第二十三話 売り言葉に買い言葉


 次にフランソワと魚介料理の店に出掛けた時も沢山のお土産を持たされました。新鮮な魚ももちろんのこと、干し魚や干し貝、オーブンで焼いてすぐに食べられるグラタンまで、私たちが食べた夕食よりも多い量の持ち帰り食をフランソワは頼んでくれました。


 そして会計はいつも彼がさっさと済ませてしまうのです。食事の後、フランソワは私を別の連れ込み宿に連れて行きました。


「クロエ、今晩は遅くならなければいいって言っていたよね」


「はい、私明日は朝から用事がありますので」


「だったらご休憩で……いい?」


「ゴキュウケイ?」


「うん、僕は君を持ち帰りしたいから」


「???」


 フランソワに言わせると連れ込み宿では、朝まで泊まらない時は休憩と呼ぶらしくて、四半時毎に料金がかかるそうです。


「本当に休憩するカップルなんてまず居ないだろうけどね」


「なのにご休憩って言うのですね、変ですね」


 そしてフランソワと私は三回目のまぐわいをしました。回を追うごとに感じるよろこびが増すのです。


 彼はねやで少し人が変わって意地悪で強引になる人でした。ちゃんとどこをどう触って欲しいか言わないとしてあげないとか、手で触るのか、舐めるのがいいのか、私が何も言わないから分からないとか、恥ずかしいことをわざと私の口から聞きたがるのです。そして羞恥で真っ赤になった私を見て喜んでいるのです。


『僕の言葉責めに興奮して濡れているよ、ほらこんなに、クロエ』


 確かに恥辱によって私もその、より燃えるのは本当です。そのため私はあられもない、はしたない声ばかり上げてしまいました。


「フランソワ、今夜もありがとうございました。あの、今日のお手合わせは前回よりもずっと私、具合が良かったと言いますか、得も言われぬ快感を得ることが出来ました。これも全て貴方さまのお陰です」


 これがフランソワの言う『体の相性が良い』ということなのでしょうか……いえ、きっと彼の技術が優れているお陰でしょう。私は彼に感謝せずにはいられませんでした。


「改まってお礼を言われるようなことでもないから、クロエ。その、お互い様だし……君がねやでは大胆で情熱的だからそのギャップに僕は萌えまくるよ」


「あの、こんな私でも本当に貴方をよろこばせられているのでしょうか?」


「あ、うん……もちろんだよ」


 彼が真っ赤になって照れています。何だか可愛いです。


「私、フランソワにお相手をお願いして本当に良かったです」


「ああクロエ、君を帰したくないよ」


 結局少し遅くなってしまい、帰宅した私は母に小言を言われました。


「クロエ、いくら送ってもらうとは言え、夜遅くに若い女の子が帰宅するのはどうかと思います。私としては朝帰りの方が安心だけれども……嫁入り前ですからね、何事もほどほどにしなさい」


 母にはフランソワと食事に行くと言っただけでしたが、私たちが食事だけでなく何をしていたか完全に知られているようでした。


「ご心配をおかけして申し訳ありません、お母さま」


「恋愛が現在進行中の貴女はテネーブルさまに言い出せないのでしょう。けれど次回もまたその次も帰宅が深夜になるのでしたら、私から彼に直接一言申し上げるしかありません」


「それだけはやめてください。私、気を付けますから」


 母は再び私がフランソワと出掛けることになったことも察しているようでした。そうなのです、次回があるのです。


 私はフランソワに完全に溺れてしまいそうでした。次回がある限り、私は彼との時間を楽しく過ごすことに決めました。




 こうして私たちは大体週一回の頻度で逢瀬を繰り返していました。私は毎回全ての費用を彼に負担してもらうのは非常に心苦しくなってきました。いつも払おうとするのですが、彼にとめられてしまうのです。


 ある日、彼と一緒に夕食を取った時、私はお手洗いに行ったついでに会計を済ませてしまいました。私にとってはかなりの出費でしたが、今までフランソワが払ってくれた費用を考えると比べ物になりません。


 ところが、私が勝手に夕食代を出したことについて彼は大きく機嫌を損ねてしまいました。食事の後、辻馬車の中でフランソワにチクリと言われてしまいました。


「クロエ、女の子は遠慮せずに御馳走してもらっていればいいの。僕の面子が丸潰れじゃない」


「けれど、フランソワにいつも出してもらっているので私は申し訳なくて……貴方に会計を任せて後で払おうとしても絶対に受け取ってもらえませんよね」


「もちろんだよ。女の子に払わせるなんてできないもん」


 フランソワに女の子呼ばわりされるのが少々気に障りました。私は彼より年下ですが、もう社会人で自立した一人の女性として見て欲しいのです。


「二人で一緒に出掛けているのですから、私も時々は費用を出して当然だと思うのです」


「そんなこと言って、君の文官としての給与と副業収入はご家族のために使っているのでしょ。クロエはにっこり笑って『フランソワ、ありがとう』って言うだけでいいのに」


「確かに私と貴方の財布の中身は大きな格差があるのは分かっています。けれども……」


「だからもういいの、この話は終わりね。君はあんなことがあったのに相変わらずあの商店で休みの日も働いていて忙しくしているよね。副業があるから、女の子の日だからってデートも中々出来ないじゃない。僕としてはもっと会いたいのに」


 何だか大幅に話がずれています。


「フランソワ、私が副業を続けているのは家計を助けるためです。客の一人に誘拐されそうになったからといって急に辞めるわけにもいきません。それから、定期的に月のものがあるのは健康な証拠ですし、その間はねやでのお手合わせはできませんもの。ない方が大変ですわ。避妊に失敗したのではないかと心配になりますよね。それにこの二点は今の私たちの会話に沿っていません」


「流石、揚げ足取りが上手だね、司法院所属のクロエ・ジルベール女史は。だから一体何が不満なの、ただで僕とデート、美味しいものが食べられてエッチできて……」


 彼の言葉には棘がありました。


「フランソワ・テネーブル次期公爵さまの得意の経済力に目がくらんで私が喜んで股を開いているとおっしゃりたいの? 一寸の虫にも五分の魂という言葉をご存知ですか?」


「ああぁ、国語の講義始めちゃったよ、クロエ先生が。そんなところが可愛げないし面倒臭いと思われているのが分からない?」


 お互い言いすぎて引っ込みがつかなくなっていました。


「でしたら、もう私のような面倒な女はどうか放っておいてください! 私、ここから別の車を拾って帰ります。すみません、馬車を止めて下さい、お願いします!」


 私の言葉に減速した馬車ですが、まだ動いているのに飛び降りました。意気地なしの私はその場から逃げ出すことしか出来ませんでした。


「おいっ、待てよクロエッ!」


 飲み屋や高級連れ込み宿の並んでいる地区でした。フランソワに追いつかれないように必死で走りました。運良く次の角に辻馬車が待機していたのでさっさと乗り込み、発車させました。


「私のことは放っておけって……それが出来たらとっくにそうしているよ! クソッ!」


 走り去る私の辻馬車に向かってフランソワが投げかけたその言葉は私の耳には届いていませんでした。


 いつかこの日が来ることは分かっていました。彼と逢瀬を重ねる度にこれで最後だろうと私はおびえていた気がします。それでもこんな醜い言い争いであっけなく終焉しゅうえんを迎えるとは思ってもいませんでした。




***ひとこと***

そしてクロエさん、ほんの些細なことで激しくこじらせてしまいました。しかーし、これで終わりなわけないじゃないですか!

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