第32話 おじさんとユノと決着と

 起き上がり、駆け出した。がむしゃらに、年がいもなく、ただ、走る。

 息をするように自然に、魔法を纏う。強化魔法で加速した体は、羽のように軽い。

 遠いところに、やっと捉えた。さっきまで、手を伸ばしても届かなかった場所。

 いまも戦う、女子高生の背中。

 守るべき背中に守られていた。僕のいるべきところは、あの背の近く。背中を合わせて、ふたりで立つ。それが、僕らのありかただった。

 ユノの後ろに、ホーネットが控えてくれている。その近くに倒れているのは、変わった恰好の冒険者だった。負傷している冒険者を運べないぐらい、余裕がない。

 となりを駆け抜ける。ホーネットの肩を叩きながら、走り抜けた。

「おせえよ、バカッ」

 背中に受けたホーネットの言葉で、さらに加速する。

 一直線に、ユノへと近づいた。

 その先にいる悪魔の手先を無視して、ユノに声をかける。最後はゆっくり歩く。やっと、ユノのとなりに立った。

 ここが、僕の居場所。ここだけは、誰にも譲れない場所なんだ。

「ごめんね、待たせた」

「おじさんっ」

 ユノが、うれしそうな声を出す。

「よかった。来てくれると思ってた」

 ユノは剣を構えて、目も寄こさず、そう口にする。

 そのとき、グレーターデーモンが動いた。魔方陣を構え、僕らに放ってくる。

 ユノは微動だにしない。それどころか、すっかり肩の力が抜けている。

 僕は、親指と人差し指を立てた。90度、回して見せる。

「方向転換(シフト・チェンジ)」

 モンスターは、なにもない場所に魔法を放った。特大の火の塊が放たれ、地面を焼き尽くす。

 光が走った。

 グレーターデーモンが、大きな隙をつくった。打ち合わせもなく、ユノが追撃をしかける。

 バチバチと、短い間に何度もオレンジ色の光と青い光が衝突する。

 地面と靴のすれる音が響いて、ユノがとなりに戻って来る。軽い足取りで、剣を肩に担ぐように構えていた。

「こんな感じなの。負けないけど、勝てない。どうしたらいいかな? 池に沈めるぐらいしか、思いつかないよ」

 溺死させる? そう、聞いてくるユノ。僕が居なくても勝ち筋を立てられている。

「ユノ、聖剣を抜こうか」

「聖剣? それって、もしかして。お父さんの剣のこと?」

「そう。地獄で、悪魔に教えてもらったよ。その剣なら、悪魔を倒せるって」

 ユノは、神妙な面持ちで、ポーチに手を入れる。握られたのは、ひと振りの剣。青色の輝きを持つ、一本の剣だった。

 悪魔が吼えた。

 悪魔に初めて、焦りが浮かんだ。

 勢いで距離を詰めて、ユノにつかみかかる。

 ユノを庇い、悪魔の手にそっと触れて、魔法を唱えた。

「神出鬼没(ジャンプ・ドライブ)」

 悪魔といっしょに、上空に放り出される。

 レイドを覆うドームが近い。僕と悪魔は、はるか上空で落下していた。

「林檎は木から落ちる(ニュートン)・重力加速(グラビティ・アクセル)」

 グレーターデーモンが羽ばたこうとする。重力で体を落とした勢いで蹴りをくらわせ、叩き落とす。

 悪魔を、空から地に叩き落す。悪魔の背中に蹴りを入れ、その勢いのまま、悪魔と一緒に地面へと加速する。すさまじい勢いのまま、地面に激突する。その瞬間、僕は逃げた。

「神出鬼没(ジャンプ・ドライブ)」

 ユノのとなりに戻ると、地面が揺れ、土ぼこりと風が飛んできた。舗装されたコンクリートも、レイド中は破壊できない。『悪魔の壁』を持つ悪魔を、そこにぶつけたらどうなるか。あわよくばダメージが入らないかと狙った。

