狼男の恋物語

もなこ

狼男の恋物語

この森には、狼人間が住んでいる。


この狼人間たちには、古くから語り継がれてきたある話がある。




むかしむかし。


ある山に、狼人間が独りで住んでいた。


狼……と言っても、満月の夜に暴れることもなく、凶暴な爪も持っていなかった。


ただひとつ、人間と違うのは狼の耳を持っていることだけだった。


狼人間は、ずっと独りでいたわけではない。


子供のころは村に住んでいて、村の子供たちと仲良く遊んでいた。


ところがある日、ある子供が言った。


「きみはどうしてそんな耳をしているの?」


狼人間は、そこではじめて時分は周りと違うことに気づいた。


初めて会う人が、自分を見て驚く理由にも気づいた。


それからというもの、彼は帽子をかぶって耳を隠すようになった。


帽子の下を見て、驚かれることのないように。




やがて時間は過ぎ、そんな彼にも恋人ができた。


幸せを常に感じ、この幸せを守り抜くと誓った。


どんな時も帽子を被り続ける彼を不思議に思った彼の恋人は、ある時彼の帽子を脱がせてしまった。


そして──、彼女は悲鳴を上げた。


その頃には彼の耳の存在など誰も忘れ去っており、村中の騒ぎになった。


「そんな人間、見たことがない」


「お前は、何者なんだ」


「恐ろしい。これは呪いだ」


「この村に災いが降りかかる前に出ていけ!」


彼はこの村に住む村人たちが好きだった。


好きだった──のに。


彼は村から追い出された。


まるで歪なものは排除すると言わんばかりに、遠い森へと追いやられた。




彼が森で独りで暮らすようになって数年がたった。


普段この森に訪れる者など誰もいない。


ある時、一人の人間が彼の家に迷い込んだ。


今日の夕食のために採ってきた野菜や狩った獲物を持って帰ってきた彼は、人間が自分の家の椅子に座っているのを見て言った。


「お前、誰だ」


振り返った人間を見ると、同じ歳くらいの女だった。


「勝手に入ってしまってすみません。道に迷ったんです」


彼女は美しい容姿に似合った凛とした声で言った。


森で暮らしている間、人間とはずっと会っていなかった。


久しぶりに会う人間に、彼は戸惑いを隠せなかった。


家出して来たという彼女は、何の縁か彼のいた村から来たらしい。


行くところがない彼女はここに泊めてほしいと彼に頼み込み、しばらく森で暮らすことになった。


「名前、なんていうの?」


「エリヤ」


「私はエラ。宜しく」


「宜しく……」




何日たっても、エラは何も訊いてはこなかった。


初めて見れば不自然であろう狼の耳にも、どうしてここで暮らしているのかも。


エリヤにとってそれはとても助かった。


心の傷をこれ以上見たくなかった。




一緒にいるうちに、エラになら自分のことを話してもいいような気がしてきた。


そして、経験したことを全て話した。


彼女は途中、決して口を挟まず、頷きながら聞いてくれた。


そして話し終わると、エリヤを抱きしめた。


「つらかったね。淋しかったね。もう独りじゃない、私がいる」


彼女は続けた。


「普通じゃないって何なんだろう。この世界に同じ人間なんて誰もいないのに、ひとと同じで在ろうとする。同じじゃなければ追い出すなんておかしいよね」


それはずっと、彼が欲しかった言葉だった。


荒れ果てた彼の心に、1輪の桃色の花が咲いた。


淡い色でとても儚いそれは、エリヤの恋だった。




二人は恋人同士になり、やがて子供が生まれた。




二人が歳をとって命の灯が消えても、その森には狼人間の子孫が住み続けた。




何百年も昔に作られたという2人の墓は、今も森の中にひっそりと佇んでいる。


今もほら、耳をすませば目の前の森から狼人間の声が聞こえる。


「同じ人も普通の人間もいないのに、勝手につくった普通の基準から離れている人を歪だと排除するなんて、人間って不思議な生き物だな」




狼人間たちはこれからも、語り継がれた話を受け継いでいくだろう。

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