エピローグ
第30話 いざジュニアAI選手権へ!
「わかったわ! 犯人はこいつよ!」
クーラーを限界まで効かせた八月末の理科準備室。わたしは液晶ディスプレイに指を突き立てた。並んだ英語のエラー情報から現状のトラブルから考えて最も怪しい原因を推理する。すかさず神崎くんがキーボードを叩いて対象のファイルをエディタで開いた。画面に視線を走らせて確認。神崎くんの口角が上がる。
「――ビンゴッ! こいつだ。こいつを直せばいける。サンキュー、名探偵ヒメミヤアスカ!」
「どんなもんですか! 英文解読と犯人推理はまかせてちょうだい!」
わたしはエッヘンと胸を張る。とはいえそんなに悠長なことを言ってはいられない。
明日から始まるジュニアAI選手権全国大会。タイムリミットは目前だ。
「神崎氏〜、あすかりん〜。もう出ないと間に合わないお〜!」
アズールドラゴン2号の本体とリモートブレインとして動くワークステーションの梱包を終えた倉持くんが心配そうな声を上げる。理科準備室の入り口に立つ荻野原先生が自動車のキーを人差し指でくるくる回している。
明日の朝から始まる全国大会の会場は福井県。資材搬入のためにわたしたちは荻野原先生の車で前日入りする予定だった。出発の前に、朝から本番用のAIソフトウェアで最終チェック。廊下に展開した本番に近いコース環境でアズールドラゴン2号を走らせた。念には念を入れる。本番前一週間の徹底したリハーサルと問題の抽出、そしてもしものときの対策と準備はオープンカップ京都大会で学んだ教訓だ。わたしの立案したスケジュールに従って全国大会に向けた準備は進んでいた。――それでも出てくるのがトラブルなのだ。そして、それを乗り越えるのがチームの底力なのだ。
「どうする神崎くん? 移動しながら? それともホテルで対応する?」
「いや自動車じゃ移動しながらは無理だろ? ネット環境が必要だからな。ホテルも心配だ。部室に比べると間違いなく開発環境が悪いからな。正直なところこれを倒してから福井へは行きたいところだ」
「でも――今行かないと資材搬入に間に合わないお! そうだよね先生?」
「ああ、そうだな」
荻野原先生はうなずく。もちろんこのトラブルを放っておいてもある程度戦えるだろう。幾重にも準備されたバックアッププラン――もしもの時の対応方法は存在している。わたしたちアズールドラゴンはもう三ヶ月前みたいに脆くはないのだ。
でも、ここは踏ん張りどころ。神崎くんの全国一になりたいという思いは、わたしの願いでもある。そして倉持くんの。――だからここで妥協はできないのだ。わたしの直感が叫んでいる。ここが怪しいと。この犯人は捕まえておかないと、第二、第三の事件が起きると。だから犯人は捕まえてみせる。名探偵ヒメミヤアスカの名にかけて!
「――じゃあ先生と倉持くんには先に行って資材搬入はやってもらって、わたしと神崎くんは明日の朝、開会に間に合うように行くというのはどうかしら?」
「別行動を取るということか? アスカリーナ」
液晶ディスプレイの前に座る神崎くんが振り向いてわたしを見上げる。うなずく。
「そう。このエラーは明日までに潰しておきたい。かといって資材搬入に遅れるリスクはとりたくない。だったらとれる方策はたった一つでしょ? チームなんだから、体は一つじゃないんだから」
「でも、荻野原先生の車で送ってもらえなければ、どうやって会場まで行くんだお! 会場は福井なんだお! スタートは明日朝一番なんだお!」
倉持くんが心配そうに声を上げる。そうだ。荻野原先生の車で行くこと前提だった。だけど常にもしもに備えるのがプロジェクトマネジメントなのだ。
「――電車はどうかな? 明日、朝、わたしと神崎くんだけ電車で福井に向かうの……間に合わないかな?」
「……そ、それは」
突然の別行動案に倉持くんが戸惑いの表情を浮かべる。
その時、理科準備室の奥から凛とした声が轟いた。
「話はすべて聞かせていただきましたわっ!」
「――とっ、藤堂さん!?」
声がした方へと振り向くとそこには黒髪長髪の美少女がスクッと立っていた。右手にはしっかりと分厚い時刻表の冊子が握られている。鉄道研究会の備品である。今の御時世、時刻表なんてインターネットで調べた方が良いのに、鉄道研究会には独特のロマンがあるのだと、部員の誰かが言っていた。
「姫宮さん――さすがね。さすがわたくしが見込んだ人だけのことはありますわ。たしかに間に合いますわ。そう……京都駅6時59分発サンダーバード1号ならば! JR福井駅には朝の8時半着よ!」
「そ……そう。ありがとう、藤堂さん」
あまりの鉄道オタクっぷりに圧倒されたけれど、計画の可能性が保証された。でも藤堂さん、いつから部屋の中にいたんだろう?
