第十話 王子様、カッコよく現れる
覚悟を決めていた私ですが、ドレスを脱がされも引き裂かれもせず、男に身体を触れられるわけでもありませんでした。その代わり、バタバタという羽音が一斉に聞こえてきたのです。
「ギャッ、イテテテ、何しやがる!」
恐る恐る目を開けました。なんと男が
「クロエ、何処だ?」
「ガブ、大丈夫?」
私の名前を呼ぶ声は、あの愛しい男性のものでした。銀髪の可愛らしい男の子の手を引いて私のところへ駆け寄ってくる彼の姿に、私は涙が溢れ出てきました。まさかフランソワが来てくれるとは思ってもいませんでした。
彼は地面に転がされていた私の体を優しく起こし、しっかりと抱き締めてくれました。
「クロエ、間に合って良かった……」
「テ、テネーブルさまぁ……うぅ……」
みっともないと言われようが、涙がどんどん出てきて止まりませんでした。彼の温かい胸にもたれかかって私は何も言えず、ただ涙を流していただけでした。
その時にはガブリエルさまも意識を戻され、手足の縄も魔法で解いていて、誘拐犯は彼女の攻撃魔法で一瞬のうちに倒されました。同時にフランソワと一緒に来た男の子、ザカリーさんはガブリエルさまのところに駆けつけたのですが、私自身はフランソワの胸で泣いていて実は何も見ていないのです。
縛られていた手足はいつの間にか自由になっており、私は自分からフランソワの背中に腕を回して、彼に必死でしがみつきました。
「クロエ、君がさっきあいつらに言っていたこと、本当だよ。僕はどんな君でも愛している。でも君がその可愛らしい笑顔で笑いかけてくれるのが僕の至上の喜びだ。だから僕は君が悲しむ顔も、何かを諦めたような顔もさせたくない」
「うう……わぁーん! も、申し訳ありません、テネーブルさま……涙が止まらなくって」
「怖かったろう、もう大丈夫だからね」
子供のようにみっともなく泣きじゃくる私を抱き締めて、髪や背中をずっと撫でてくれていました。
気がつくとフランソワが通報してくれたのか、王都警護団の方々も駆けつけて下さいました。
「ちっ、来るの早すぎ。いいトコロを邪魔しやがって」
フランソワが舌打ちをしてそんなことを言っています。彼がこんな言葉遣いをするのを初めて聞きました。
地面に倒れていた犯人の男はあっという間にお縄になりました。フランソワは私の手を引いて立ち上がらせてくれましたが、まだしっかり両腕で私を抱き締めています。
警護団の指揮を取っていた男性がフランソワに報告をしていました。
「閣下、お陰様で容疑者一名を即逮捕することが出来ました」
「ご苦労だった。今日のところは私達は帰宅させてもらう。被害者、目撃者としての事情聴収は明日以降に願いたい」
「もちろん構いません。明日の朝、公爵家に伺ってよろしいでしょうか?」
「ああ、犯罪の性質上、我が家に派遣する調査員の人選は慎重にして欲しい。それに被害者三人のうち二人は貴族令嬢なのだから……私の言っている意味は分かるな? まあうち一人は令嬢と呼ぶには少々微妙な年頃にさしかかっているが」
フランソワは何気にガブリエルさまに対して失礼なことを言っています。
「はっ、それは十分承知しております。明朝テネーブル公爵家には年配の女性団員がお伺いするように手配致します」
「話が早くて助かるね。じゃあ、後はよろしく頼む」
まだ流れる涙を拭いていた私はフランソワに手を引かれて彼が乗ってきた公爵家の馬車に乗せられました。私とガブリエルさまが乗っていた使用人の馬車は犯行に使われたので、警護団が証拠の品としてしばらく預かるとのことです。
ガブリエルさまはザカリーさんを連れて瞬間移動で帰宅したそうでした。馬車の中で私は何とフランソワの膝の上に座らされていました。そして彼の腕が私の腰に回っています。やっと落ち着いてきた私は今のこの体勢が段々と恥ずかしくなってしまいました。
「あの、テネーブルさま、私もう大丈夫です。その、下ろしてくださいませ」
「イヤだ」
嫌だと言われても、身体がピッタリと密着しているのです。先程までは夢中でフランソワにしがみついていた私でしたが、あまりにも大胆で無礼過ぎたのではないでしょうか。
