二番手…。

宇佐美真里

二番手…。

そわそわと落ち着くことなく、其の時間を待つ。

「本当にこんな居酒屋で良かったんだろうか…」と呟く。

待ち合わせの時刻はまだまだ先だと、壁に掛かっている時計はゆっくりと時を刻んでいる。

「生をひとつ」と忙しく店内を行き来する若いアルバイト店員に僕は告げた。


少しして生ビールが届く。早速口をつけ、軽くひと口ふた口と乾いた喉の奥へとビールを流して込んでいると、店の入口の引き戸がガラガラ…と音を立てて開く。その音に目を遣る。其処には待ち人の姿が在った。それほど広いとも云えない店だ。ジョッキをテーブルへと置こうとする僕に、すぐに気付いた待ち人は少し驚いた様子で目を丸くした。


「随分と早いじゃない?まだ二十分も前なのに…」

僕の居るテーブルまでやって来ると待ち人は言った。

「うん。何だか落ち着かなくてね…。そっちこそ随分と早いじゃない?」

僕は答えながら、待ち人の後ろに立つ若い女の子へと視線を遣った。制服姿の彼女の胸元には、『中』と云う文字が刻まれた校章が付けられている。

僕の視線に気付いて、待ち人は制服姿の女の子へと言った。

「ほら、突っ立っていないで、ちゃんと挨拶して…」

急かされて女の子は軽く頭を下げて挨拶する。

「どうも…。初めまして…」

「こちらこそ、初めまして…」と答えつつ僕は一度席を立ち、改めて頭を下げて女の子に言った。

「いつも、お母さんにはお世話になっています」


「こちらこそ…。ママがお世話になってます。ふふ…」

と笑いながら、横目で母親の顔を見る。物怖じしない雰囲気…母親の其れとは少し違って映るのは、其の若さから来る物なのだろうか?

「とりあえず座ろうか…」と僕は、母娘を促した。

母親が娘の為に椅子を引く。引かれた椅子に勢いよく腰を落とす娘に小声で「ちょっと…ちゃんとして…」と文句を言いながら、続いて自分の為に椅子を引くと静かに腰を下ろした。


「ごめん。結構時間があると思ったから先に飲んで…」

「いいの、いいの…。えっと…貴女は何を飲むの?」

「私、コーラ…」

娘は僕から目を離さずに言った。制服のポケットからスマートフォンを取り出してテーブルの上に置く。

「コーラとか飲んでると『其ればっかり!』って、ママに怒られちゃうんだけどね…家だと」

「余計なことばかり言わないで…。本当にもう…」

慌てて母親が言う。其の間も娘は、やはり僕から目を離さない。じっと観察されているかの様で落ち着かない。

「ママね?家だと貴方の話ばかりするの。いや、貴方の話しかしないかなぁ~最近は」

「もう止めて…。少しの間、黙っていてよ…。えっと…私もビールを頂こうかしら」

まだアルコールも何も口にしていないはずの母親の顔は、既に幾分赤く染まっていた。


「すみません!」

テーブルの近くを、先ほどの若いアルバイト店員が通りかかる。もう一度声を掛けビールとコーラの注文をする。


「お腹空いてるよね?」

にこやかではあるが、何もかも全て見逃さないぞ…と、相変わらず僕から外そうとしない娘の視線を避ける様に、僕はテーブルの端に立て掛けてあったメニューを手にした。


其れまで掛けていた眼鏡を外し、テーブルの上に柄を畳んでそっと置く。椅子の背に掛けていたジャケットへと振り返り、内ポケットから老眼鏡を取り出して掛け換える。目の前で両肘をついている娘が、その一部始終をにこやかに眺めている。今どきの若い子にしては、スマートフォンには目もくれずに居るのは珍しいな…などと関係ないことを一瞬考える。おもむろに娘が僕に訊いた。


「ねぇ?ママのどんな処が好き?」


「ちょっと…いきなり…。何なのよ…」

困った顔をして母親は娘を嗜める。

そのタイミングで、ちょうど母娘の頼んだ飲み物がテーブルへと届き、会話を遮った。僕は店員から其れ等を受け取ると、二人に其々差し出した。母親が其の両方を受け取って、先ずはコーラを娘の前に、次いでビールを自分の前へと置いた。


目の前に広げられたメニューから、すぐにテーブルに届きそうな料理を幾つか、母娘の飲み物を持って来たアルバイト店員にそのまま注文する。

離れたテーブルで「すみません!」と彼を呼ぶ声がした。

注文を繰り返し確認した後で、彼は素早くテーブルを離れて行った。

メニューを閉じ、再び眼鏡を掛け換えると、其れが終わるのを待っていたかの様に娘が言った。


「ねぇ?ママのどんな処が好き?」


遮られた会話を、娘はもう一度同じ言葉で再開させようとする。

誤魔化せはしないぞ…と言わんばかりに首を小さく傾げながら微笑んでいる。


「君の話をする時…かな」

娘に微笑み返しながら僕は答えた。


「え?」「え?」

母と娘の二人が同時に訊き返す。


「いつも君を思い浮かべながら話をする時の、ママの表情が好きなんだよ…僕は」


其れまで以上の笑みを湛えながら娘が言った。

「あはは。私はママの一番だからね」

「そうだね。間違いない」僕も同意する。

「だから一番は譲れないけれど、二番ならいいよ?ママの二番なら許してあげる」

「ちょっと…」

先ほどよりも更に顔を赤くした母親は、娘の背中を軽く叩く。

叩かれた娘は、軽く舌を出し「へへ…」と笑いながら、其の肩を小さく竦めてみせた。コーラの入ったグラスをテーブルの上に高く掲げて彼女は言った。


「さぁ、乾杯しよっ!」


僕たち三人はグラスをカチンと合わせ、乾杯した。



-了-

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