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転移した先は同じような小部屋であった。双方向へと移動するための場所ということで、似たような造りとなっているのかもしれない。
そんな割とどうでも良いことを考えながら部屋の外へ出ると、そこは広大な空間だった。
黒曜石を思わせるような硬質な黒色が敷き詰められた床は縦横共に数百メートル四方はありそうだ。天井も高く、迷宮特有の怪しげな薄明かりが灯っているためはっきりとは分からないが、それでも数十メートルくらいの高さはあるだろう。
転移用の部屋はそんな広い部屋の隅の一つに隣接していた。目を凝らせばさほど離れていない壁に上り階段らしきものがあることが伺える。
恐らくは上の階層へと繋がっている階段で、本来であればそこを下ってこの階層へと降り立つこととなるはずだった。
上層への階段のある壁を下にする迷宮ならではの地図の描き方に則って、イズナは脳裏にこの場の地図を形成していく。
それに
ただ一つを除いては。
階段のある壁の向かい、部屋の奥側にそれはあった。
まるで水晶か何かを彷彿とさせるような結晶の塊がそちら一面に広がっていたのだ。更にそんな結晶に埋め込まれるようにして、まるで闇を押し固めたのではないかと思わせる程、ひたすらに黒い繭が浮かんでいたのだった。
あの漆黒の繭こそが魔王を封じている牢獄であり、その中にあってすらも滲み出す彼の者の魔力が凝り固まり物質化してしまったのが周囲を覆う結晶の正体である。
「……っと、見惚れている場合じゃなかったんだった」
結晶塊の手前には五つの人影が見えていた。赤青黄緑に金と派手な色合いが揃った髪色からして、隠し部屋を開いた連中であると当たりを付ける。
「お前たち!こんな所で何をしている!」
叫びながら近づいていくと、思った通りそこには見覚えのある顔が並んでいた。
金髪でイケメンハンサム過ぎるために、かえって作り物のような印象を受ける男、ライ・サンダーアックス。
活発さを前面に押し出した様子の赤髪ショートカットの少女、エル・フレイムボルト。
対して、冷静な雰囲気を醸し出す青髪をサイドテールにした少女、ヒメ・アイシクルランス。
警戒していることを隠そうともせずツンツンした態度の背中まで伸ばした長い黄髪の少女、セナ・ロックモール。
逆に内心を悟らせないためなのか常に柔和な笑みを浮かべ続けている三つ編みにした緑髪を左肩から前へと垂らした少女、ラン・ストームサイス。
男一人に女四人という弁解の余地もないハーレム型のパーティーである。だが、その事を理由に彼らを非難しようとする者はいないだろう。
何故なら五人は、勇者とその仲間を祖に持つ『五伯』と呼ばれる国内屈指の有力貴族家出身の者たち、しかもその直系とあって学内では知らぬ者はいない程の有名人たちだからである。
もっとも、イズナにとっては不可思議な前世の記憶らしきものの中に登場する『エレメンタルガールズ!』なるゲームの主人公とヒロインたち、と言った方がしっくりくるのだが。
驚く者、警戒する者、安堵する者、訝しむ者、そして困惑する者と五者五様の反応を示す中、一人敵意に近い感情を露わにしている者がいた。
パーティーで唯一の男だったライである。ハーレムな状況に水を差されたことに憤っているのかとも思ったが、さすがにそれは相手を馬鹿にし過ぎているだろうとすぐに考えを改めた。
しかしそうなると、そこまでの敵意をぶつけられる理由が分からない。
既に対話のためのボールはあちらに渡していることもあり、向こうの出方を見てみることにしたのだった。
「ちっ!おかしな邪魔が入ったか。これだから現実は嫌なんだ。どうせ再現するなら原作に忠実にしておけよ」
吐き捨てるように呟いた言葉は、本当は誰にも聞かせるつもりはなかったのだろう。しかし静寂に支配されていたこの場においては、本人が意図しない範囲にまで広がってしまっていた。
ライは一瞬「しまった!」という顔を見せたものの、すぐに問題ないと気を取り直していた。
「どうせ聞いたところで理解なんてできないだろうし」
という結論に達したからであるらしい。
「あー、僕たちはやらなくちゃいけないことがあってここに来たんだ」
「やらなくちゃいけないことだと?」
「それをあんたが知る必要はない。さっきも言ったように教えたところで理解できるとは思えないからね」
片方が詰め寄るも、もう片方がはぐらかして有耶無耶にしている。傍目からはそう見えていたことだろう。当事者の一人であるライですらそう思っていたのだからなおさらである。
ところが、イズナだけはそうではなかった。短いやり取りの中でライもまた自分と同じように、この世界と似通った物語の知識を持っていると確信を得ていた。
同時に残る四人のヒロインたちの様子も探る。
ライが喋り始めて以降、彼女たちは驚くほど静かになってしまった。声を発していないという意味ではない。思考そのものを止めて置物になってしまったかのようだったのだ。
あくまで予想だが、例の知識を使って自分を盲信するようにライが何かをしでかしていたのだろう。
