランソワに魔法石はクロエさんとペアだと言うと、その案が大層気に入ったようです。


「クロエさんはこれが貴方とお揃いだとは知らないの。ほら、お互いの瞳の色と同じ色の石なのよ。でも本当に喜んでくれて、いつも肌身離さず付けています、って言ってくれたわ」


「どんな魔力があるのですか?」


「残念ながら惚れ薬や媚薬のような効果はないわよ。ちょっとしたお守りのようなものね」


 冗談めかして言ってみました。


「そんなことは分かっていますよ!」


 いくら魔術師とは言え、人の気持ちを操ることは禁じられていますし、人道的に良くないです。フランソワには自分の力でクロエさんを振り向かせて欲しいものです。




 クロエさんと私は図書館や植物園行ったり、お散歩をしたり、クロエさんや妹さんお薦めの甘味処やお菓子屋さんに行ったり、仲良くお付き合いをするようになりました。フランソワや両親も一緒に、春の騎士道大会も観戦に行ったこともあります。


 ところが肝心の二人の仲はいつまで経っても全然進展していないようでした。




(二)に続く




***ひとこと***

使用人の馬車がいつの間にかクロエ専用車として『クロエ号』と呼ばれるようになっていたとは!


そして、やはりあの魔法石はお揃いでした。フランソワ君はペアの魔法石のご利益のお陰で結婚できたのではと前作「子守唄」のある登場人物に言われていました。

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