第107話 血毒

 竜種の中でも真なる竜と呼ばれるのは、人間の言葉を理解し、人間の魔法を使い、人間と意思疎通出来る、強大な竜のことである。

 エルフは竜と友好関係にある。特にハイエルフは同じ長命種ということもあってか、竜との友情を育む者が多い。

 エルフがその特別に美しい外見を持ちながらも、奴隷などになることがまずないのは、竜との友好関係が存在するからとも言われる。


 血毒竜ラルフェルは、そういった竜のスタンダードからは外れた存在である。

 とにかく人型と見れば、人間だろうが魔族だろうが食い散らかす。

 エルフさえもがその対象外ではない。

 同じ真なる竜からも、狂っていると言われている存在だ。

 様々な権能は持っていても、実体を普段は持たない神に比べると、オーフィルの頂点捕食者である竜の中でも、最も危険な一頭とも言っていいだろう。


 それを倒しに行くわけであるが。

「確認だが、躊躇なく殺しに行くんだよな? 交渉とか説得じゃなく」

「ラグトウスがどういう約束をしたのか分からんからなあ」

 悠斗の確認にも、雅香は首をひねるだけである。


 竜殺しというのは確かにオーフィルの誰もが認める、英雄の証明である。

 だが今後のことを考えるとラルフェルさえも、この世界の戦力とはしたいのだ。

「下手に味方のふりをされても厄介だ。ここは素直に経験値になってもらうしかないな」

 雅香が基本的に、この集団の意思はリードしている。

 悠斗が否と言えば集団の考えが二つに分かれてしまう。下手に最善手を模索するよりも、統一した意思が重要だ。




 魔境となっていた森林地帯を越えて、沼地に入る。

 毒ガスの噴出す生命のない大地であるが、微生物レベルならそれなりの生命は存在している。

 ここで戦うとしたら足場がなくて嫌だなと思っていた悠斗であるが、幸いにもやがてしっかりとした岩地に変わってきた。

 それにしても生命の気配がない。

 しかし感じ始める。ここまでダダ洩れで、魔力が発せられている。


 竜がいる。

 血毒竜ラルフェル。一つの国を単体で滅ぼす、勇者や魔王も手を出すのは躊躇する存在。

「この距離で届くのか」

「タラスとはまた違うわね」

 悠斗の言葉に、エリンが返す。


 彼女は竜の友人であるハイエルフだ。

 竜の生態は個体によって大きな差があるが、ある程度共通しているものもある。

 そもそもあれを全部竜とまとめてしまっていいのかも疑問だが。


 あちらもこちらを感知したのか、巨大な魔力の反応が接近する。

 高空より現れたのは、錆びた血液の色にも似た、赤い鱗の竜。

 チルレスのような紛い物ではなく、飛行手段を持つ強大な竜だ。

 その咆哮は空気を震わせ、なまじな者であれば発狂するほどのプレッシャーをかけてくる。


 誰が言うでもなく、前衛は武器を構えて、後衛は魔法の発動にかかる。

 ラルフェルという竜の力は、他の多くの特徴もあるが、まずはそのブレスだ。

 赤い霧のブレスは生物を溶かしてしまう。酸にも似たブレスであるようだが、酸とは違って気体か霧状の液体なのだ。

 このブレスの対策がまず、ラルフェル討伐のためには必須なのだ。


 距離、およそ50メートル。

 魔法でも届く距離であるが、赤黒い竜はそこでもういきなり、ブレスを吐いた。

 ラグゼルが魔法の障壁を展開する。伝説が正しければ吸ったりすることはおろか、皮膚に付着しただけでも恐ろしい。

 それが障壁によって遮断されたのを見て、すぐさま雅香は解析した。

「これは化学物質じゃないぞ! 微生物だ!」

 さすがに予想だにしない正体であった。




 生物を溶かすというラルフェルのブレス。その正体は微生物。

 地球にだって様々な毒ガス兵器はあったのでその類かと思ったが、化学物質による中毒などではなく、化学反応を起こす酸などでもなく、微生物。

 体内にそんなものを飼っているラルフェルの生態も気になるが、これはかなりやりにくい相手だ。


 オーフィルの科学はおおよそ地球よりも遅れているが、微生物については知られている。

