第03話 うう、やっぱり寒いです

「あの、寒いのでスイッチ切って頂けますか?」


 なんでやねん! と別に関西人でもないのに激しいツッコミを入れてしまい、左手の指からボキリッと不吉で不穏な音が響いた。

 硬かった。とてつもなく。見た目はどちらかと言えば柔らかそうなのに。かなり巨乳だし。手はその乳の方へ行っていたようにも思うのに。不思議だ。こんなことで指をぽっきりと持っていかれるだなんて。


 彼女には、寒いと感じるのは最初だけかも知れないし、冷蔵庫として造られた以上そんな欠陥有って良いわけがないから大丈夫だ、と説得して改めてスイッチを入れた。


「うう、やっぱり寒いです」

「ごめんな」

「なんとかなりませんか?」

「そういうものなんだよ?」

「寒い、寒い」

「ほんとごめん」


 説得と言うよりはお願いするような感じで15分ほど冷やした結果、彼女の唇は青紫に変色して、声を発さなくなり、


 ——チョロチョロチョロ……。


 最終的に失禁してしまった。


 冷蔵のスイッチを切ってからしばらくすると、失神していた彼女が目を覚ました。そのときちょうど俺が粗相そそうを掃除している最中で、彼女は物凄い勢いで土下座してきた。心から申し訳ないと思ったときの謝罪の力というものは凄い。床に亀裂が入り、下の階の人からクレームが来た。その怒号にプラウはずっと怯えていた。


 下の住人が帰ると、緊張の糸が切れたのか、彼女は力なく壁にもたれかかりへたり込む。ウェーヴが掛かった長い青い髪が、床にふぁさあっと広がる。


「なんとお詫びしたらよいか」


 髪と同じ青色のタレ目が力なく床を見つめる。

 こうなってくるともう彼女を責められない。いや、もとより彼女を責めても仕方がない。


 製造元にクレームを入れたところ、聞いたことのない不具合なので修理は無理だと言うことだった。


『お客様の元へ取りに伺いまして、同じ品番の別の冷蔵庫とお取替えさせて頂くという形でいかがでしょうか?』


 電話越しに気前の良い回答をくれるコールセンターの人。


「その、じゃあこの冷蔵庫はどうなるんですか?」

『外装が汚れてしまったと言うことと、冷蔵庫として在り得ない欠陥が有ると言うことなので、処分させて頂く形になりますね』

「しょ、処分、ですか……」

『はい。使えるパーツなどはリサイクルさせて頂きますが』

「えっと」


 スン、スン、という音が聞こえたのでそちらに視線を向けると、プラウが瞳に涙を湛え震えていた。もう冷蔵のスイッチは切ってあるのに、震えていたのだ。


「あの、もうちょっと、様子を見ます」

『よろしいのですか? 手数料なども掛かりませんよ?』

「大丈夫です」


 それからコールスタッフはクーリングオフ制度の説明を丁寧にしてくれて、電話を切った。

 そのときプラウに感じた思いはなんなのかわからない。けれどもどういうわけか、俺は彼女を手放してはいけないような気がしたのだ。

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