第二十四話 空気の抜けた真面目女子
私はその後、自分で思っていたよりも酷く落ち込み、後悔に
「私からの文なんてもう受け取ってもくれないかもしれないわ……」
彼は可愛げのない面倒臭い私のことなど愛想を尽かしてしまったのでしょう。今更何を謝っても無駄な気がしました。
また以前のように会いたいと
私は再び王宮と家とよろず屋を行き来するだけの生活を送るようになりました。以前の私に戻っただけですが、何の楽しみも喜びもなく、ただ仕事と家事をこなす味気ない毎日でした。
気付いたらぼうっとフランソワと過ごした楽しい時を思い出して、ガブリエルさまが作ってくださった魔法石を眺めながらため息をついている自分がいました。彼の瞳と同じ色の魔法石はその度にキラリと光り、温かくなるのは私の気のせいでしょうか。
『クロエ、君に会いたいよ』
時々愛しい人の声まで聞こえてくるのです。幻聴が聞こえるだなんて、重度の恋患いということは自分でも分かっていました。その度に私は未練を断ち切るかのように首を振って気持ちを入れ替えようと努めました。
家族に心配をかけたくなくて空元気を振り絞っていたのは母にも妹にもお見通しのようです。まず食欲が激減しました。彼女たちは私のことをそっと見守ってくれていました。何があったかなんて情けなくて誰にも言えませんでした。エレインにもです。
ガブリエルさまから時々あるお誘いも断っていました。テネーブル家に伺えるはずもありませんでしたし、外でガブリエルさまとお茶をするのも
「フランソワと出掛けていた頃が非日常で刺激がありすぎたのよね。今のこの状態が普通なのよ。身の丈に合った生活をするに限るわ……」
そう自分に言い聞かせてはっぱをかけていました。母か妹から聞いたのでしょう、一度エレインが私に会いに来てくれました。
「クロエ、最近どう?」
「どうも何も、変わりないわよ」
「そうは見えないわね。貴女、悲惨な顔をしているわ。別に言いたくないのなら良いけれど、何でも聞くわよ」
「ありがとう、エレイン。でも、もういいの。あ、そうだわ。貴女に借りていた指南本をお返しするわね。色々参考になって助けられたのよ。本だけでは学べないことも多いと……分かったわ」
処女喪失という人生の一大事にフランソワに協力してもらえただけで満足なはずでした。どうして私はこんなに心にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感に襲われているのでしょうか。
「あらあら……クロエ、何かあったらいつでも頼ってよね」
「ええ、マダム・サジェスが近所に住んでいる限りは教えを請いに伺うかも」
「まあ、結婚してウィリアムの屋敷に越すと少し遠くなるけれど遠慮はしないでよ」
「うん、ありがとう」
エレインは帰り際に私をギュッと抱き締めてくれました。
仕事をしている時だけは夢中で
指を
私は異動した後も、就職当時に財政院で大変お世話になった先輩方や室長とは時々王宮本宮の食堂で会うことがあれば近況報告をしていました。特にポリーヌさんとは約束してひと月に一度は昼食を一緒にとる習慣が出来ていました。
「クロエさんは新人として私の下に就いたでしょう。だから貴女が異動してしまってもね、どうしているか気になるの。お節介かもしれないけれど、世話焼きたがりのこの性分はどうしても変えられないわ」
「私、最初にポリーヌさんの指導を受けられて本当に運が良かったと思っています」
それは事実でした。私は就職して初めてのこぢんまりとした部屋で、親切な人ばかりで恵まれていました。
「まあ、そんな大袈裟な。司法院の期待の星、クロエ・ジルベール女史にそこまで言ってもらえるだなんて」
「ポリーヌさんの方が大袈裟ですわ……」
「司法の仕事、やり甲斐があって充実しているようで何よりよ。思い切って異動して正解だったわね」
「はい」
「それにしては今日のクロエさんは何だか元気がなさそうね、何かあったの?」
私が悩んでいることが彼女には分かってしまったようでした。女性としても大先輩のポリーヌさんには敵いません。
「い、いえ、そんなこと、ありませんわ」
「そう? 私で良ければ何でも聞くわ。ところで、何とあのニコラ君が主任に昇格するのよ。だから今度うちの部屋の人達で簡単なお祝い会を開くことになったの。皆さん私の都合に合わせて終業後に財政の休憩室で集まって、男性陣はその後二次会に繰り出すって言っているわ。一次会だけでもいいからクロエさんも来ない?」
「まあニコラさんが……おめでとうございます。部外者の私が顔を出しても大丈夫でしょうか?」
「クロエさんは部外者ではないわよ。ニコラ君が出世したのもクロエさんがしばらく彼のお世話をしたお陰かもしれないしね。皆そう思っていることでしょう。それに貴女が異動してから面子はほぼ変わっていないから、大丈夫よ」
ということでニコラさんの昇進祝いに私も少しだけ顔を出すことになりました。財政でお世話になった皆さんにも久しぶりに会いたかったのです。
その日、仕事が終わった後に私は財政院のある階に向かいました。現在財政院は忙しい時期ではありません。ほとんどの職員は帰宅していることでしょう。
休憩室の手前、フランソワが所属している部屋の廊下の角を曲がった時にまた私の耳に彼の声が聞こえてきました。
『クロエ……』
私は未練がましい自分に呆れていました。私はその幻聴を振り切るように首を横に振り、フランソワの居室の前を通りました。
「この項目を少し手直ししておいたから、はい」
愛しい男性の声に私はビクッとしました。
「ありがとうございます、フランソワさま。助かりますぅー」
「お安い御用だよ。あ、それからこちらの書類の追記部分だけど……」
「え、どこですかぁ?」
開いている窓の隙間から、フランソワの背中が見えました。彼から書類を渡されている若い女性は私の知らない人でした。きっと私が異動してから配属されたのでしょう。
私と同じくらいの歳の、可愛らしい女性でした。少し舌ったらずの甘えた声が耳に障ります。この子もフランソワに気があることくらいすぐに分かりました。彼女は彼の隣に回って、手元を覗き込みました。職場では不適切なくらい、彼に近寄っています。
『ちょっと胸が大きいからって、これ見よがしに彼に押し付けなくてもいいじゃないの……真面目に仕事しなさいよ……』
私は嫉妬と
***ひとこと***
なんとまあ、タイミングの悪い……フランソワ君、とことんついていません。
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