「クロエ、この状態の君をお家に送って行くとご家族を大層心配させるだろうから、今夜のところはうちの離れに泊まっていきなさい」
「え、それでも……」
そんなご迷惑では、と言いそうになった私の唇にフランソワはそっと人差し指を当てました。
「今晩だけは君が何と言おうが僕に従ってもらうよ。君と姉が帰宅していないと聞いて生きた心地がしなかったのだから。君のお母様には今夜は姉がどうしても、と引き留めたからうちに泊まることになったと遣いをやるからね。まだ事件のことはご存知ないよ」
私は更にきつく彼に抱き締められました。彼の温もりに包まれて何とも言えない安心感があり、それに疲れのためもあって、もう反論する気力もありません。
「テネーブルさまのお気遣いに感謝いたします」
テネーブル公爵家に着くと離れに通されました。二階建ての離れは庭の隅に建っています。古い小さな借家に住んでいる私からすると、この離れだけでも立派なお屋敷です。年配の侍女、グレタさんが出迎えて下さいました。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま、クロエさま。二階でございます、ご案内いたします」
「こっちだよ、クロエ」
フランソワは私の手を引いて二階に上がっていきます。寝室は灯りがともされ、お風呂も既に沸いていました。至れり尽くせりです。
「お風呂に入ってゆっくりと温まったらいいよ」
「ええ、そうさせていただきます」
「お嬢さまがこれからご入浴なさるのでしたら、お坊ちゃまはお引き取り下さいませ」
グレタさんは公爵家に長いこと勤めているベテラン侍女なのです。時々お屋敷を訪れていた私は彼女と顔見知りでした。主人のフランソワに対してもはっきりとものを申すグレタさんは流石です。
「分かったよ……ゆっくりお休み、クロエ」
「何から何までありがとうございました、テネーブルさま」
「うん。明日は一緒に朝食をとろうね」
グレタさんの目の前だというのに、フランソワは私の額に軽く口付けて母屋に戻っていきました。 私は恥ずかしくてグレタさんの顔が直視できません。ちらっと見ると彼女は微笑んでいました。
公爵家の離れは浴室もとても立派なものでした。庶民の私からすると何だか広すぎて落ち着きません。温かいお湯に浸かって少し生き返った心地でした。私がお風呂から上がると、グレタさんが軽食を持ってきて下さいました。
「グレタさん、何から何までありがとうございます。私が急に泊まらせていただくことになって準備も大変でしたでしょう?」
「いえ、とんでもございません。お気遣いはご無用です。先に帰宅されたガブリエルお嬢さまに言いつけられたので、時間は十分ございました」
「まあ、そうだったのですか……」
「ご寝衣の大きさはそれで宜しいみたいですね」
土埃や泥でひどく汚れてしまった私の質素なドレスを再び着るわけにはいかないので、入浴後はグレタさんが用意してくれていたローブに着替えたのです。
「はい、とても肌触りが良くて気持ちいいです」
私が髪を乾かしながら梳かしていると、一旦退室していたグレタさんが戻ってきました。
「ガブリエルお嬢さまがお見えなのですが、こちらにお通ししてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんですわ。それでもグレタさん、私こんな寝間着姿でガブリエルさまにお会いしても失礼に当たりませんか?」
他に着られるものもないのでしょうがないのです。
「ご心配は無用でございます。お嬢さまの方がお疲れのクロエさまのお邪魔をするのでは、と気にされているくらいですから」
私のせいであんな事件に巻き込まれてしまい、怖い思いをさせてしまったガブリエルさまにはしっかり謝る必要がありました。もう夜も遅いというのに、彼女の方から来て下さったのです。
***ひとこと***
クロエもガブリエルもそれぞれの王子様が助けに駆けつけて来てくれました。クロエが無事でほっと一息ついたところで、恋の行方が大いに気になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます