第十一話 嬉し恥ずかし初お泊り
ガブリエルさまは部屋に入って来るなり、私の両手をしっかりと握って今にも泣きそうな顔で謝られました。
「ごめんなさいね、クロエさん。私がついていながら、あんな怖い目に遭わせてしまって、本当に申し訳ないわ。私、魔術師でしかも攻撃魔法が一番得意なのに……運動神経の悪さだけはどうしようもなくて、真っ先に意識を失ってしまって情けないです……」
「そんな、とんでもありません。そもそも、犯人が狙っていたのは私ですし、ガブリエルさまも巻き込んでしまって申し訳ございませんでした。謝らないといけないのは私の方です。それにあの男が倒されたのは結局ザカリーさまとガブリエルさまの魔法のお陰ですよね」
「ええ。
この言葉に、ガブリエルさまは絶対に怒らせてはいけない相手だと悟りました。
「私一人の時に襲われていたと思うと、身震いがします。助けて下さってありがとうございました」
「夜遅いのに押し掛けてきて、ごめんなさい。でもどうしても謝りたかったの」
「そんな、とんでもないです」
「クロエさん、怪我はなかったのですよね。ザックもそう言っていたけれど……彼は治癒魔法が使えてね、軽い怪我や病気なら直ぐに治せるのです。私、幼いあの子をお家に送るために瞬間移動であの場から先に居なくなってしまって失礼しました」
フランソワと一緒に来た銀髪の男の子はやはりガブリエルさまの片割れ、ザカリーさんだったのでした。そう言えば倉庫で意識が戻った時には肩や縛られた手足がとても痛かったのですが、助けられた時にはもう痛みはありませんでした。きつく縛られていたのに、手足には跡も残っていません。
「もうどこも痛くないのはザカリーさんの魔法のお陰なのですね。もしかして、私たちが
「ええ。ザックと私は離れていてもお互いの魔力を感じられるのです。王都内くらいだったら相手の居場所は大体分かるの。それに、クロエさんの魔法石も貴女の身に危険が迫っていることをフランソワにいち早く教えてくれたのよ」
私が助かったのは、この魔法石の首飾りを付けていたからでもあったのです。それにしても魔法石とは不思議な効果があるものです。絶体絶命のあの時に現れたフランソワを見た時の安堵感を思い出して再び涙が流れ出てきそうでした。
「わ、私……ガブリエルさま、色々ありがとうございました。ザカリーさんにもくれぐれも私からお礼をお伝えして下さいますか?」
「分かりましたわ。クロエさん、今晩はゆっくり休んで下さいね」
「ガブリエルさまも、お休みなさいませ」
侍女のグレタさんも下がり、私は疲れた体をふかふかの寝台に埋めました。あまりにも色々なことが起こったので気持ちが高ぶっていました。中々寝付くことができず何度も寝返りを打っていましたが、しばらくすると寝入ってしまったようでした。気付いたら窓から朝日が差し込んでいました。
まだ夜が明けたばかりのようです。それでも今すぐにでも帰宅して、着替えて出勤しないと遅刻です。
「ここから歩いて帰ったらどのくらいかかるのかしら……私のドレスと下着は昨晩脱いでお風呂場に置いたわよね」
一人でブツブツ言いながら浴室に向かいます。こんなにお世話になったのに、誰にも挨拶もお礼もせず、勝手に帰宅するのも良くないような気がしました。
「とりあえず着替えだけは……」
丁度その時でした。遠慮がちに寝室の扉が叩かれました。
「クロエさま、お目覚めでしょうか? グレタでございます」
良かったです、私はグレタさんにご挨拶しておいとますることが出来るのです。
「はい、どうぞお入りください」
少しはだけていた寝衣を直してグレタさんを迎え入れました。彼女は濃い桃色の大きな布の塊を持っています。
「お早うございます、クロエさま。良くお眠りになれましたか?」
「はい、お陰さまで。私、今から着替えて帰宅いたしますので、公爵家の皆さまにどうぞよろしくお伝えください。お世話になったお礼は後日改めて申し上げます」
「いえ、クロエさま。これから朝食をご一緒するために若旦那さまがお見えになりますので、お礼なら直接おっしゃって下さい。それから、今朝はこちらのドレスをお召し下さいませ」
彼女は抱えていたそのドレスを広げて私に見せて下さいました。最近の流行りの、袖口が大きく開いて内側に幾重ものレースが縫いこまれている、ため息が出るような美しさのドレスです。しかも私の大好きな色でした。
「グレタさん、とても素敵なドレスですけれども……私が他の方のドレスを着るわけにもいきませんし、朝食も折角用意して下さったのに申し訳ありません」
私はグレタさんに頭を下げて浴室に向かいます。
「いえ、それは困りますわ! みすみすクロエお嬢さまをこのまま帰宅させたとなれば私が若旦那さまに
理解に苦しみますが、何も関係ないグレタさんが私のせいでフランソワに責められるのだけは避けたいところです。
「……テネーブルさまと食事を頂くのに、昨晩の汚れたドレスを着るわけにもいきませんし、この寝衣のままも失礼に当たりますわね……」
身頃を合わせて腰紐で結ぶだけの寝衣は、布地も薄く、丈は私のふくらはぎの上です。見頃をしっかりと合わせれば、元々無いに等しい谷間も見えることはありませんが、余りにもはしたない恰好です。
「確かにクロエさまがこの寝衣姿のままの方が若旦那さまはお喜びでしょう。しかし、そこまでご褒美を差し上げて甘やかすのはまだ早すぎます。ドレスに合う靴下もお持ちしました。お召し下さいませ」
グレタさんの言っていることの意味が再び良く分かりません。それにしても、靴下やペティコートまで用意されているのです。私の顔に疑問がありありと浮かんでいたのでしょう、グレタさんが教えて下さいました。
「少しばかり前、公爵家の親戚筋のご家族が滞在された時に必要ない衣類を置いていかれたのです。このドレスはその衣類の中からクロエさまに合いそうなものを取り出してきただけでございます」
「それにしてもこのドレス、新品同然ですわね」
私を着飾ることにやたら使命を感じているグレタさんに押し切られるような感じになり、私はにわか貴族令嬢に変身していきます。
「テネーブル公爵の若い従妹に当たるお方のもので、ほんの一度か二度お召しになっただけと思われます」
グレタさんは、張り切っていて、見事な手際で私の髪の毛も美しくまとめて下さいました。そこで誰かが扉を叩く音がしました。
「クロエ、お早う。支度は出来た?」
フランソワでした。グレタさんが扉を開け、彼が部屋に入ってきます。
「テネーブルさま、お早うございます」
私は立ち上がって彼に軽くお辞儀をしました。
「ああ、クロエ。本当に良く似合っているよ。言葉にできないくらい綺麗だ」
フランソワはあまりにも大袈裟に褒めてくれるのです。嬉しそうに微笑む彼は私の手の甲に軽く口付けました。
「昨晩少しは眠れた?」
「はい、なかなか寝付けないとは思っていましたが、それでもいつの間にか寝てしまったみたいです。朝までぐっすりでした」
「良かった」
その後私はしっかりと抱き締められ頬にも口付けられました。グレタさんの視線が非常に気になります。
「下に朝食を運ばせたから、さあおいで」
フランソワに手を取られて階下の食堂に行きました。まるで舞踏会に招待された高貴な令嬢のようにフランソワは私をエスコートするのです。
***ひとこと***
プロ侍女のグレタさん、クロエを着飾るのに腕の振るい甲斐があるというものです。それにしても彼女、フランソワについて結構率直な発言をされていますね。
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