「恩に着るぜ、藤堂」
「か……神崎くんのためなら、な……何だっていたしますわ!」
「持つべきものは隣の部活の部長だなっ!」
「……あ……アッ、ハイ……」
圧倒的鈍感さで神崎くんが跳ね返すと、藤堂さんが少し残念な感じで
いずれにせよ方針は決まった。わたしは倉持くんと先生に一つ頷く。先に行ってくださいと。
「わかった。神崎、姫宮、絶対に遅れずに来るんだぞ」
「あすかりん、神崎氏、じゃあ先に行ってセットアップしているからね! 信じているから遅れずに来るんだお〜!」
「ああ、もちろんさ、クラヌンティウス!」
「絶対、完璧にして行くから、待っていてね! 倉持くん!」
そして二人は機材をいれたトランクを転がして、真夏の空の下へと歩き出した。わたしは神崎くんと顔を見合わせる。至近距離。
わたしが一番頼りにする天才イケメンの存在がここにある。
「やるか、アスカリーナ」
「うん、やろう神崎くん。最高のアズールドラゴン2号で全国に挑戦するために!」
六月のオープンカップ京都大会敗戦からわたしたちはチームになった。わたし自身は荻野原先生にプロジェクトマネジメントについて教えてもらいながら、パイソンのプログラミングやAI技術の基礎について一生懸命勉強した。チームを引っ張れるように、そして神崎くんのプログラミングのデバッグを手伝えるようになるために。
満を持して参戦したジュニアAI選手権京滋奈大会――京都府と滋賀県と奈良県からなる地方予選ブロックをわたしたちは一位で通過することができた。二位は洛央中学。二位までが全国大会に進出できる。ジョシュアくん率いる京都未来国際中学は下の方の順位だった。それでもオリジナルの機体を作って、その上で、オープンカップ京都大会では全く扱えていなかった画像認識や位置推定といったAIプログラムも導入してきた。短期間でそこまでチームを引っ張るジョシュアくんのプロジェクトマネジメントはさすがだなって思った。
朝の六時五〇分。わたしと神崎くんは自分たちの鞄だけを持ってJR京都駅のホームに立っている。
「おはよう。アスカリーナ」
「おはよう。神崎くん」
昨日は結局トラブルの修正が終わったのは夜の十時頃だった。途中、用務員さんに怒られて追い出されそうになったけれど、荻野原先生の手配もあり、元ミステリー研究会顧問の三谷先生が待機してくれることになって終わるまでの教室使用を許してもらった。LINEで状況を知ったリコが、差し入れのスナック菓子とコーラを持ってきてくれた。夜の理科準備室。リコはわたしの耳元で囁いた「青春だね」って。だからわたしは「かもね!」って返した。
スマートフォンが着信で揺れる。LINEのメッセージみたいだ。わたしはプラットフォームで鞄から携帯を取り出して画面をスワイプする。
『今日は頑張ってね。福井の会場にはいけないけれど京都から応援している。僕たち京都未来国際中学の分まで活躍してきて。――アズールドラゴンをよろしく!』
それはジョシュアくんからのメッセージだった。
「なに? 連絡?」
「ん? ジョシュアくん。応援しているって。わざわざメッセージくれたの」
そう言ってわたしはスマートフォンの画面を神崎くんに向けてかざした。画面に目を走らせると神崎くんは何だか少し照れたように視線を逸した。そしてプラットフォームから線路に向いて真っ直ぐに立つ。
「――姫宮さ。ジョシュアと仲良いよな?」
珍しい名字呼びに、どうしたのだろうと首をかしげる。
「そう? 普通だよ? ま〜、ライバルとはいえある意味で先輩ですしね。いろいろ教えてもらえて助かっています」
「そっか。おまえさ。ジョシュアのこと好きだったりするのか??」
「友達として? 好きだよ? ジョシュアくんいい人だし。モテモテだったのもわかるよ。きっと向こうの学校でも人気なんだろうね」
「そうじゃなくて。その――男として。付き合いたいと思ったりしているのかってことだよ」
一瞬、神崎くんが何を聞いているのか分からなかった。でも、その意味に気付いた瞬間、私の頬は熱く火照った。
「何言っているの、神崎くん〜! 無い無い! ジョシュアくんは友達」
「そっか。――ならいいんだ」
そう言って前を向いた神崎くんの横顔は、なんだかホッとしたような表情で、なんだか可愛くて、――わたしの胸がドクンと一つ音を立てた。
プラットフォームにアナウンスが鳴り響く。白い列車が西の方角に見えてくる。六時五九分発金沢行きのサンダーバード1号だ。やがて特急電車が音を立ててホームへと到着し扉が開いた。
隣で神崎くんが一つ息を吸った。横顔は真剣で、わたしはそんな彼の隣で「よし」と気合いを入れ直す。
「行くか! アスカリーナ!」
「うん。行こう、神崎くん! 決戦の地――福井へ!」
そしてまた、わたしたちは一歩を踏み出す。
いざ――ジュニアAI選手権全国大会へ!
【ジュニアAI選手権へようこそ! 完】
ジュニアAI選手権へようこそ! 成井露丸 @tsuyumaru_n
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