「おじさん、この剣、詠唱ができる」

 ユノが剣を構えて、悪魔に向けた。剣が光を強める。剣に意思があり、打ち倒す敵と、使い手が揃ったことに、喜んでいるように見えた。

 悪魔が立ち上がってこない。いまが、チャンスだ。

「ユノ、剣を使おう」

「うんっ」

 剣を構えたユノは、両手で構え、高く剣を上げる。

 大上段。

 剣を大きく頭上に振り上げ、顔を上げる。

 月光を浴びた剣は、青く輝く。ユノが手にすることで、その輝きを増した。

 ユノの蒼い瞳が、眩しいぐらいに光っている。一切、目を閉じず、その輝きが一番強くなったときに、ユノは唱えた。

 聖剣の、力を解放するための言葉。

「告げる。勇者の名のもとに」

 凛として、響く声だった。迷いはない。純粋な好奇心と敵を打ち倒す意思が伝わってくる。

「永遠平和のために(パーペチュアル・ピース)」

 ふたつ目の月が浮かんだかと思うぐらいの光が、溢れる。

 その光は、幻想的で、見るだけで力が沸いてくるような、あたたかい光だった。

 光のなかに立つ、ユノの姿をみた。

 なぜかはわからない。目には、涙があふれて視界がぼやけた。

 なにか、運命めいた強い力を感じた。

 自分ではわからない、大きな力を、運命という言葉で納得してしまった。

 聖剣の輝きが収まる。極大の光が、一本の剣になったかのように思えた。

 ユノは、青い瞳を悪魔に向けて、剣を上段に構えている。剣の長さが先ほどまでより伸び、切っ先と物打ちの位置を二度ほど振って確認した。それだけで、手になじんだように、構えを修正する。両手で握る手の間隔をわずかに開く。構えが、一気にさまになった。

「ユノ」

 僕は、ユノをよんだ。

 死線を何度もくぐった戦場で、女子高生はだれよりも輝いている。ユノの本来あるべき姿は、こうなのかもしれない。

「勝って笑おう」

 僕はサポート。ユノに、ありったけの強化魔法をかけた。

 最後の一撃は、仲間に託した。

 ユノの細い肩に、僕の両手をのせる。

「その剣なら、悪魔を倒せる。ユノなら、悪魔を倒せるって信じてる」

 こんなときに、雷帝の背中を思い出した。彼のような格好いい背中は、僕にはきっと見せられない。でも、最後まで力の限り寄り添うことはできる。

 決して、高望みはしない。できることは、すべてやる。勇者を助けるためなら、悪魔とでも手を結ぶ。

 それが、僕の在り方だ。

「おじさんを、信じてくれる?」

 ようやく、悪魔が立ち上がった。

 羽を広げ、大きく咆哮する。先ほどなら萎縮するような恐怖がおそってきた。今はもう感じない。目の前のユノが頼もしい。そのおかげで、勇気が恐怖に勝った。

 ユノは悪魔を目にした後、僕と向かい合う。

「おじさん」

 一瞬、ここが、戦場だと忘れそうになる。

 ユノは、悪魔に背を向け、剣を下ろして、少女の顔を浮かべる。頬を染め、羞恥を浮かべ、指でほっぺたを触りながら、いままでで一番の笑顔で言ってくる。

「だいすきっ」

 それだけ、言われた。

 ユノは、目の輝きを冷たくし、顔から力を抜いて、悪魔に立ち向かう。

 力任せに迫りくる、悪魔の体当たり。大きく腕を振りかぶったまま、体ごとあたってくる悪魔の突進を、ユノは躱した。

 青い光が、空を舞う。

 踊るように軽やかに、雷のように鋭く、光が駆ける。

「オオオオオオオオオオオーーーーッッ」

 はじめて、悪魔が悲鳴をあげた。野太い悲鳴が響き渡る。

 悪魔の赤い血が、ふきだした。右腕から血があふれる。筋肉をも深く傷つける一撃は、悪魔の血を流し続けた。

 ユノは咆哮にひるまない。もともと、恐怖に打ち勝つ勇気を持っている。悪魔が嘆く、その瞬間さえ、ユノの目には好機にうつっていた。悪魔の背後に回り込んだユノは、躊躇なく、悪魔の左太ももを切り裂いた。皮膚が切り裂かれ5cmほど不自然な空間が開いている。ぱっくりと割れた傷は深く、悪魔は膝をついた。

