第4話 馬車

 駆けつけると盗賊が殺気のこもった目で一斉にこちらを見る。

 すいません、止めて。

 注目しないで。

 おまわりさんこっちです。


「君達、いいかね。人から暴力で金を奪うのは犯罪だ」


 盗賊達は目配せすると一斉に俺に向かってきた。


「止めて、こないで」


 俺は目をつぶって両手を前に突き出した。

 目を開けたら、転がっている盗賊。

 天罰再びか。

 エメラルさんは俺の後ろで弓を撃ちまくっていた。

 チャンスと見た馬車の護衛が盗賊を次々に討ち取っていく。

 戦闘力『はははは』の正体は豪運なのかも。


「やはりな。邪……だな。里に報告しなければ」


 エメラルさんが呟くのが聞こえた。

 里でも言われたな。

 邪し、邪眼って事か。

 通りでゴブリンが怯えるはずだ。

 でもエメラルさんは邪魔だと言いたかったのかも。

 きっとそうだろう。

 ヒモはヒモらしく邪魔にならないよう生きるべきだろう。


「ご助力かたじけない。お名前を伺いたいたいのだが」

「私はエメラル」

「ヒモです。平凡なヒモです」


 エメラルさんの俺を見る目が冷たい。

 すいません、見捨てないで。


「ヒモとは変わった名前ですね。どちらの出身ですか」

シリョウカ資料課です」

「まさかの死霊化。人間だとは思っていなかったが悪霊だったとはな」


 エメラルさんの呟きははっきりと聞き取れなかった。


「四領下とは聞いた事がありませんが、遠い国なのでしょうね」

「はい遠いです」


「姫様危険です」


 お姫様としか言えない女の子が馬車から降りて来た。


「勇者に感謝を」

「私はエルフです。盗賊は許せません」

「すいません、勇者でなくただのヒモです。何も出来なくて、すいません」


「風魔法を行使したのはどちらの方ですか」


 俺とエメラルさんは顔を見合わせる。

 ほえ、何の事。

 姫様の視線は俺に固定されている。

 これが噂のモテ期か。

 たぶん、何このキモイおやじって、にらんでいるだけなんだろう。


「すいません、神の御技です」

「そういう事にしておきますね。ごきげんよう」


 優雅におじぎして、お姫様が馬車に戻って行く。

 お偉いさんとの会話は疲れる。

 出涸でがらしのお茶が懐かしい。


 宿屋では何もなかった。

 甘い生活なんてなかったんや。

 朝起きてギルドに行くとエメラルさん宛てに伝言が届いていた。

 アジェッシュ伯爵家からご招待だそうだ。


「朝は低血圧で」

「ごちゃごちゃ言わないで行くぞ」

「気が乗らないなぁ」

「こいつ本当に悪霊か。ただのおっさんに見えるんだが、この擬態が巧妙すぎる」


 またもエメラルさんが何かつぶやく。

 最近多いな。

 もしかしてストレスが溜まっているのかも。

 なんならマッサージしてあげましょうかとは言えない。

 脳天に矢を突き立てられそうだ。


 俺は引っ張られるように高級宿の前に立った。

 フロントで取次を頼むと部屋に案内された。


「アジェッシュ伯爵です。この間は娘が世話になりました」


 些少さしょうですがと執事らしき人が皮袋を渡してきた。

 俺はうやうやしく受け取ってお辞儀する。


 反対にエメラルは偉そうな態度を崩さない。


「私はやるべき事をやっただけだ」

「どうでしょう。娘の護衛について頂けませんか」

「私どもでよければやる」

「それはありがたい。娘は千里眼スキルのような物をもっていて、お二人と一緒に行動すれば無事、学園に辿り着けると言うのです」

「ほうそれは興味深いな」

「興味があれば、道中、娘から色々と聞けると思います。入って来なさい」

「アジェッシュ伯爵三女シーラです」


 カーテンシーというのだろうか。

 それを披露されて、おっさんは優雅さに圧倒されそうだ。


「エメラルだ」

「ハジメです」

「存じております。そちらはヒモと言われるのではなかったですか」

「ヒモのハジメです」

「ああ、冒険者特有の通り名ですね」

「好きなように考えて下さい」


「ハジメ様は武器をお持ちにならないようですが、何か理由が」

「すいません、劣化スキルを持ってまして。すぐ物を壊すのです」

「顔合わせはこれぐらいでいいだろう。私達は護衛だからな」

「ええ、ではのちほど」




 伯爵との会合を終えて準備に掛かる。

 馬車を護衛するには馬が必要らしい。


「すいません、馬に乗れないのですが」

「私の前と後ろどっちが良い」


 なぬ、相乗りとは。

 おっさん、興奮して夜眠れないですぞ。


「後ろにして下さい」


 前だと弓で叩かれそうだ。


「言っておくが、変な気配を見せたら、振り落とすからな」

「はい、分かっております」


 イエス・マム。

 明日からはエメラルさんと相乗り三昧。

 たぎるぞ。実にたぎる。

 これは井戸の水を浴びて、念入りに加齢臭を落とさなければ。

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