桃太郎の地の文です。なんか新しい太郎ができるらしいです。その名は虚無太郎

シャル青井

令和の新しい太郎(仮)計画

「ねえ地の文さん、地の文さん、ちょっと聞いてくださいよ」


 いや、初手から地の文に話しかける桃太郎っておかしいだろ。

 まだどんぶらこもないし、おじいさんもおばあさんも出かけてないぞ。


「いいんですよ、桃太郎なんて放っておいて」


 いや、よくないだろ。少なくとも俺はよくない。


「実はですね、僕、新しい太郎を考えたいと思っているんですよ」


 まったく話を聞いてないなスルー能力高すぎだろ、こいつ。

 で、なんだよ、新しい太郎って。


「いい加減、桃とか金とか浦島とかも古臭いし、子供も飽きると思うんですよ。そこで、この新時代にふさわしい、まったく新しい〇〇太郎を創りたいなと」


 新しい太郎ねえ……。それよりまずは桃太郎本編を進めてほしいんだが。


「いいから人の話を聞いてください!」


 それこっちのセリフだし、なんなら先に言ったからな。

 まあいいや、で、その新しい太郎とやらは、いったいどんな話なんだ?


「まずは川からカボチャが流れてくるんですよ……」


 いやいやまてまて、完全にどこかで聞いたシチュエーションなんだが?

 そのカボチャ、絶対どんぶらこと音立てて流れてくるだろ。

 悪いことは言わないからやめとけ。

 それ、どこまで頑張っても新しい桃太郎完全に千番煎じにすらならないから。


「うるさい地の文ですね。インターネットによくいる盗作警察かなんかですか? まあいいでしょう、いわれてみれば確かに似たような話はありそうです」


 まず原点桃太郎から考えような。


「じゃあ、海岸に大きなカボチャが流れ着いたことにしますか」


 別の太郎もなんか海岸から始まった気もするが……まあ、さっきに比べれば些細な問題か。

 しかし、漂流物というのは確かに悪くないかもしれん。不気味だし。


「そうでしょうそうでしょう。で、その大きなカボチャを見つけたおばあさんが、家に持って帰ろうとするわけです」


 うーん、それ、また桃の字に戻ってないか? 大丈夫か?


「そうですね、じゃあこうしましょう。おばあさんが魔法を唱えると、カボチャは馬車に、ネズミは馬になりました」


 いやいやいやいや、それ太郎じゃないけどメチャクチャ有名な話だからな?

 なんならあのネズミーのテーマ夢の国パークで有名なあそことかで映画化されてるからな?

 その名前のでっかい城があるからな?


「また文句ですか。まったく、なにも作れない人に限って余計な口ばっかり出してくんですよね……」


 まずお前は自分のことを冷静に見られるようになろうな。


「まあいいでしょう。で、カボチャに手足が生えて、歩行するんですよ。そしてまあなんやかんやでおばあさんの家にカボチャがたどり着くわけです」


 なんやかんやってなんだよ。

 まあ、このへんは正直、桃太郎本編もなんだよとしかいいようがない雑に流してしまっていいところではあるが。


「そしてカボチャの中から、元気な赤ん坊が!」


 それ、赤ん坊じゃなくてアカンやつだから!

 いいから桃太郎のお話を最初から言ってみろ。


「まあまあ、実はこの赤ん坊、現代から転生してきた人物なんですよ」


 いや、もうそれもあるからな。どっかで見たからな。なんなら語ったからな。


「じゃあこうしましょう。カボチャから出てきたのは、赤ん坊ではなく伝説の武具一式だった」


 伝説の武具ねえ。で、それでなにをするんだ?


「そしておじいさんはその武具を身に着け、鬼ヶ島に鬼を退治しに行くわけです」


 いい加減、桃太郎のストーリーから離れような。

 もっとなんかこう、オリジナリティを出せないのか?


「なんですかそれ。編集者にでもなったつもりですか? ふん、オリジナリティですか。いいでしょう。ならその武具を身につけられる勇者を探す流れにしましょう」


 行き先が鬼ヶ島なら一緒なんだが……。


「注文の多い地の文ですね。はいはい、じゃあそこも変更しますよ。その武器をもらった勇者の武器太郎(仮)は、世界の果てにあるというエメラルドの都を目指すことにしましょう」


 いや、それもさあ……、オズのさあ……。まあいいや、続けてくれ。


「そして道中で三匹のお供を仲間にするわけです」


 また完全に桃太郎だろそれ。


「いやいや、そうは言っても、この手のパーティを組む流れはRPGとかでも基本ですからね。ドラゴンクエストって知ってます? そう、パーティを組んで冒険するのはなにも桃太郎に限ったものではないんですよ。そんなわけで武器太郎(仮)は、仲間たちと出会います。最初の仲間は知恵を求めるカカシです」


 はい出た。知ってた。

 次の仲間は心を求めるブリキの木こりで、最後が臆病なライオンだろ。


「うわ、気持ち悪い。地の文だからって心を読まないでくださいよ」


 読んだのは心じゃなくてオズの魔法使いだからな。

 仲間プランもアウト、エメラルドの都もアウト。

 なんかこう、斬新な世界を見せてくれよ。せっかくなんだし。


「斬新ですか、外から口を出すだけの人は気楽でいいですね。いいですか? 物語の類型なんてものはもう既にシェイクスピアの時代にはカテゴライズされ尽くしていたとさえいわれているんですよ。ましてや今の時代、常に新しい物語が作られ続けているんです。どんな話にも似たようなが存在するのは当然でしょう。それを簡単に斬新なものを見せろとか、ハァ……これだから素人は」