 レンズを使った顕微鏡までは存在するため、ウイルスはともかく病原菌も発見されているのだ。

 だがこのラルフェルのブレスに含まれる微生物が、どれだけ凶悪なものかは、悠斗にはすぐに解析する手段はない。

 だが神剣ならば可能だ。


 悠斗の地球知識を元に、神剣の権能で分析する。

 主として蛋白質を主食に、生物の細胞を溶かして吸収し、爆発的な速度で増殖する微生物。

 嫌気性であり空気に触れた状態では一分ともたずに死亡するが、食料となる生物の細胞を溶かしてそこに潜り込むことによって延命を図る。

 重厚な体毛や鱗がある生物は多少耐性があるが、どのみち粘膜に接触すればアウトであり、その部分ごと切り落とすか、火で処理するしか脱出の方法はない。


 なるほど、分かった。

「体内に入られたら終わりだ! 肌などに触れたらそこを抉り取るか、火で肌ごと殺せ!」

 触れればそれでおしまいだが、食料がなくなればそれほど長くは生きられない。

 だがなぜ、という疑問が悠斗の脳裏に浮かぶ。

 そしてそれは雅香も同じようであった。


 手の中に作り出した、漆黒の槍。

 かつて魔王として使っていたそれを、ラルフェルに接近し、すれ違いざまに突き刺す。

 滅びの槍。悠斗を前世で殺した槍だ。

 ラルフェルが強く吠える。それは確かに与えたダメージであった。

 しかし流出する血液によって、槍もまた溶けてします。


 雅香の槍は生物素材だ。それが溶けてしまった。

「ラルフェルの血にも触れるな! 血がブレスと同じようになっている!」

 下手な攻撃も出来ない。


 体の中を、生物を溶かして吸収する毒のような微生物が満たしている。

 そしてそれをブレスとして吐き出すことも出来る。

 また巨体はそれだけで力となり、強化した悠斗たちでも、ほとんど鎧に意味はないだろう。

 いや、金属の鎧であれば、血を浴びても平気だという程度の意味はあるのか。


 血飛沫を浴びても平気なほどにガチガチに防御を整え、接近戦をする。

 だが生物素材は多くが微生物の食事となるため、全く油断する隙もない。

 しかしこんな、全てを殺しつくして食い尽くすような存在が、どうやって存在し続けているのか。

 ラルフェルはこの、凶暴な微生物を宿した、革袋のようなものか。

 

 だがその強さの秘密は分かってきた。

 一体で都市を滅ぼすという秘密。数百年か数千年を生き続けて来たその秘密。

 半分はもう、魔力的な存在だ。生物と言うよりは精霊に近い。

 だからこそ竜という幻獣種なわけだが、魔法による防御を完全に行える少数のパーティーならば、倒せなくはない。


 全ての手の内を見たわけではないが、ここまでの情報ならどうにか出来そうだ。

 雅香と二人、先頭に立って悠斗はラルフェルと向かい合う。

 空からこちらを睥睨している究極の生物であるが、殺せない存在ではない。

「まずは逃走手段を奪わないとな」

「ああ。そちらの神剣の防御は大丈夫か?」

「こちらは元々そういうものだしな」

 神剣には返り血を浴びないようにする、基本的な権能も持っている。

 実戦ではそんなに役に立たない権能であるが、ラルフェル相手にはひどく役に立つ。


 まさかとは思うがこの権能は、ラルフェルを倒すために、これまでに挑んで倒れた戦士たちの願いが作り出したものなのか。

 それを知る術はないが、確かに言えるのは、ラルフェルを相手にするなら最大のダメージソースは悠斗である。

 前衛はほとんどが目くらましに動いて、悠斗を援護する。

 後衛もまた防御を重視するが、時折攻撃を混ぜていい。

 勝ち筋が見えてきた。

 まずは情報戦でこちらの勝ちだ。

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転移、のち、転生 ~元勇者の平戦士~ 草野猫彦 @ringniring

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