だが一方でそれは、この場所のこともライの目的についても彼女たちは知り得ていないことを意味していた。
つまり、この場においてはライさえ止めることができれば何とでもなるということだ。イズナは最悪実力行使に出ることも含めて覚悟を決める。
しかし、覚悟を決めていたのは彼だけではなかった。ジワリと後退ることでイズナからの距離を取っていくライ。
それは魔王の封じられている繭へと近付くことと同意だった。
「おい、止まれ!それ以上そっちに近付くな!」
その意図に気が付き慌てて制止を求めるも聞き入れられるはずもなく。
それどころか嗜虐心を刺激されたのか、ライは人を小馬鹿にするような表情を浮かべて、後退る速度を上げていった。
そして、イズナが最初に呼び止めた時点で相当の距離にまで近付いていたこともあって、あっという間に彼は結晶の塊のふもとへと到達してしまう。
それは音もなく始まった。
繭が一度明滅したかと思うと、そこから小柄な少女が浮かび上がってきたのだ。接近することで自動的にイベントが開始してしまうのはゲームの時と同じだったらしい。
「あはははは!始まった!!」
「何が起きるか分からない!全員あれから離れるんだ!」
ライとイズナ、二人の声が同時に上がる。
狂気じみた笑い声にライへの盲信が解けたのか、それともイズナが睨み付けるようにしたことで強い感情に心が揺さぶられたのか。いずれにしても困惑しながらではあるが、ヒロインたちはイズナの言葉に従って少女から離れて行った。
ライには……、言ったところで聞き入れることはないだろう、と見切りをつけて自分もまた後方へと下がる。
実際、ヒロインたちを不用意な危険に晒すリスクを少しでも下げられただけでもマシというものだ。
先程は「何が起きるか分からない」と言ったが、イズナにはこの後のことがある程度予想できていた。
もっとも、記憶にある『エレメンタルガールズ!』と同じ展開になるという前提条件を満たしていなければいけないのだが。
そのゲームによると、繭から生まれて更に結晶体をすり抜けてくる少女から、相当苛烈な
だからこそイズナはヒロインたちを後方へと下がらせたのだった。
ただ一点不安なのは、ゲームとは違ってこちらでは絶対的な安全圏とは言いきれないことだ。とはいえ、これに関しては手の出しようもなければ施しようもない。
後はもうあちらの攻撃範囲から外れていることや流れ弾が飛んでこないことを祈るばかりである。
「やったぞ。これでもうトゥルーエンド一直線だ!」
イズナを始め残る全員が状況を見極めようと押し黙っていたこともあって、ライの発言は耳障りな程に階層中へと広がっていく。
場の空気を読むどころか考慮してもいない態度に、さしものヒロインたちも一様に眉をひそめていた。
ちなみに『トゥルーエンド』というのは一部のプレイヤーによる呼称であり、正式には『全員エンド』という。
繭より出てきた少女もそんな態度が気に食わなかったのか、はたまた単に一番近くにいた相手を対象にしただけだったのか。
ライへと目標を定めると、伸ばされた両腕の先から魔力が炎の奔流となって放たれた。
「はへ?」
明確な害意を持って産み出されたそれは、行使者の想いをくみ取って対象を喰らい尽くす。
結果、間の抜けた言葉を最後にライ・サンダーアックスという存在はこの世から消え去ることになったのだった。
「い、いやああああああ!!!?」
それは一体誰の声だったのか。
炎が消えてそこに居たはずの者がいなくなっていることに気付いた瞬間、耳をつんざく悲鳴が響き渡る。
ヒロインたちにとっては幼い頃から顔を突き合わせてきた家族に次いで親しかった者となる。そんな彼がいきなりいなくなったのだ、ショックを受けるのは当然のことだっただろう。
が、パニックに陥りかけていたのは彼女たちだけではなかった。
イズナもまたこの想像もしていなかった事態に小さくない衝撃を受けていた。
(どうして呆気なく死んでいるんだよ!?『エレメンタルガールズ!』の知識があるなら攻撃をしてくるのは分かっていたはずだろ!?)
結局のところ彼も、ライの動じない態度には万全の対策があってのことなのだろうと、どこか楽観視していた部分があったのである。
(もしかすると、十階層から間をすっ飛ばして来たから、彼女と戦うには力不足だったのか!?)
本来は何十階層もの危険と隣り合わせの迷宮を自力で踏破してようやく辿り着ける場所なのだ。
そうして心身共に成長してようやく彼女と対面できるようになるとすれば、精々十階層までの、しかもプラクティスダンジョンという手厚い保護下での経験しかなかった彼など、相手にならなくとも不思議ではない。
実はゲームではイベントの発生から終わりまで自動で進行するため、そもそも攻撃を避けるという意識を持ち合わせていなかったというのが真相である。
もっとも当人のライが死亡しているので、この事実が明らかにされる機会も永久になくなってしまっているのだが。
(これは不味いことになったぞ……)
そのため、イズナは自説を真実だと信じ込んでしまったのだった。
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