 いやいや、お前さんのはカテゴライズとかそれ以前だパクリというのが近いから。

 とにかく、いったん桃太郎から離れよう。

 いやまあもうだいぶ離れてるかもしれんが、他の諸々のお話からも離れろ。


「なんですか、僕に物語を作るなっていうんですか!」


 大火傷する前にやめとけとは思うよ、正直なところ。

 絶対取り返しのつかないことになるぞ、お前さん。


「わかりました、もういいです! 僕の物語こそが最高だと、僕自身が証明してみせますよ!」


 そう言って、桃はどんぶらこ、どんぶらこと流れていきます。

 あーあ、キレちゃったか……。

 まあ、どうせこの話は桃太郎なんだ、好きにやればいいさ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 はい、お疲れさん。

 桃太郎はおじいさんおばあさんに育てられることもなく、イヌサルキジを仲間にすることもなく、ただ一人、鬼ヶ島でもない場所で、鬼ではないなにかを退治していました。


「……僕、いったいなにをしたんでしょうか……?」


 さあ? 桃太郎ではないなにかだと思うが、もしかしたら、桃太郎かもしれない。


「……結局、桃太郎ですか」


 桃から生まれてるからなあ。でも、もしかしたら違うかもしれない。

 どうだ、お前さん自身の感覚としては、新しい太郎になれたと思うか?


「どうでしょうね……。そもそも、桃太郎ってなんなんでしょうか……」


 さあな。俺も不本意ながら何度も桃太郎の地の文をやっているが、正直、もう桃太郎がわからなくなってるよ。

 俺が語っているから桃太郎なのか、桃から生まれるから桃太郎なのか、主人公が桃太郎と定義されているから桃太郎なのか……。

 つまり桃太郎っていうのは、もうそれくらい『概念』となってるんだろうな。


「概念、ですか……」


 それ以外にどういえばいいのかは説明しづらいな。

 まあつまるところ、お前さんの新しい太郎も結局はその『概念』に飲まれていたわけだ。

 だからどこまで行っても桃太郎にしかならない。

 仕方がない。概念を超えて新しいものを作るってのは難しいもんだよ。

 お前さん自身が言っていたように、物語の類型なんてものはもうカテゴライズされ尽くしているらしいからな。

 だからお前さんにになってもらおうと思ったわけだ。


「そうですか……。でも駄目ですね、結局僕は桃太郎にしかなれなかった。わかりますよ。桃太郎から離れようとするほど、結局桃太郎になってしまう……駄目なんでしょ……駄目だ……」


 まあ、今回はそこに気がついただけでも良しとしておけ。

 大したもんだよ、鬼ではないなにかを退治するだけでも。

 よし、俺がお前さんを新しい太郎にしてやろう。


「出来るんですか!? そんなことが」


 俺はこう見えて地の文だからな。なんでもありなんだよ。

 今日からお前はだ。

 虚無から生まれ、虚無を退治したから虚無太郎。

 わかりやすいだろ。


「虚無太郎って……。で、それって桃太郎とどう違うんですか?」


 桃太郎は桃だが、虚無は何物でもない。

 つまり、無から生まれたものは全て虚無太郎といえるわけだ。


「なんですか、その理屈」


 概念を作るっていうのはそういうことなんだよ、たぶん。

 もし、虚無から何かが生まれたとき、虚無太郎はそこに現れる。

 この桃太郎を読んだ人間が、もし他でなにかが生まれるのを見たとき、読んだとき、知ったとき、少しでも虚無太郎のことを思い出してくれれば、お前さんの勝ちだそこにお前さんはいる

 それが、概念となるってことだ。


「わかるようなわからないような……。そもそも、誰に言ってるんですか、それ」


 もちろん、今これを読んでいる読者そこのお前さんだよ。

 なにしろ俺はだからな。


「ああ、そうでしたね。それじゃあ、僕はこれからどこに行けばいいですか?」


 どこでもいいさ。どこかに現れるもんだよ、虚無っていうのは。

 そして俺の仕事もこれで終わりだ。

 桃太郎は虚無太郎になったいなくなったからな。


「そうですか、じゃあ、またどこかで会えるといいですね」


 会えるんじゃないか、お前さんは虚無で、俺は地の文だ。

 たぶん、どちらも次の瞬間には消えてなくなるが、どこにだっているからな。



 こうして、桃太郎だった彼は、新しいなにかとなり、虚無という存在を得て、世界に溶けていきました。

 それによってこの物語も、幕を閉じるのです。

 しかし、桃太郎という概念がある限り、地の文は語り続けます。

 もし、またどこかで桃太郎やそうでないものに出会ったとき、あなたは虚無太郎やこの変な地の文のことをほんの少し、記憶にも残らない程度かも知れませんが、きっと思い出すことでしょう。


 めでたし、めでたし。


《完》

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桃太郎の地の文です。なんか新しい太郎ができるらしいです。その名は虚無太郎 シャル青井 @aotetsu

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