幕間 皆さんの証言

財政院のお局ポリーヌ女史


 ポリーヌと申します。この幕間の最初を飾れたことを大変名誉に思います。


 財政院の一部の同僚は私のことをお局ポリーヌと呼んでいるそうですが、私はそこまで仕事一筋でもなく、後輩に厳しいわけでもありません。ごくごく普通の兼業主婦で二児の母なのです。


 さて、クロエさんとテネーブルさまの目撃証言ですか。色々ございますわよ、ウフフ。


 我が財政院に新人として入って来られたクロエさんの第一印象は頭がキレて仕事も出来そうですが融通が利かない感じでした。


 しかし私を含む部屋の面々の予想を裏切り、クロエさんは腰の低い気の利く女の子でした。彼女なりに職場の人間関係が上手くいくかどうか、心配していたそうです。


 私とクロエさんはよく一緒にお昼を食べていました。私も弁当派で、大抵前夜の残り物を適当に詰めて持ってくるのですが、彼女はいつも手の込んだお弁当なのです。


「私自身は料理が苦手で、調理師になる勉強をしている妹が作ってくれるのです」


 私は時々妹さん特製のお菓子をおすそ分けしてもらっていました。流石調理師見習いの作ったお菓子は庶民がお店で買うものよりもずっと美味しいのです。


「持つべきものは料理の上手な家族よね、全く。羨ましいわ」


「ええ。私も妹のお陰で舌だけは肥えている方なのです」


 男爵令嬢とはいえクロエさんとこんな庶民的な話が出来るのは気が楽でした。普通、貴族でしたらお屋敷に調理人を抱えているのが普通です。夕食に何を作ろうか悩む必要はないのです。




 ある日の午後、休憩室の前を通りがかったところ、クロエさんとテネーブルさまが居ました。二人でお菓子をつまみながら、何とも微笑ましい風景でした。誰が見てもこの二人の間には何かが生まれたと気付くはずです。


「若いっていいわねー」


 そんな年寄りくさいことを言いながら執務室に戻りました。ニコラ君がこれから休憩に行くと席を立ちました。


「ニコラ君、今休憩室はダメよ」


「ポリーヌさん、どういう意味ですか?」


「今、休憩室で初々しい二人がデート中だから邪魔しないの」


「僕が割り込まなくても他の人が行くかもしれませんよ」


「ニコラ君のくせに生意気な……それもそうね」


「僕っていつもこんなキャラ……それはそうと誰ですか?」


「内緒。でも良く見ていればそのうち分かるわよ」




 そんな時に起こったのが『ニコラ君クッキー食べ損なう事件』です。これは傑作でした。


「休憩室にクッキーを置いていますので皆さん良かったら召しあがって下さい」


 クロエさんが妹さんの焼いたクッキーをおすそ分けに持ってきていました。ところが、ミス・ダフネの特製クッキーはその日のお昼には全てなくなっていたのです。


「ポリーヌさん、妹さんの手作りクッキーを楽しみにしていたのに、もう一枚も残っていないのです! 朝一番に僕も取っておけば良かったぁ……」


「それは……残念ね……」


「僕と入れ違いにテネーブルさんが休憩室から出てきたのですよ。口をもごもごさせながら! 絶対彼が最後の一枚を食べたに違いありません!」


 ニコラ君にそう泣き付かれました。


 その日の昼休みは休憩室でクロエさんとニコラ君と三人でお弁当を食べていました。


「まあ、皆さん本当にこんな素朴な甘いお菓子がお好きだとは思ってもいませんでしたわ」


 クロエさんは喜んでいましたが、何かが腑に落ちませんでした。あまりにもクッキーがなくなるのが早すぎました。


「あ、クロエここに居たの。あのクッキー持って来たの、君でしょう? 今日のも美味しかったよ、ありがとう」


 最後の一枚だけでなく、クッキーほぼ全て独り占め容疑者はさややかな笑顔でクロエさんにお礼を言っています。高位の貴族のくせに手作りという言葉に弱いのは何となく共感できるところです。


 それにしてもクロエと呼び捨てにする仲までに発展しているとは思ってもいませんでした。鈍いニコラ君まで怪しむような表情をしています。


「喜んで頂けて何よりですわ」


 何だか若い二人が甘い雰囲気になっています。ここで私の中に悪戯心がむくむくと湧き上がってきました。


「そうよね、クロエさんの妹さんは将来料理の鉄人と名高いですものね。お菓子作りも得意なのよねー」


「えっ、あのクッキーって……妹さんが……?」


「はい、そうです。今回は成功したって満足げに言っていました」


 テネーブルさまの衝撃を受けた表情、クロエさんの純粋な微笑み、ショックから立ち直ったニコラ君のほくそ笑む顔を素早く見比べた私は笑いを堪えるのに必死でした。




 私の洞察力を馬鹿にしてはいけません。それからテネーブルさまの動きと視線の先に注目しているとすぐに気が付きました。男女の機微には割と敏感な私は大体の予想はついていましたが、黙って観察を続けました。


