第33話 おじさん、強くてニューゲーム

「参ったね」

 上野にある冒険者ギルドのなかで、コーヒーカップをふたつ、目の前のテーブルに並べながら、頭を抱えていた。

 ロビーの机に座って、肘をテーブルにのせる。ため息をついてから、悪魔のように熱いコーヒーを、ずずっと吸った。100円のコーヒーは、酸味が強く、後味に苦さがあった。砂糖のスティックを2本入れて、もう一度、口をつける。甘さで誤魔化すコーヒーの味が好きだった。

『悪魔? いま、よびました?』

 頭痛の種が話しかけてくる。頭に直接響くような声は、僕の悩みを解決させるどころか、増長させそうだった。

『まあ、ひどい言われようですね。なにか、お困りですか? 力になれるようなことであれば、力になりますよ。我々は共犯者ですので。うふふ』

 僕のレベル、どこにやった?

『あーっ、バイトに遅れてしまいそうです。急がないと』

 ミラー。君のシフト17時からだろ。あとで店に行くからね。

 わざとらしく誤魔化したミラーから、返事がなくなった。

 先日のレイド以降、僕は悩んでいた。

 レイドが終わり、冒険者が一大ブームとなった世間では、日々新しい冒険者が殺到している。今日も、午後15時をすぎたころから、部活かなと思うほどの若い冒険者たちが。ギルドに出入りしていた。

 高校生が冒険者登録する理由は、ひとつ。

 上野で冒険者登録し、爆速でレベルを上げ、初参加のレイドで一位をさらっていった女子高生冒険者のせいだ。

 上野レイドの様子を、ユノが活躍するシーンを切り抜いたドキュメントができたり、テレビや雑誌関係の取材に追われたりとユノは、忙しそうだった。

 冒険者としての仕事に含まれるのと、すこしでもお金が入って、生活を助けたいっていう一心で、ユノは仕事を引き受けていた。普段のふつうの女子高生の顔と、ダンジョンでの冒険者としての顔の違いは、知らない人が見ると女優の名演技に映るらしい。

 かわいくて、強い女子高生冒険者。

 ふだんテレビを見ない僕でも、テレビを見た。上野駅前のモニターか、ホーネットの店で。

 おかげで、こんなに早い段階で通り名まで付いてしまった。

 雷光の戦乙女(ヴァルキリー)

 雷の系譜の名前がついて、好戦的な性格からか、戦乙女の名がついた。実績からでなく、テレビのせいで付けられた名前っぽい。本人は通り名なんて、顔をぶんぶんと横に振って断りそうだもの。

「先輩、おまたせしました」

 長身の美形男子、ウィザードは、僕の冒険者カードを持って、前の席へと座る。

「どうだった? なにかの間違いってことは、無いかなあ」

 ウィザードの顔が重い。どうにか否定しようと、一生懸命になってくれて、やっぱりダメだったんだろう。僕は、現実を受け入れた。

「すみません。先輩のレベルは、1になっています。ギルドの登録も、レイドが終わって少し後に1になっている形跡がありました。ギルドでも、モンスターを倒すとレベルが上がるというぐらいの認識しかないレベルについて、レベルが下がるという現象は初めてだそうです」

「そっか。仕方ないね。ありがとう」

「先輩、それと。称号も消えてしまってます」

「えっ、ぜんぶ?」

「はい、ぜんぶ」

 目の前の青年が、ゆっくり頷いていた。僕の手元に冒険者カードがくる。ほんとうに、レベルも称号もリセットされてしまっている。

「こっそり、全国のボス撃破称号集めてたのに。つまり、僕はいま、初心者となんら変わりはないってことだよね。称号は、ダンジョン潜っていれば勝手に手に入るからいいか」

 レベル1とクラス:魔法使い。それに、一桁のステータス。幸いなことに、経験値ボーナスのスキルは生きている。なんとでもなるだろう、と楽観していた。レベル99なんて、半年もあれば上がる。どうすればレベルが上がりやすいかと知っている今、レベル上げなんて作業でしかなかった。

「ウィザード、お願いがあるんだ」

「はい、なんでもどうぞ」

 僕は、ギルドのロビーで、はじめて剣をもらって振り回す高校生冒険者たちを指さして言った。

「初心者武器くれない? お金も、武器もないんだ」

 ひげを触りながら、僕は自分より年下の男にたかる。さっきコーヒー買ったら、冒険者カードの残高がなくなった。生きるためなら、友達に頭を下げて金を借りる。

 ウィザードは、目を丸くしてから、やれやれと口の端をあげた。

「先輩、今回だけですよ」

 そう言って、ウィザードがダンジョンでドロップさせた武器をくれた。上野ダンジョンの下層でたまに落ちる、黒い柄の直刀だった。ためらわずに、武器をもらった。

 ウィザードは、すぐに仕事へ戻っていった。

 冒険者カードを見つめながら、テーブルにコツコツとカードを当てて、考えを巡らせているときだった。

 賑やかなギルドが、静まり返る。空気が変わった。

 軽快な足音がする。

 僕はなぜか、笑っていた。自然に笑みが浮かんだ。

 顔を上げると、待っていた相方の姿が見える。

 黒髪を揺らして、制服とスクールバックを担いで、走って来る。

「おじさん、ごめんっ。学校から、そのまま来ちゃった。すぐ着替えてくるね」

「いいよ。今日は、ひとつ話があるんだ」

「お話? うん、なに?」

 ユノは、スクールバッグをとなりの椅子に置いてから、僕の前に座る。

 どこから見ても、ふつうの女子高生の姿だった。久しぶりに見る姿に、どこか新鮮さを感じていた。

 僕は、冒険者カードをユノに見せる。スキル欄も表示してから、渡した。

「なんだろ。これ、だれの? えっ? ええーーーっ?」

「僕のレベル、なくなっちゃった」

「なんでっ?」

 ユノが僕の冒険者カードを持ったまま、テーブルに体重をかけ、前のめりになってくる。ガタンと椅子が倒れる音がした。ユノは気にせず、僕に詰め寄って来る。学校の制服って、胸元そんな緩かったのか。自分の青春時代を思い出すような、水色の肩ひもと白いキャミソールが見えた。

 僕は、ユノに首をふった。

 理由は、わかっている。死んで悪魔にレベルを奪われた。でも、それは言わないことにした。

 ユノに言わなければいけないことを言う。

「僕は、本来サポートなんだけど、強化魔法もぜんぶなくなって、攻撃魔法もなくなった。そこで、質問。パーティー、どうする?」

 もう、僕はユノのとなりに立てない。それだけの力を失ってしまっていた。

 ユノの目に、キッと力が入る。強い目が、さらに鋭くなる。ユノが怒ったときは、わかりやすかった。

「お・じ・さ・んっ」

 周りを構わず、ユノはテーブルを叩く。

「私は、おじさんが強いからパーティーを組んでるんじゃないの」

 いまさら、なにを言ってるの? そんな言い方だった。

「おじさんが、おじさんだから、私はいっしょにいたいんだよー」

 口の端の形が、ふにゃっと崩れる。えへへーと、笑うユノがいた。

「やった。次は、私がおじさんを引っ張る番だね。おじさん、よかったね」

 ユノは、僕の手を引っ張りながらいう。すごい力で立たされ、ユノに連れて行かれる。

「強くて、ニューゲームだ」

 みんなに見られながら、ユノに腕を引かれ、ダンジョンへと向かう。

 悪魔の、綺麗な笑い声がした気がした。

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おじさんが女子高生を支援しちゃう、現代ダンジョン 扇 多門丸 @senzanbansui

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