第2話 >フェンリル
ナナリヤは歩きながら考えていました。
ログハウスの材料は森にあるもので賄っているので、探せば見つかるはずですが、補強したところで今度また台風が来た時に違う箇所が破損してしまう恐れがあります。
ならば、いっそのこと新築してしまったほうが良いでしょう。
今のログハウスは見た目を良くするために屋根・外装ともに木を縦半分に切ったものを利用していますが、その代わりに耐久が低くなって今回のようなことになってしまいました。
なのでナナリヤは、次は、多少見栄えが悪くても木を丸々一本使って頑丈な建物を作ろうと考えました。
少し歩いていると、丁度良いサイズの木が生えているところに着きました。
普通ならこういう大変な作業は業者に頼むものですが、ナナリヤは全て自分でやってしまいます。
ナナリヤは木の前に立ち、風魔法を行使しました。
通常、魔法を使うには魔力を練り魔法陣を構築して術式を完成させる必要があります。
体内の魔力を魔法という形で解放するためです。
しかし、彼女の場合魔力が魔女として最適化されているためその手順を踏まなくても瞬時に魔法が発動可能なのです。
ナナリヤが風魔法を行使したことで周囲に風が吹きはじめました。
それは忽ち刃のように姿を変え、木の上部と下部を切断しました。
根本から切断された幹が、大きな音を立てて地面に倒れました。
ナナリヤはそれを魔法空間に収納し、次の木も同じように切り落として収納してを何回か繰り返しました。
一軒のログハウスを作るのに必要な量を伐採したので周辺の木が根こそぎなくなってしまいました。
普通なら森林管理協会に罰せられますが、この森はナナリヤが貯金をはたいて買ったものなので問題ありません。
さて、新しく建てるログハウスはどんな場所がいいでしょう。
今までの場所もナナリヤは気に入っていましたが、破損したログハウスを撤去するのがめんどくさい気がしました。
折角ログハウスを作り直すのですし、いっそ、新しく場所を探しましょう。
ナナリヤはひとしきり辺りを探索し、目ぼしい場所を見つけました。
早速、建築に取り掛かります。
まずは魔法空間から調達した木材を取り出し地面に積みました。
それを風魔法で操作し、順に組み立てていきます。
前回はシンプルな作りだったので、今回はちょっと拘ってテラスなんかも作ろうかとナナリヤは考えました。
窓辺に物を置くための板を取り付けて、余った木材でテーブルを作って。
所要時間二時間くらいで、第二のログハウスが完成しました。
機能性に富んだ自慢の一品です。
思いの外材料が余ってベッドや浴室、さらに竈も作ったので、もはやここで暮らせそうな感じです。
骨組みに木を丸々一本使いましたし、ちょっとやそっとの台風ではびくともしないでしょう。
思いの外早くにログハウス建築が終了しましたし、森に生えている木の実でも取りに行きましょう。
ナナリヤはログハウスが完成したことでアドレナリンが出て、じっとしていられなかったのです。
美味しい木の実をつける木は、その多くが水辺の近くに生えています。
それ以外でも木の実をつける木はありますが、味があまり良くない上に傷みやすいため木の実採取の際は湖を目指すのがナナリヤの習慣でした。
湖はよく行くので、別荘と同じく《不動の呪い》をかけています。
歩くこと数分、目指していた湖が見えてきたところで、ナナリヤは意外なものを目にしました。
湖の水面に顔を近付けている大きな影。
その正体は、犬型モンスターのフェンリルでした。
珍しいモンスターではありますが、凶暴性が高く、人々からは恐れられている存在です。
その危険性から、A級モンスターに認定されています。
なぜこんな場所にフェンリルが?
フェンリルは火山地帯や荒野を生息域としているはずですが。
ナナリヤは頭に疑問符を浮かべましたが、まあ、そんなこともあるのだろうと深くは考えませんでした。
フェンリルは群れで移動することもあると聞くので、群れからはぐれたのかもしれません。
しかしこれは、またとないチャンスです。
フェンリルの素材があれば、上質なローブをオーダーメイドできます。
カーペットにするのもいいですね。
杖の芯に、心臓の琴線を施してみるのもいいかもしれません。
何しろ、あの、成人男性の三倍はあろうかという体躯ですから、ローブをオーダーメイドして、カーペットを作って、杖の芯に使ってもかなりのお釣りがきます。
ナナリヤは煩悩を働かせながら、ローブから杖を取り出しました。
フェンリルは保護対象ではないので、殺めても問題なしです。
いずれにしろ、ここで逃がして街に投入なんてことになれば街は大パニックに陥るでしょう。
本来フェンリルのようなA級以上のモンスターは、天災指定され、魔術警備団や王立騎士団が総力を挙げてやっと撃退するほど強大な存在です。
見つけた場合は自動的に通報義務が発生し、Bランク以下の冒険者及び冒険者パーティーには戦闘禁止命令が課せられます。
無駄死にするからです。
しかし、必ず勝てるという確証があれば別の話。
ナナリヤは自分が負けるなんて、微塵たりとも思っていませんでした。
ナナリヤは杖に死の呪詛を込めました。
杖の先端に、漆黒のエネルギーが収束しはじめます。
【
この呪いに抗うすべは現代魔法にはなく、使うものは邪神や悪魔をも統べると言われています。
英雄の活躍を描いた数多くの文献や叙事詩では魔王が愛用したとされていますが、真偽のほどは不明。
ナナリヤは魔女として生きているうちに、こんな恐ろしい呪いを習得してしまったのです。
フェンリルまでは少し距離が遠いですが、一か八か。
ナナリヤは呪いを放ちました。
森の茂みの間を、漆黒の閃光が迸りました。
それはフェンリルに命中する前に木にぶつかり、火花を散らして消滅しました。
外したか――。
魔法を使えるのと、上手く使いこなすのは別なようです。
着弾したところから腐敗していく木を見届けたナナリヤは再び杖に呪いを込めてリベンジを試みますが、今の衝撃でフェンリルが気付き、逃走してしまいました。
さっきも説明したように、フェンリルは凶暴性が高いA級クラスのモンスター。
普通、敵意を持っている存在に背を向けるなんてことはありえません。
ナナリヤを感じ取ったフェンリルが逃げ出すということは、ナナリヤ>フェンリルの図式が成立したも同然。
A級クラスのフェンリルが、ナナリヤを格上だと認めたのです。
もっとも、フェンリルはナナリヤと対峙していないため、彼女本人ではなく絶対的な〝死の呪い〟を恐れたということになりますが。
「くっ……、カーペットの夢が……」
あんな大物、滅多にお目にかかれるものではありません。
焦らずもう少し近付いて撃てばよかったとか、魔力を致命傷にならない程度に弱めて命中率を上げたほうがよかったとか、あとになって後悔がナナリヤの頭に浮かびます。
ナナリヤには、フェンリルを追う体力がないのでした。
ナナリヤの狩りは、一発勝負。
仕留めるか、逃げられるかの二択しかありません。
この森にはナナリヤの所有物になる前から危険なモンスターが出現し、その度に自警団が対処していました。
勿論、契約の際にその辺りのことは確認済みですが、まさかナナリヤがモンスターの「退治」ではなく「狩猟」をしているとは契約主は思いもしないでしょうね。
魔女の徒然 たぬきしろくまパイナップル @tanukumapple
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔女の徒然の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます