雪のワンピース
菟月 衒輝
雪のワンピース
厳寒の夕方。道端に雪の生える黄昏時。私は人気のない少し太った道をつかつか歩いていました。後で私の足跡のつく雪を見ながら、唯独り歩いていました。
ふと、前を見遣ると、薄手の白いワンピースを着た小学生か、中学生にしては少し幼い雰囲気の少女が一人、こちらにかわいらしい表情を向けて、綿のような雪にサンダルをつけていました。
私は少し小走りに近づきました。
「風邪をひいてしまうよ? そんな格好でこんなところにいると」
すると少女はゆるりと微笑み、髪がゆっくり靡き、
「わたしは大丈夫だよ。きっと」
きっと?
しかし不思議になるくらいの恐怖と、震えるほどの安堵を同時に覚えました。
ダッフルコートを突き抜ける凍てつくような風。
「そうかい? そうなのかね? でも、寒いだろうからこれを着なさい」
私は私からダッフルコートを奪って少女に渡そうとするが、少女は掌を陽に向ける。
「いいの。わたしはこの姿でここに立ってないといけなかったの。それにもうすぐ還るのよ」
このとき私は理解した。なぜ少女は大丈夫なのかを。
「そうだね。もう帰るんだね。気をつけて帰りなよ」
と、少女にさよならを渡した。もう、逢えないから。
ワンピースが白すぎて目を凝らしたせいだろうか、雪の眩しさのせいか、少し目が痛い。
これから私に踏まれる雪を見ながら、今度は両手をポケットに突っ込んでざくざく歩いていたけれど、いたけれど、わたしの前にかなり小さな足跡がぽつぽつできていた。何の足跡なのか考える間もくれずできていく。
ああ、それを見ないために上を向こうか。雪の雲一つだけの上を見る。
それから前に進むことなく数分を立ち尽くさせた。夕方全てを立ち尽くさせた。周りの電燈が雪を融かし始める頃、わたしはまたつかつか歩き始めた。どこへ行く心算だったかを忘れてしまった。
Uターンすればいい話なのだが、そうもいかないのだ。もう振り向けない。
左手で顔を拭ってから人通りの多い道に出た。そこには少女の思い出はなく、ただ道に雪の流れた跡しかない。ここに生きる人々はあの少女を知らない。わたしもあの少女を知らない。
「かえろうか。」
家にかえり、わたしを見つめている、あの少女に向う冥冥の輪を解く。
昨夜死ぬ気で書いたこの地球への最後の手紙を読めないように、読まれないように劈き引き裂き、棄てた。
虚しくも冷え切った身体を湯船で温め直す。寒いから何時間も温めた。
温もりから這い出て、洗面所の鏡を見た。あの少女の
ふふふ。わたしはこんなに大きくなったけど、ちゃんと元気でやっているよ。
一体誰に伝わるのだろうか。
そうして、そうして、また四季を巡ると思うと少しの嬉しみと、ちいさなかなしみと、些しの郷愁が同じく身体を巡ってくるのです。
雪のワンピース 菟月 衒輝 @Togetsu_Genki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます