3(完結)
勇者の子孫にして、『エレメンタルガールズ!』では主人公のライ・サンダーアックスがやられてしまった。
しかも手も足も出ないどころか攻撃をされたことを理解できていなかった可能性すらあるという圧倒的な力量差で、だ。
そもそもは攻撃への対策を何一つ持っていなかったことが一番の原因ではあるのだが、イズナが考えたように対処できるだけの力を持ち合わせていなかったことも、また確かなことだった。
(ライとパーティーを組んでいたんだから、ヒロインたちも当然同じくらいの強さでしかないよな……)
それ以前に、ライが死亡したことによるショックで戦力としてはカウントできない状態になっていた。
主人公であるライがいなくなってしまっている今、封じられている魔王を倒すためにも、彼女たちだけは絶対に生きて地上へと帰さなくてはいけない。そうなるとむしろ、下手に手を出してこない今の状況の方が動きやすいと言えるのかもしれない
(と偉そうなことを言える程、俺だって強くはないんだけどなあ……)
彼女たちに比べれば、何度も十階層まで潜っては魔物を倒したり素材を集めたりしているイズナの方が遥かに経験値は高いことだろう。が、それでも所詮は十階層でしかないのだ。
迷宮最深部に封印されている魔王、その化身となっている彼女からすれば五十歩百歩、まさにドングリの背比べ程度の違いでしかない。
精々が運よく初撃に耐えることができるかもしれないくらいのもので、追撃を放たれれば仲良くお陀仏となるしかないのだ。
(彼女たちが逃げるまでの時間を稼ぐしかないか?……いや、それだとそのまま魔王が復活してしまう未来もあり得るそ。なんとかイベントを終わらせて、彼女を解放するより道はない?)
実は繭から出てきた少女も『エレメンタルガールズ!』でのヒロインの一人なのである。ただし、ライとパーティーを組んでいた四人とは異なり、後から追加された内の一人という扱いとなる。
それでも魔王を倒すための戦力であり鍵となる人物であることに違いはない。将来のことを考えれば、必ず助け出しておかなくてはいけない相手だった。
その少女だが、距離を取っていたことが功を奏したのか、ライを消し去って以降はヒロインたちの悲鳴に反応することもなく、ぼんやりとした表情のまま宙に浮かび続けていた。
だが、消え去る様子もなければ繭の中へと戻る気配もない。どうやら本格的に予想した通り、イベントを完遂させる以外に方法はなさそうである。
(たしかあのイベントだと、彼女の攻撃をひたすらかわし続けていると隙が発生して、そこにカウンター気味に主人公が使える最強の魔法を撃ち込んだのだったっけか……)
内容自体は至ってシンプルである。が、難易度と簡潔さが比例するかと言えばそうでもない訳で。
(迷宮をクリアしてきて適正レベルになっているならともかく、十階層でのんびりしていた俺にあの攻撃を避けられるのか?)
さっそくとばかりに高く分厚い壁が行く手に立ち塞がる。
ライを消滅させたあの一撃も、前兆となる動きこそ見えたが、実際に「避けることができるのか?」と問われれば「非常に厳しい」と答えるより他ない。
既に見たものですらそうなのだ。異なる初見の攻撃となると、彼の二の舞になる可能性が高い。
(だとすれば距離は保ったままで、こちらから攻撃を仕掛けるのが得策か)
卑怯?姿を晒したままぼんやりしている方が悪いのだ。
とはいえ、力量差があり過ぎるので、これでもようやく勝てる可能性が見えてきた程度でしかない。加えていくらぼんやり気味で夢見がちな少女とはいえ、攻撃をされれば反撃をしてくるに違いない。
チャンスは一度きりと考えるべきだ。
(一撃であの子を戦闘不能にしろって?難易度高過ぎじゃありませんかね……)
ゲームとは違ってレベルや能力値による習得制限はない。国内最高峰の学舎であるシール学園で一年間学んできたイズナは高威力の魔法を使用することができるようになっていた。
しかし、『エレメンタルガールズ!』で主人公が放つことになる魔法は、強力過ぎるために禁呪扱いとされている
それでは、どうしてゲームで使用できたのかと言うと、魔王との再戦の際には必須になるだろうと過去に勇者たちがこっそりと迷宮内に隠しておいた、という設定になっていたからだ。
隠していた割に四十階層のいわゆる中ボスを倒すことで開けられるようになる宝箱の中に入っていることに関しては突っ込んではいけない。
(
下手な威力の攻撃ではあちらに敵対者が存在することを告げることにしかならない。かといって彼女を倒せるだけの高火力の手札は手持ちにはない。
ほとんど打つ手なしの状況に、元凶となったライに向かって盛大に愚痴りたくなるイズナだった。
その時、イズナは大事なことを失念してしまっていた。
この場に居るのが彼と宙に浮かんだ少女だけではないということを。
「よくも、よくもライを!お前だけは許さない!」
いつの間にか正気を取り戻していた
学園でも許可を得ることのできた一部の生徒だけが習得できるようになる高威力魔法だ。彼女はまだ一年のはずだが、五伯が特例扱いされているのか既に習得していたらしい。
「よせ!その魔法じゃ倒せない――」
イズナが忠告しようとしたその瞬間、ヒメが周囲から何かを取り込んだように見えた。
(魔力!?……そうか!ああして結晶化する程なんだ。当然この場所の魔力はとんでもなく濃くなっているのか!)
