第十二話 テネーブル家で朝食を
朝食はフランソワと二人きりで、離れの食堂で頂きました。私の前には新鮮な果物が山のように盛られています。テネーブル家で出される食事はいつも豪華なものですが、朝食までこんな素晴らしいものだとは思っていませんでした。
食い意地が張っていると言われようが、公爵家の食事はあまりにも美味しくて必ず残さずに食べてしまう私です。貧乏人は体が資本なのです。それでも、今朝の朝食は袖口の広がった借り物のドレスを汚さないように気を付けているため、沢山食べられそうにはありませんでした。
「いつもほどではないにしても、食欲もまずまずあるようで良かった」
フランソワにも指摘されてしまいました。あんな事件に遭ったのに翌日にはけろっとしている、と言いたいのでしょう。そんな私が滑稽に映るのでしょうか、フランソワは何だかニヤニヤしているのです。
「はい、テネーブルさまのお宅で頂く食事はとても美味しいので食が進みます。ご馳走さまでした」
「まだまだ残っているじゃない、クロエ。時間は気にせずにゆっくり食べてよ」
「それでも、もうすぐおいとまして帰宅しないと私は仕事に遅れてしまいますから……」
「クロエ、何を言っているの! 今日は仕事を休んで心も体も
昨夜私があのような事件の被害者になった事が家族や職場に知らされるのです。私の過失ではないにしても、他人にどういった目で見られるようになるのか、想像に難くありません。ガブリエルさまの評判も
「捜査に協力するのはもちろん構いませんけれど、昨晩の事件のことがすぐに世間に知れ渡ってしまうのですよね……公爵令嬢のガブリエルさまはただ私と一緒にいらっしゃっただけなのに巻き込まれて……お詫びのしようもございません……」
「クロエ、そんな心配は無用だよ。テネーブル公爵家の威信にかけても事件を公にさせることはないから安心していいよ。警護団の連中はね、証人代わりに呼んだだけ。姉が攻撃魔法で過剰防衛してもと思ったし。事件が事件だし、警護団だって慎重にならざるを得ないよ。貴族相手に罪を犯した者は特に厳しく罰せられる」
昨晩からフランソワのことがとても頼もしく感じられます。別に今までは頼りなかったという意味では決してないのですが、何だか王子様のかっこよさが数倍増しました。
「テネーブルさま、私のためにそこまでして下さって、ありがとうございます」
ガブリエルさまとテネーブル公爵家の面子のためであって、私だけのためではないとは分かっていても、感謝の言葉を述べずにはいられません。私は深く頭を下げました。
「もうクロエったら、いつまでもそんな他人行儀はやめてよね。だって僕達、ほら、昨晩もう、その……」
他人行儀と言われても、フランソワは次期公爵で職場の先輩で、やはり立場の違いというものを感じてしまいます。何だか
「フランソワ、クロエさん、お早うございます」
「ガブリエルさま、お早うございます。よくお休みになられましたか?」
私は立ち上がって挨拶しました。
「まあ、クロエさん、そのドレスとてもよくお似合いですわ。大きさもぴったりみたいですし、従妹が置いて行ったものがあって丁度良かったわ。私のドレスは貴女には小さすぎるものね」
ガブリエルさまよりも背の高い私です。彼女のドレスは私には胸周りだけ大きすぎて、他は全てスカート丈も何もかも短いでしょう。
「ありがとうございます。わざわざドレスまで、こんなところにも気を遣って下さって」
「そんな、もう誰も着ないのですもの、役に立てて良かったわ。クロエさん良かったらこのドレスを貰って下さる?」
「いえ、とんでもないですわ。後日洗ってお返しします」
「クロエったら、遠慮しなくてもいいのに。うちの箪笥にただ吊るされているだけだから、君が着てくれる方が良いに決まっているよ」
「ええ、従妹はこのドレスのことなんてもう忘れてしまっているし、次に彼女が王都に来るのは来年以降でその時にはもう流行りも変わっているでしょう」
姉弟二人にそう押し切られてしまいました。
「そうでしょうか……私には勿体なさすぎるドレスですけれども、お二人がそうおっしゃるのでしたら遠慮なくありがたく頂きます。大事に着ます」
着飾ることが出来ると心もうきうきしますが、私がこのドレスを着て行けるような場所も機会もまずないのです。少し手直しすれば妹のダフネが着られそうです。私よりもずっと華やかな見た目のダフネの方こそ、このようなドレスが似合うことでしょう。彼女の喜ぶ顔が目に見えるようで私まで嬉しくなってしまいました。
「そうそう、先程警護団の方たちがお見えになったのです。私たち三人から話を聞きたいそうですよ。母屋の応接室でお待ちですわ」
フランソワもガブリエルさまも今日はお仕事を休まれるのでしょうか、王都警護団の捜査に協力するためなら致し方ありません。そこで三人で母屋に向かいました。
昨夜フランソワが警護団の方に忠告していたように、犯罪の性質上、警護団からテネーブル家に来られたのは二人の女性団員でした。一人は私の母くらいの年齢で、もう一人の方は私より少し年上のようです。
一人ずつ、まず私から話を聞かれることになりました。私は貴族と言ってもほとんど平民に近いのに、警護団のお二人は私から事情聴収することに大変恐縮していたようでした。これも昨晩のフランソワのお陰でしょう。
私と犯人の男の関係や、昨晩襲われた時の状況を一通り話しただけですぐに終わりました。警護団には犯罪被害者を支援する部門もあるという説明も受けました。
昨夜のことに対して私はもちろん精神的な痛みを感じていますが、今のところ私の中ではフランソワやザカリーさんに対する感謝とガブリエルさまに対する申し訳なさの方が勝っているのです。
私の次にガブリエルさま、その後フランソワに御者の方も呼ばれていました。警護団の方たちはザカリーさんにも話を聞きたいそうで、お二人はガブリエルさまと連れ立ってルソー侯爵家に向かわれました。
後には私とフランソワが残されました。
「クロエ、今日は辻馬車で送って行くよ。僕の馬車はしばらく警護団から戻ってこないみたいだ」
泥だらけの自分のドレスに着替えて歩いて帰ろうと考えていた私です。時刻はまだ昼前で、今日は私がテネーブル家から直接出勤していると思っているだろう母や妹に対する早く帰宅する言い訳が思いつきません。正直に本当のことを言う以外にないような気もします。
色々なことが一度に起こって少々混乱気味の私は送ってくれると言うフランソワに素直に従うことにしました。
***ひとこと***
ガブリエルとグレタは何気に固く結束して、フランソワの強い味方になっております。
ところで! クロエも既に本音が出てしまっていますよね……
『別に今までは頼りなかったという意味では決してないのですが、何だか王子様のかっこよさが数倍増しました』
クロエちゃん、やっぱり貴女もフランソワは頼りなかったと認めている!?
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