「疾風迅雷(ライトニング・ストーム)」

 ユノは詠唱し、距離をとる。一瞬で大きく離れ、体を落とした。

 弾きだされたように、ユノが一筋の青い光になって、悪魔に向かう。

 残酷に、淡々と、ただ悪魔の命を奪う。僕らの命が奪われないために、少女は非情に徹する。

 見た目だけの話ではない。なによりも強さを感じるその一撃を、僕は、とても美しいとおもった。

 流星のように、光を纏い、輝くユノが悪魔とぶつかる。

「明けの明星(デイ・ブレイク)」

 ユノが叫び、輝く光が悪魔を飲み込む。

 空を覆う、オレンジ色のドームが激しく音を立てて割れた。

 きらきらと輝く光になって、闇夜を照らす。

 レイドが終わった。

 悪魔を倒したユノに駆け寄る。

 肩で息をしながら、地面を向くユノがいた。

「ユノッ」

 大きな声で、名前をよんだ。

「おじさんっ」

 剣を握ったユノが、飛び込んでくる。

 ぼろぼろになった僕たちは、お互いの背中に腕を回して、生きていることを喜んだ。

「よかった。悪かったね、ひとりにして」

「ううん。おじさんこそ、大丈夫だったの? 倒れてたよ」

「一度、死んだよ。でも大丈夫。生きてる」

「えっ、足あるよね」

 ユノは驚いて、僕の足に、おそるおそるふれてくる。

「あはっ。大丈夫だった。よかったあ。うん? よかったのかな」

 ようやく落ち着いて、僕らは笑う。

「はい、いつもの」

「うんっ」

 戦闘後のハイタッチ。おつかれさまの挨拶だった。

 ユノは聖剣を、ポーチのなかにしまった。大事そうに「ありがとう」と、つぶやく。

「おーい、速報見てるかー?」

 メイド服を着て、ずかずかと歩いてくるホーネットが近づいてくる。手には携帯をもっていた。

 悪いことをしているわけでもないのに、僕とユノは、さっと離れて距離を取った。

 僕は、ホーネットに返事をする。

「レイド参加、珍しいじゃないか。悪いね、出てきてもらって」

「状況的に、かなりまずかったろ。勝ったから良かったけどよ。ユノ、ありがとな。ほら、見ろよ。上野の称号、ウィザードが取り逃したぜ」

「えっ、ウィザードさんが?」

 ユノが、ホーネットと肩を並べて、手元をのぞき込む。ホーネットもまんざらでないようで、肩をくっつけあっていた。

 このふたり、仲良かったかな。あまり、そんな機会もなかった気がする。

 静かな浮遊音が聞こえた。ドローン特有の音だった。

 僕の嫌いなカメラのついたドローンだった。それと、映像を映すほうのドローンも来ている。

 これは、もしかすると。

 なんとなく事情を把握した僕は、そっとユノから距離をとった。

 ドローンがテレビの画面を空中に映し出し、音声も聞こえてくる。

「波乱のあった上野レイド。なんと、上野・ウィザードが、モンスター討伐数2位の結果に終わりました。上野の称号を取り損ないましたね」

 コメンテーターの男性が、声に驚きの感情をのせて伝えてくる。

「情報によると、ウェーブ5でウィザードは強敵と対峙し、負傷してしまったようです。前半のウェーブだけで、2位につけるのは、すごいですよ」

 女性のコメントに、ユノが頷いている。

 ホーネットとユノが並んで、テレビの内容にくぎ付けになっていた。

「さあ。上野レイド、戦果ナンバーワンの『上野』称号はだれの手に?」

「はい、でました。モンスター討伐数666? すごい討伐数だ」

 この時点でホーネットは、気が付いたと同時に、あきらめていた。商売根性たくましく、店名と名前の入ったネームカードを肩につけなおし、遠く離れた僕を睨んでいた。

「はい、読み上げます。冒険者ネーム:ユノ。クラス:勇者。『上野』称号獲得おめでとうございます。ええ、高校生? ユノさん、高校生なんですか」

 ユノは、固まっていた。一度、首をかしげ、周りを見る。ちかくに僕の姿が見えず、慌てて探していた。

「やったな、ユノ。ほら、カメラ来るぞ」

 ホーネットがユノの手を取って、腕を組む。

 その映像が、画面に映っていた。遠くから僕の見ている場面が切り抜かれ、ドローンのカメラに映っている。

「えっ、えっ? 私? あれっ、おじさん。おじさーんっ?」

「ほら、あそこに逃げてる」

「なんでーっ、おじさん!」

 手をひらひらと振った。がんばれ、ユノ。

 ドローンから、声が聞こえてくる。

「上野称号、おめでとうございます。いまのお気持ちはどうですか」

「えっと、えーっ、えー? ウィザードさんの代わりに、がんばりましたっ」

 ガチガチに緊張したユノが、固くそう答える。横でホーネットが笑っていた。

「グレイス・ハートの殺戮の女王(キラー・クイーン)。ユノは今回が、初レイド参加だから、まだ慣れてない中で、広場の主戦場をひとりで制圧していた。ボス戦では、応援にきた新宿・幻夜や渋谷のエニグマ、アタシなんかと一緒に共闘し、最後は単身で撃破していた。まちがいなく、今回のMVPだぜ。最も注目するべき新人が現れたと思っていい」

「ちょっと、ホーネットさんっ」

「いいだろ、ユノ。嘘は言ってないんだし。あと、第5ウェーブで救難信号(レッド・シグナル)を出した。救援に来てくれた冒険者たち、ありがとうございます。どうにか、勝てました」

 そこまで挨拶すると、意地の悪そうなホーネットの笑いが見えた。

「上野レイド終わって、アタシはグレイス・ハートっていう、秋葉原のメイド喫茶に戻るケド、レイド参加者は割引するから、いまから打ち上げどうですかー?」

 満面の笑みでホーネットが言う。カメラは慌てて、スタジオに戻された。

「いいか、ユノ。冒険者はスポンサーのせいで、カメラから逃げちゃダメなんだ。カメラをぶっ壊すとか、あいつみたいに隠れるぐらいなら、利用してやれ」

「は、はいっ」

 遠くで、救急車のサイレンや、車のクラクションが聞こえた。路上封鎖も解除されたらしい。喧騒が戻った上野の土地に、ひとり静かに笑った。

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