袋小路だと思っていたところに光明が差し、道が開けたような気がした。
「これなら何とかなるかもしれない、いいや、何とかしてみせる!」
そのためには幾ばくかの時間が必要だ。
「全員使える最大威力の魔法をぶつけてやれ!ライの敵討ちだ!」
「あ、あああああ!!」
「敵を、討つ!」
「絶対に倒す!」
イズナの後押しもあって、すぐさま残る三人も高威力魔法の発動に向けての準備段階に入る。
対する少女は魔力の流れを感じ取ったのか一瞬ピクリと肩を震わせたが、有効打にはならないと判断したのかそれ以上の反応を見せることはなかった。
「私たちの悲しみを思い知れぇー!!」
誰が叫んだ言葉だったのか、まるで示し合わせたように四人から同時に高威力の魔法が少女へと撃ち込まれた。
地上であれば百人を超える規模の大隊が壊滅し、都市を囲む強固な外壁にすら大穴を開けたかもしれない。
「そ、そんな……!?」
しかし、そんな暴威ですら少女を滅ぼすどころか大怪我をさせるにも至らない。
激しい光と音が過ぎ去ったその場所では、多少の汚れや傷を負っているものの少女が平然と浮かび続けていたのだった。
その光景に心を折られ、ヒロインたちが次々に床へと崩れ落ちていく。
先程の魔法に強い感情を込めていたこともあってか、もはや体を支えるだけの想いすら残っていなかったようである。
ようやっと少女との圧倒的な力の差を感じ取ることとなり、絶対的な死を覚悟する四人。
だが、彼女たちが見たのは自分たちへと放たれる死を運ぶ黒い風ではなく、天を支える柱かと見紛うばかりの極太の光が少女を呑み込んでいく様だった。
ここで少しばかり時間を戻そう。
ヒロインたちを焚きつけたイズナは少女との距離を保ったまま、壁の一面を覆うように広がる結晶塊の元へと走っていた。
「つまりこれは魔力の塊であるからして、こうやって触れることで魔力を引き出すことができる、魔力切れを考えずにいくらでも魔法が使い放題ってことだ」
封印された魔王から漏れだした魔力を用いて、魔王討伐の障害となっている少女を倒そうというのだからなかなかに皮肉が効いている。
もっとも、貴族とは名ばかりな貧乏生活を辺境の地で送ってきたイズナだ。それこそ立っている者は親でも使わなければ生きてこられなかったかもしれない境遇だったので、魔王由来の力を利用することにも忌避感はなかった。
「魔法の格が低くて足りない威力の分は、魔力を余計に注ぎ込むことで補いましょう、ってか。力任せでスマートじゃないけど、男の子好みの熱い展開ってやつだな!」
そう言ってすぐに魔法の発動準備に入る。見ればヒロインたちから各々の最強魔法が打ち出されるところだった。
「雷よ、集いて我が前に立ち塞がる
しかし急いては事を仕損じる。最善を尽くすために普段は滅多に行わない呪文の詠唱まで行う。こっそりとアレンジしているのは、少女の消滅という最悪の事態を避けるためである。
それほどイズナはこの一撃に自信をもっており、逆に言えばこれを防がれてしまえば本当に打つ手なしとなってしまうのだった。
「受けてみろよ!天よりの裁き!【ライトニングジャッジメント】!!」
ヒロインたちからの攻撃を受けきり、いざ反撃に出ようとしていた少女を光の柱が呑み込む。
そして一拍にも満たない内に轟音を伴う衝撃が階層中に吹き荒れた。
気を抜けばあっという間に吹き飛ばされそうになる中で、イズナは発動した魔法を維持するために懸命にその場に立って魔力結晶へと触れ続けていた。
どれだけの時間が経ったのか。いつの間にか意識を失ってしまっていたようで、我を取り戻したイズナの目の前には巨大なクレーターができ上がっていた。
手加減に失敗して少女の存在まで消し飛ばしてしまったのではないか。そんな最悪な流れを想像してしまい、慌ててクレーターの中へと走り込んでいく。
「無事か!?」
と、そこには瓦礫に半分埋もれながらも五体満足の少女がうつ伏せに倒れていたのだった。
口元に手を当てて息をしていることを、手首に触れて脈に極端な乱れがないことを確認する。
「良かった。生きているみたいだ」
ホッと安堵の息を吐くのも束の間、小柄な体を抱きかかえて立ち上がる。
ヒロインたちの方は衝撃に吹き飛ばされたらしく、少し離れた場所で起き上がろうとしていたところだった。
後は、恐らくはライの敵を討とうとするだろう彼女たちを宥めて、少女も一緒に地上へ帰ればミッション完了となる。
「いや待て。それってとてつもなく面倒なんじゃないか?」
更に言えば戻ってからも学園への説明を始め、面倒事や厄介事には事欠かないことになるのだろうが……。
まあ、その辺りのことは言わぬが花というやつなのかもしれない。
しかし舞台の幕は上がらない ~『エレメンタルガールズ!』異聞~ 京高 @kyo-takashi
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