第06話 私のおっぱい見てたでしょ?

 ——ガチャッ。


「ドリンクバーの彼、可愛い系で長話しちゃった」


 ドリンクバー? ああ、男だったな確かに。仕事をちゃんとしているってのは素晴らしいことだ。俺なんか男か女かもわからないうちに注ぎ終わっていたからな。3回も。


陽妃ようひは可愛い系が好みなのか?」

「私がやったらおねショタになっちゃうよ」

「ジャンルは知らんが」

「可愛いとどうしてもよしよししたくなっちゃうだけだよ。そう言う白瑠はくる君もソフトクリーム出してくれるお姉さんに欲情していたんじゃないの? 凄く巨乳だったし」


 巨乳だったっけ? やっぱりその辺覚えてないなあ。


「自分ちのじゃあないとなかなか外見の詳しいところまでは覚えないなあ」

「そうなんだ」


 テーブルにメロンソーダとソフトクリームを置いて隣に座る。


「よっ」


 勢いよく座った彼女の胸が揺れる。リブニットの縦畝たてうねが大きく曲線を描いている。いままで気になって無かったのに陽妃が言うもんだからそりゃあもう気になる。じろじろ見てしまう。すると目が合う。ちょっと口角が上がったような気がした。

 俺はPCの画面に向き直った。


「なに見てたの? エッチな動画?」

「この状況で見るわけないだろ」


 見たい願望がよぎってはいたけれど。


「怪しいなあ」


 そう言って俺の方へ体を寄せてくる。マウスを操作する右手、その肘に陽妃の胸が当たる。最初つんっと当たったときに一瞬止まったものの、そこからさらに進み続け、ふかふかのおっぱいが肘の上に乗っかるような形になった。これはいかんですよ。

 そのまま彼女の手が俺の右手の上に重なり、画面上のカーソルを動かしていく。

 吐息が首筋に当たる。甘い匂いが部屋と鼻孔と肺を満たしていく。いますべてが彼女の匂いだ。俺は画面をただ見るしかない。マウスから手を離すタイミングは完全に逸している。彼女にされるままだ。

 カーソルは次々にいかがわしい方向へ進んで行く。クリックをするたびに、広告が増えて行く。わかるよわかる。俺を困らせたいからって、エッチなページを開こうとしているんだろう。でもさ、それってもしかしたら自分が襲われてしまうかも知れないってことなんだよ。わかっているのかな。密室なんだぜ、ここは。それなのにそんな不用心なことをしてさ。自分の罪をわかってないよ。決壊寸前の性欲のダムに、鉄の杭を打っているような行為だよ。だいたいなんだよ。黒髪眼鏡っ娘って超絶清楚系なのに、こういうことには随分乗り気ってもう最強属性じゃないかよ。清楚ビッチのギャップ萌えじゃないか。くぅっ、辛抱堪らんぞこれは——


「ああっ! あああん! イクゥッ!」


 うるせぇぇえ!


 突然スピーカーから大音量で流れるエロボイス。

 慌てて動画を消してスピーカーのアイコンをクリックした。フルボリュームになっている。前使ったやつはイカれてんのか。いくら完全個室でもこの音量はクレームが来るだろう。


 音量にびっくりしたときに陽妃との距離も開いていた。あのふんわり触感がなくなるのは口惜しい気もするが、これで良かったのだ。なにか、越えてはいけない一線を越えてしまいそうだった。


「その、音量ごめんね」

「いや、陽妃のせいじゃあないから」


 彼女は気まずそうに視線を外したまま、拳をきゅっと握ってやおら話し出す。


「白瑠君は、その、誘われてもしなさそうだね」

「なにを」


 彼女の言わんとするところはわかっている。わかっているが一応聞いた。早合点だったら恥ずかしいから。


「なにをって、その、エッチなことをだよ」


 そうか。わかっていたけど、そうか。やはりそうか。それでこのタイミングってことは、やはりさっきのは誘っていたのか。そうか。良くないぞ。本当に良くない。


「襲ってこなさそう、だね」

「そりゃあまあ、相手が嫌がることは、良くないだろ」


 彼女は上目遣いで恐る恐る俺を見ている。その瞳の池の中では期待と不安の鯉が旋回していた。


「嫌じゃない、って言ったら?」

「でも良くないだろ」

「どうして?」

「どうしても。そう言うのって好きな人とするもんだろ」

「私のこと、嫌い?」

「別に。友達としては好きだけど、そういうのあんま考えたこと無かったわ」

「私、変かな? 魅力ないかな?」

「なにを言い出すんだよ」

「男の子って、やれれば誰でもいいんじゃないの?」

「さあな。どうでもいいやつが相手ならできるかもな。やったことないからわかんねえけど」

「今日、欲求不満なんでしょ? 昨日ヌケなくてさ。……結構迫ったんだけどな。ダメかな」

「いやだから、ダメとかじゃあなくて、あ、いやダメなんだけど。そうじゃなくて、だな。と言うか、いきなりどうしたんだ? なんかあったのか? そういえば今日暇かって聞いてきていたけれど、なんか悩みごとか?」


 彼女は首を振る。ふわりふわりと毛先が躍る。


「白瑠君って優しいから、優しくしてくれるかなって思っただけ。私処女なんだよね」


 マーベラス! ……じゃなくて。


「だったらなおのこと、こんなところではまずいだろ。え、ちょっと待って、そもそも陽妃は俺のことが好きなのか?」

「別に」

「なんだよ!」


 思わずかぶりを振ってしまう。今までの流れで一番違和感あったぞ。


 陽妃は焦ったように取りつくろうように笑う。


「いや、わからないんだよね。正直なところ。好きとか、恋する気持ちって言うのかな? わからない。でもわからないままにここまで来ちゃった。昔は全然気にしなかった男の子の目も気になるようになってきて、自分が見られていることがわかってきちゃった」

「そうなのか」

「さっきだって、私のおっぱい見てたでしょ?」

「うん」


 正直に答えるしかない。嘘を吐いても仕方ないし。


「もしかしたら、お酒の席でガンガン飲まされて、ホテルなんか連れ込まれて、好きでもない人にされるかも知れないじゃない? 相手が優しくない人だったら嫌だなって。それだけはわかっていて。じゃあ優しい人にならされてもいいかって言うとまた違うんだよなって。せめて自分で選んだ人が良いかなって。好きとか嫌いとかは別に置いておいて」


 置いといたらまずいのだが。でもまあ、そうか。陽妃には陽妃なりの悩みや考えがあったんだな。


「とりあえず、そう言う心配はわかったよ。んでも、なんかこの流れは違和感あるし、陽妃は俺のオナホじゃないだろ。俺の性処理失敗の情報にこれは好機って考えるのはやっぱりオナホの仕事であって、人間の女性のやるようなことじゃあないんだよ」


 オナホって言うとふざけているみたいだけれども、言わんとすることは伝わったみたいで、彼女の肩がさっきより少しだけ下がっていた。安心によるものだろうと思う。


「白瑠君、やっぱり優しいね」


 彼女は微笑んだ。それがなんだか、今の彼女に出来る精一杯の笑顔に感じて、なんだか申し訳ない気にもなったし、不甲斐ないなとも思った。

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