第3話 追い事実

「被害者の新見にいみ津和つわさんという女性ですが、ご存じですか」

 警察官は同じ調子で会話を続ける。

「いえ、知らない名前です」

 警察官が二人で何かを話している。


「新見さんは目黒さんをご存じのようです。あの夜助けを求めたのが目黒さんだったと証言しています」


「え? 本当ですか? あの、自分本当に知らないんですけど……」

 汗をかいてきた。本当に知らない。新見津和という女は。


 警察官が今から重要な事を言いますよ、という雰囲気を出した。

「新見さんは、あの時間に目黒さんが踏切を通る事を知っていたようです。一週間置きにあの時間帯に踏切で目黒さんを待っていたようです」


 何だって? ストーカーじゃないか。

「新見さんから手紙を預かっています。今読んで頂けますか」


    〇


 目黒様

 いきなりのお手紙ごめんなさい。目黒さんは私の事を覚えていますか?


 私は新見津和と申します。目黒さんの先輩、豊川とよかわさんの結婚式でお会いしました。

 私と目黒さんは二次会でお話しました。目黒さんは私に「ハイヒールっていいよね」とおっしゃいました。その日私は、ハイヒールを履いていました。

 ハイヒールなんて結婚式の時しか履きません。歩きづらいし靴擦くつずれは起こるし良い事なんて一つもありません。けれども目黒さんに「いいよね」と言われてからは日常的に履くようにしました。

 それにハイヒールを履いていると目黒さんにまた会える気がしたんです。

 けれども目黒さんに会える日は来ません。私は豊川さんに会いに行き、目黒さんの会社や家を知りました。

 同級生に目黒さんと同じ会社に勤めている子がいます。その子に色々聞いて、目黒さんの勤務時間を知りました。遅番と早番が一週間ずつ交替こうたいする勤務時間なんですね。


 目黒さんは夜中でも踏切でちゃんと一時停止をしますよね。

 そんなちゃんとした人となら私、幸せになれると思いました。

 私は目黒さんが夜中に踏切を通る週、毎日踏切に行きました。

 今日もちゃんと止まった。顔を見れた。それだけで幸せでした。

 けれども踏切にいたのは私だけではなかったのです。あの男、私を襲った男も私をストーカーするために踏切にいたのです。気持ち悪いですよね。

 

 あの日、あの男に襲われた時、車のライトが見えて助かったと思いました。しかも目黒さんだったのです。やっぱり私のヒーローだと思いました。

 けれども目黒さんは私を見捨てて行ってしまいました。一度助かると思ってそれが裏切られた。まるで蜘蛛くもの糸です。絶望です。

 そうだ、私があの男に襲われているのを、目黒さんは勘違いしたのだと思いました。

 私が他の男と関係を持っていると勘違いしたのだと思いました。

 それはいけない、誤解をかなくてはいけない。私は必死になりました。早くこの男から逃げ出して目黒さんに事情を説明しなければいけない。そう思ったら勇気がきました。

 まずはこの男を倒す、目標が出来たのです。この男は私と目黒さんの『愛の障害』です。障害を乗り越えた二人はさらに強く結びつきます。私と目黒さんの未来を思い描いて、気づいたらパトカーが来ていました。


「何度刺しました?」


 警察にそう聞かれたのですが、なんの事か解りません。私は必死だったのです。

 ただただ目黒さんに会いたい。誤解を解きに行かねば。その想いだけでしたから。

 本当に、あの時の事は覚えていないのです。目黒さんが私を見捨てた以外は。

 目黒さん、どうして私を見捨てたんですか? こんなに愛しているのに。

 ハイヒールがいいねって言ったから毎日ハイヒールを履いて踏切に行っていたのに。

 あの男に付けられた顔の傷はまだ消えません。もしかしてこのまま残るかもしれないと言われました。

 目黒さん、どう責任をとってくれるんですか?


    〇


「これは……」

 読んでいて震えてきた。


「新見津和は、目黒さんをストーカーしていたようです。今は病院に入院しています」

 警察官が無機質むきしつに言った。


 恐ろしい。豊川さんの結婚式で会った? ハイヒールを履いていた女性はたくさんいた。いいねなんて言っただろうか。二次会は酔っ払って記憶がほとんど無い。それに豊川さんの結婚式はだ。


 プルルルル。警察官の携帯が鳴った。



「新見津和が病院を脱走したそうです。恐らく目黒さんの家に行くだろうと主治医が」




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踏切の女 青山えむ @seenaemu

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