形見のなまくら
アリエッティ
親父の遺言
偉大なる剣豪と謳われた俺の親父が死んだ。葬式は大団円で行われ、多くの人が泣いていた。
一人息子であった俺には、数々の名豪を斬り崩したと云われる親父の魂と呼べる剣「黒渦丸」が残された。
「これが伝説の刀..」
親父は死ぬ直前、俺に言った。
「この刀を携え語り告げ、俺の刀はお前の名を轟かせる力がある」と。
その時俺は俺は誓った。
父が残したこの刀、最後に託したその思い、それら総ての渡されたものを...
ばらばらにへし折ってやろうと。
「誰がてめぇの言う事聞くか!
昔っからてめぇが大っ嫌いだったんだ
家に金も入れねぇ酒浸り女垂らし!
漸くくたばったなおいクソ親父!」
何が武士の魂だ、戦で負けた訳でもない、死んだ原因性病のくせに。
「この刀ぜってぇ錆びたなまくらにしてやっからなコラァッ!」
その日から腐りさむらい庄助は形見の名刀黒渦丸を雑に扱った。
洗ったばかりのびしょびしょの野菜を斬ったり、意味もなく大きめの岩石に刀身を打ち付けたり、何の名声も持たない屑盗っ人を成敗してみたりした。
「おいどうだ刃先!?
斬った事の無いどうしようもないものが多く触れてビビってるだろ!
お前はそうやって縮こまっていくんだよ、そこら辺の刀と同じ、いやそれ以下の駄目鉄になるんだよっ!!」
刀は鞘に収めず常に土に刃を引き摺らせて不純物を付着させる。偶にごろつきに囲まれるがそれも好都合。
何の力も無い人間を斬れば次々と名が廃れていく、有難い事だ。
「今夜も濡れた野菜を斬らせてやるぞ
せいぜい錆び疲れてくれよなぁ?」
刀を脅し倒し、土を抉っていると見るからに剣豪と思われる刀を携えた男がこちらを睨みつけ近付いてきた。
「貴様、その刀..伝説の侍佐之助の名刀黒渦丸とお見受けする。」
「ああそうだ、認めたくねぇが俺は間違い無くあいつの息子だ!」
「だとすればお前が刀を受け継ぎし者か、なら話は早い。」
刀を構え、鋒を向ける。
「その刀、拙者が貰い受けるっ!」
「..お前じゃこの刀を錆びつかせる事は出来ねぇよ。」
大事に扱うなどたわけた事をすれば、刀の名前が尊く残ってしまう。そんな事誰も望んではいない。
「やれやれ、手練れは余り斬りたくないんだけどな..。」
生前は随分と命を狙われたらしい。
「俺が首を獲ってやる」も意気込んだ拳は打ちひしがれた事だろう。
何せ死因は性病、侍魂もへったくれも無い愚かで無様な死に様なのだ。
「お前も不憫だな、だけど気持ちはよく分かる。..だからこそ譲れねぇ!」
「この刀は必ず、俺がへし折るっ!」
「させるか!
そんな勿体無いこと!」
しかし名刀、一筋縄ではいかない刃の滑らかさ。砂利を付けようと泥に汚そうと斬れ味は中々落ちない。名手の刀に打ち合わせても、質がまるで下がらない。最早妖刀だ。
「流石は黒渦丸、早々に斬らせてはくれないか。一層頂きたくなったわ!」
「..少しは傷を付けてくれ。
流石はとかいいから、ホント硬いからこれ、岩八十枚斬ってもまるで刃こぼれしないの。」
「確実に貰うぞ、童!」
「ならいっそ折ってくれよっ!」
使い手に呼応してしまうのか、こういった言葉を云うと研ぎ澄まされる。
「ぐあ..」「口だけかよ。」
峰打ちだろうと武士は膝をつく、手加減だろうと名は上がる。有名になりたい大きくなりたいと宣う連中がいるが何故そうなりたいのか、意図せず名を上げてしまう者はどういった顔をしていればいいのか。
「もういい?
..なんか冷めた、ウチ帰ろ。」
再び砂に刃先を引き摺りながら家を目指す。今日も駄目だった、空を見上げると陽の光がてりつけている。
あの太陽に刀を向けたら、先から溶けて朽ちるだろうか?
刃を酒で焼いたなら、燃え尽き跡形も無く消炭と成り果てるだろうか。
「ただいま..」
そんな事を思い、家に着いた。
「お帰り」「今ご飯作るよ」
家事は基本庄助がやっている。
母は随分と苦労をしたようなので余り面倒をかけたくない。いつもは恨みを込めて刀で野菜を斬るが、今回は通常に包丁を用いる事にした。
「今日は何にしようかね」
母は、書物を書き留め売っている。
若い間随分な冒険に出ていたそうなので話題は尽きないだろう。書いた本は殆ど読んだ事は無い。母の昔の話には恐らくいけすかない野郎の姿も出てくるだろうからだ。
「母さんに聞くか..」
台所から、母のいる居間に顔を出して声をかける。しかし母の返事は無い。
「あれ..母さん?」「うぅ..」「ん?」
僅かに囁く程度のうめき声、苦しそうなその声は少しだけ心が騒ついた。
「母さん!?」「うふふ..。」
居間の奥の酒蔵に続く襖を開けると、軽くうずくまり笑みを浮かべた母がいた。左腕は黒く変色している。
「母さん、それって...」
「遂に完成よ、鉛の黒腕!
これでやっと思う力が発揮できる。」
母は物書きと並行し呪術に凝っており方法を試しては良く実践していた。
今回の呪術は鉛の黒腕、左腕に多量の隅と蛇の尾を擦り付け熱した火鉢を乗せ温める。燃える思いを超えたとき、大いなる力を与える。という事らしい
「これで漸く、晴らせるわね..。」
「あぁ、そうかもね。」
恨みの執着は親譲り、いや...生写し。
「今日、鍋にしようか。」「ええ」
形見のなまくら アリエッティ @56513
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