第2話 エルフの里

 連れてこられたのは樹の前。

 やはり、ぽとりと実が落ちてくる。

 実はリンゴに似ていて黄金色だ。


 熊は実を鼻で押して俺の方に寄せてくる。

 食えってことなんだろうな。

 腹は一杯だけども、せっかくだから頂くよ。


 味は普通だな。

 熊から殺さないでと声が聞こえる。

 おー、翻訳の木の実か。

 流石、異世界。

 青いたねき製のこんにゃくみたいだ。


 熊を優しく撫で始める。

 熊は終始、震えていた。

 ずいぶんと臆病な熊だな。

 あんなので生きて行けるか心配だ。

 俺を見習うと良い。

 俺はしぶといぞ。

 給料泥棒と呼ばれて、はや十年。

 謝り倒す事で生き延びてきた。

 機会があったら、熊に謝りの極意を授けてやろう。


 熊が立ち去り、突然、樹の後ろから耳が尖った女性が出てきた。


「お前、知恵の樹の前で何をしている」

「すいません。熊の奴がどうしてもと言うもんだから」

「ここは聖域だ。一般人は立ち入り禁止だ」

「すいません。すぐに出て行きます」

「迷いの結界が働くはずなんだがな。怪しい奴だ。死んでもらう。食らえ」


 流れるような手さばきで引き絞られて放たれる矢。

 矢は俺の体表で跳ね返った。


「なんで刺さらない」

「すいません。劣化能力なんです。全てはこいつが悪いんです」

「矢尻が潰れているな。そうか劣化能力か。なんか違う気もするが」


「とにかく物を壊すのが得意です」

「ちょうどいい。お前にぴったりの仕事を見つけた」

「三食昼寝はついてますか」

「贅沢な奴だな。ほれこれを劣化させてみろ」


 投げ渡された青く光る石をお手玉してからキャッチした。


「劣化しろ、劣化しろ。こんなのでいいのかな」


 試しに石を軽く握ってみる。

 砂になって零れる石。

 やっぱり劣化しましたか。


「もったいない、袋に入れるんだ」


 渡された皮の袋に砂になった石をいれた。


「でかしたぞ。これをそうだな一日一回やれば三食保証しよう」

「本当にそんな事で」

「私はエメラル。見ての通りエルフだ」

「ハジメです。種族は『はははは』です」

「聞いた事のない種族だな」

「笑ってやって下さい」

「まあいい、里に案内する」


 エルフの里は樹を利用して建てられていた。

 ツリーハウスという奴だな。


「これより裁判を始める」

「被告人は無断で聖域に侵入したとあるが間違いないか」

「すいません。熊の奴が悪いんです。俺は嫌だといったのに無理やり」

「はい」

「何だね弁護人」

「被告人は熊に追い立てられ侵入したと言っています。故意ではありません」

「よろしい、認めます。判決、被告人を懲役100年に処す。ミスリル鉱石砕きの仕事を与えるものとする」

「そんなー」


 俺の首と手に枷がつけられる。

 パキッと音がして割れる枷。

 やっぱり。

 劣化さんは良い仕事をする。


「お前はなんだ。この枷は鋼鉄樫の木で、できているんだぞ」

「すいません。劣化能力の奴が勝手に仕事するんです」

「まあいい、装備も無しで森に入ったらあの世行きだ。逃げるんじゃないぞ」

「はい」


 とりあえず待遇を見てから決めようと思った。

 ツリーハウスに入ると梯子が外される。

 これは落ちたら死ぬな。

 当分は逃げないでおこう。


 ツリーハウスの中で一夜を過ごし朝になった。


「仕事だ」

「えっ飯は」

「仕事が終わってからだ」


 あの砂にした青い石が渡される。

 軽く握ると砂になり皮袋の中に落ちて行った。


「早く飯をくれ」


 朝食が運ばれる。

 山菜の炒め物と何の肉か分からない物が串焼きで出てきた。

 味はまあまあだ。

 これなら百年過ごすのもやぶさかでもない。

 ただ、娯楽が無いのが玉にずだな。


 食器は全て木で出来ている。

 囚人に反抗されない為かな。

 そういえば食器は劣化しないな。

 皿を掴んで念を込めると、ピシリと音が。

 ある程度はコントロール可能なのかな。

 服が壊れないのだから、もっと早く気づいても良かった。


 これならゲームが出来そうだ。

 看守とチェスや将棋やリバーシなんかやれば時間は潰せるな。


 そんな事を食後に考えていたら看守が登ってきた。


「おい外に出ろ」

「すいません。死刑だけは勘弁して下さい」

「死刑じゃないが、似たようなもんだ。可哀相にな」


 俺はナイフで脅され渋々と外に出たところ、そこには武装した戦士の集団が待ち構えていた。


「この里に魔獣の群がやってくる。諸君らには健闘を期待している」

「すいません。状況が分からないんですが」

「お前は囮だ。先頭で魔獣に食われろ」

「そんな」

「役目を果たせば減刑百年だ」

「すいません、勘弁してください」


「お前、男だろ。覚悟を決めろ」

「エメラルさん、無茶言わないで下さい」

「よし、生き残れたらお前と一生付き合ってやろう」

「それってプロポーズですか」

「エルフにとって百年などあっという間だ。衣食住の面倒をみてやるってだけだ」

「そうですか」

「それに拒否しても戦士が負けたら里が蹂躙じゅうりんされる。早いか遅いかの違いだ」

「進んでも死、とどまっても死ですか」

「そうだな」


 俺は集団の先頭で魔獣の群に立ち向かった。

 土ぼこりをあげて魔獣の集団がやってきて俺の目の前でぴたりと止まった。


「君達、暴走したい気持ちも分かる。若者だからね。しかし、近所迷惑も考えなければいけない」


 強敵、迂回すると魔獣が口々に言う。

 後ろの戦士軍団に恐れをなしたのだな。

 俺は安堵で腰が抜けた。

 地面に手を置き立ち上がろうとする。


 突如、轟音と共に地割れが起き魔獣の群を飲み込んだ。

 んっ、神の怒りか。

 恐ろしや、恐ろしや。


 戦士のひそひそ声が耳障りだ。

 何を言っているのだろう。

 俺を見る目がなんか変だ。

 きっと俺の豪運をうらやんでいるのだろう。

 そして、俺達は里に凱旋した。

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