かつて歌を歌うことがなにより好きだった高校生の少女と、その幼なじみの少女のとある一日のお話。
青春ものの現代ドラマです。合唱部での活動、あるいは歌うことそのものが主なモチーフ、と書くといかにも爽やかな青春模様を想像してしまいそうになるのですが、さにあらず。冒頭からなんだか不穏な雰囲気で、その重苦しい空気の書き表し方と引っ張り方がまた巧みというか、このシリアスさこそが本作の特色であり、また最大の魅力であるように思います。
読み始めて早々に、というかあらすじの時点でわかるのですけれど、主人公の蓮さんは何か大きな欠落を抱えた存在です。もっと言うなら、あからさまに何かを失った状態から物語が始まっています。この過去の喪失をはっきり描き出し、そしてその原因に対してじわじわ迫っていくかのような、この話運びの丁寧さがとても好きです。
匂わせ方というかなんというか、視点保持者である主人公自身が、それについてできるだけ考えないようにしているような感じ。なのにお話自身は当然そっちへ向かって、もちろん読み手としてはその真相が気になるのですけど、でも迫れば迫るほどなんだか見たくないような、このじわじわ積もる嫌な予感がすごい……っていうか、実際その予感の通りだったのがすごかったです。
タグにもある通り、確かにこれは「トラウマ」という言葉にふさわしい出来事。なかなか本格的というか洒落にならないというか、本当に人の邪悪な部分を持ってきていて、でもなによりどうにもならないのが「実際そういう現実ってあるよね」となってしまう部分。
ただ明るく爽やかなばかりではない、青春のいわば影の側面。面白いのはそれが主人公たちを当事者として描かれているのではなく、まるで不幸な貰い事故であるかのような形で描いているところです。
もっと具体的にいうのなら、主要な人物たちが〝やらかして〟しまうのではなく、ぽっと出のモブ(脇役)がそれを果たし、しかもなんの後始末もされないまま〝そういうもの〟として処理されてしまうあたり。さっき言った「そういう現実ってあるよね」というのはまさにこの書かれ方(というか事件の扱い方)を指してのことで、この主人公らに感情移入したとき「とても理不尽な感じ」のようなものが、とても胸に刺さると同時に大変リアルな手触りであるところが素敵でした。いや出来事そのものは素敵じゃないんですけど。作品として素敵。
これだけだとただの嫌なお話になってしまいますが、もちろんそんなことはなく。この洒落にならない嫌さをしっかり踏まえた上での、この物語の帰着点。ちゃんと乗り越えた上でのハッピーエンド。いや実を言うとだいぶ驚いたといいますか、最後の締めの部分がものすごく短いんですよ。ぱっと見で明らかに分量が少ないのに、この少なさシンプルさでしっかりトラウマを乗り越えていること。スパッと切れ味のいい綺麗な閉め方。なんだか潔さのような凛とした読後感が嬉しい、重たいながらも強く前向きな青春物語でした。