 ある日のことでした。一人で休み時間でお茶を飲んでいたところにテネーブルさまがやってきました。


「えっとポリーヌさん、ちょっと貴女に聞きたいことがあるのだけれど」


「はい、何でしょうか」


 仕事の話ではないとすぐに分かります。


「端的に言おう。クロエ・ジルベールさんって彼氏居るの?」


 どうやらテネーブルさまの方が先に動き始めるようでした。アタック事前調査でしょう。私は大人の女性として余裕の笑みで答えました。


「そうですね、就職してきた時に聞いたら居ないって言っていましたね」


「じゃあ好みのタイプは?」


「あまり明確な好みはなくて、それでも付き合うのだったらで頼れる大人の男性がいいそうですよ」


 クロエさんはお母さんと妹さんの三人家族だと言っていました。お父さんを幼い頃に亡くしているようです。彼女のような人は懐の大きい男性に魅力を感じるだろうな、というのが私の意見です。


 テネーブルさまが彼女の理想のタイプに当てはまるか、それは疑問が残るところです。彼がやたら女性にもてるのは確かです。職場で恋愛をしなくても、他にも女性と出会う機会はいくらでもありそうな人です。


 なので誠実という言葉を強調して言ってみました。彼の方はクロエさんのことを案外本気なのではないでしょうか。私は温かく見守ることにしました。




 クロエさんが就職してもうすぐ一年になろうとしていた頃、彼女に相談されました。実は彼女の第一志望は司法院で、結局配属されたここ財政院は第二志望だったそうなのです。


「だったら司法院に異動希望を出してみたらどうかしら? クロエさんならどこでもやっていけるわよ」


「まだ財政の仕事も一人前に出来ないのに、異動だなんて許可されるでしょうか?」


「そんなこと言っていたら何も出来ないわよね。若いうちに何でも試してみるのがいいわよ。私の歳になってからの異動の方が大変だと思うわ」


「ポリーヌさん、ありがとうございます」


 残念ながらクロエさんの異動は新年度には叶いませんでした。次の機会は来年の人事異動でした。


 彼女は誰にも異動願いのことは話していなかったようでした。ですからその数か月後、年明けから財政院に異動が内定した時もクロエさんは私にだけそっと教えてくれました。


 年末は彼女も色々大変だったようでした。体調を崩した上に引継ぎもあり、その上彼女は副業も入れているのです。クロエさんもお家の事情で大変なのです。貧乏暇なしですから、私も分かります。


 二週間前には部屋の皆にも異動のことが知らされました。正式発表は直前でした。




 そして年が明け、クロエさんは司法院に移って行ってしまいました。彼女の異動後も定期的に食堂でお昼を一緒に取ってはお互いに近況報告をしています。


 異動のすぐ後からでしょうか、クロエさんの雰囲気がぐっと変わったのです。気付いたのはきっと私だけではありません。以前よりも何と言うか、女性としての色気が増したのです。


 相変わらず生真面目で仕事に生きる彼女でしたから、化粧が濃くなったとか体の線も露わなドレスを着るようになったとかそんな意味ではないのです。ちょっとした仕草や顔つきに色っぽいなと感じさせられるのです。テネーブルさまとの交際がその理由なのでしょう。彼女は何も言いませんが、私は確信していました。




 私とニコラ君の予想通り、二人が婚約を発表したのはその夏のことでした。


 ところで、テネーブルさまはその頃に無精髭を伸ばされていたのを室長に注意されたそうです。


「テネーブル、いい加減そのむさい髭何とかしろ」


「それでも室長、婚約者が無精髭のワイルドなフランソワも素敵♡と言うので剃り難いのです」


 彼の言葉に部屋中が一瞬手を止めてドン引きしていたのは財政院でも有名な話です。


「はぁ? そんな事誰も聞いていなーい!」


「式までには剃りますからぁ」


 婚約が成立してからデレデレに成り下がってしまったテネーブルさまは何とも微笑ましく、私たちは同僚としてお二人の幸せを心から祝福していました。




***ひとこと***

あのクッキー、フランソワ君はクロエの手作りだとばかり思っていたのは本当でした。二度目にクロエが沢山持って来た時にはあまりにも売れ行きが良すぎたのにも理由がありました。

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