第05話 あはははっ、くすぐったいよぉ

 その日は野菜炒めを作ろうとしていた。


 買ってきたばかりの片手鍋は、レッカと名乗った。ベリーショートの髪と大きなツリ目はともに赤で、レッカと言う名前が似合っていた。この炎の申し子と言わんばかりの名に恥じぬ働きぶりを見せてもらいたい。


 五徳ごとくの上にレッカを置いて油を敷く。服をたくし上げたお腹の上をヌルヌルにすると、


「あははっ、くすぐったいよぉ」


 と笑っていた。見た目が子供なのでほっこりとした気分になる。でも肉を入れるからちょっと動かないでほしい。零れちゃうから。


 おっと、その前に火を点けなきゃな。


 コンロの爺さんは物凄く寡黙かもくで、話しかけても返答はない。まさに職人。己に与えられた仕事を淡々とこなすスタイルである。正直憧れるし、他のみんなも見習ってほしいと思った。


 コンロの爺さんから炎が上がる。


「ぎゃっ!」


 なんだなんだ。と思って、すぐさま火を止める。


「どうした?」

「ん、いや熱くてびっくりしただけだよ」


 だけだよって……。ダメだろう、鍋なのに。


「もう一度火を点けるけど、熱かったら言えよ?」

「大丈夫! レッカは炎に負けないように造られたんだからね!」


 そうだ。その通りだ。さっきのはちょっとビビっただけだよな。


 ——カチチチチチッ、ボッ。


 レッカの口が大きく開かれるが声は出ない。ゆっくりと口は閉じて行く。真一文字に結ばれる口。ぐっと奥歯を噛み締めているようだ。


 つらそう。


 でも我慢できているってことは、プラウよりは大丈夫寄りの不具合なのか?

 ふとプラウに目をやると、心配そうにレッカを見つめていた。そうだよな。心配だよな。さっきの挙動といまの表情を見るに、全然大丈夫そうじゃあないもんな。


 肉を投入。

 じゅうじゅうと焼ける音。匂い。切っておいた玉ねぎを投入。大丈夫そうだ。ギブアップの声はない。


 ふとレッカに目をやると、白目を剥いていた。



「のぉぉおおおおお!」


 慌てて火を止めてシンクにぶち込み、流水をかける。

 水道水で温度が下がり、レッカも意識を取り戻してきたのか、元の赤い目に戻ってくれた。


「あれ? 野菜炒めは?」

「あ、ああ、もういいんだ。終わったから」


 嘘は言ってない。


「そっか! レッカは初仕事を無事に終えたんだね!」


 満面の笑みを咲かせたあと、シンクに目を落とす。それからしばらく硬直し、目に一杯の涙を湛えて、俺の顔を見た。


「レッカは……ダメな子だったんだね」


 シンクには残飯と化したもと野菜炒めが散らばっている。さっきは慌てていたので食材を救出している暇が無かった。


「ダメな子じゃあない。我慢して頑張ってくれただろ」

「そうですよ!」


 プラウの真剣な声が通る。


「わたしなんて、スイッチを入れられた時点で弱音ばかり吐いて。白瑠はくるさんには迷惑ばかりかけて。レッカさんは熱いのが苦手なのに頑張ったじゃあないですか! わたしはレッカさんのようなものになりたい!」


 いや、なっちゃあダメなんだよ。結局熱いの克服できてないんだから。コンロ爺さんみたいになってよ。


「ありがとう!」


 よくわかんないけどレッカが前を向いてくれたのならいいや。これからはなるべくサラダを食べるようにしよう。


 スポンジに洗剤を付けて、柔らかい方でお腹の油を拭ってやる。


「あはははっ、くすぐったいよぉ」


 無邪気だなあ。ずっとくすぐっていたい。泡だらけになったお腹を洗い流し、ワークトップに置くと、彼女は屈託のない笑顔を見せた。


 プラウに引き続き、捨てられない子が増えてしまった。

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