ステータスチート、勘違いされる~魔剣に切られてもドラゴンにあぶられても無事なのは全て劣化能力のおかげです~

喰寝丸太

第1話 転移

 俺は参柳さんりゅう はじめしがない窓際のおっさんだ。

 今日も出涸でがらしのお茶が美味い。

 ふぁ。

 俺の椅子と机はどこだ。

 くそ、遂に人事はここまで外道に落ちたか。

 サラリーマンのアイデンティティである椅子と机を奪うとはなんたる悪行。


 レンガの町並みが見える。

 ありゃ、ここはどこの外国ですか。

 自慢じゃないが外国語なんて喋れた試しがない。

 現地で学べという地獄の研修か。

 良かろう。

 仕事せずに十年間生き抜いてきたサバイバル術を見せてやろうじゃないか。

 必殺、窓際アイ。

 ふむふむ、外国では尖った耳が流行りですと。

 帰ったら給湯室でくっちゃべっている女の子に自慢しなくては。

 必殺、窓際イヤー。


「ラニ・チミラ・ラカトナトチミ・ラモチイミニ・ノニキチ・チスナツラ」

「ミチミシイ・シチンラ」

「トチカトナノニノチスチ・ミニスチミシイ・ニスナンラ」


 はい、全然分かりません。

 単語すら分からん。

 くそう、会話教材はどこだ。

 どこに売っている。


「トカチカナト・ラセイミ」


 おっ、なんか四角い板が出たぞ。

 魔法か、魔法なのか。

 魔法があるって事はここは異世界なのか。

 人事の奴ぅ。

 それはともかく、俺もやっちゃうよ。


「へへっ、トカチカナト・ラセイミ」


――――――――――――――――

名前 ハジメ・サンリュウ

種族 はははは

戦闘力 はははは

スキル はははは

――――――――――――――――


 能力が表示されるのか。

 日本語なのはありがたい。


 なんだ俺を馬鹿にしているのか。

 笑われているのだな。

 数値に出来ないほど低いという事か。

 平常運転だな。

 実にすばらしい。

 高い能力なんてものは過労死の素ですよ。


 むっ、パキって言ったな。

 なんだ。

 なにが起きた。

 ワオ、足の下の石畳がボロボロだ。

 これって俺のせい。

 くそっ、スキル『はははは』の仕業か。

 これがあの『参柳さんりゅうさんて物持ちが悪いのね、すぐ壊すんだから。はははは』が具現化したのか。

 劣化能力って奴か。


「わざとじゃないんです。すみません。すみません」


 ぺこぺこ頭を下げてから我に返った。

 給料から天引きされないよね。

 そぉっと、そおっと。

 戦略的撤退だー。


「ぴゅーぴゅー。俺は知らないもんね。石畳が割れたのなんて」


 歩いていたら門の所にきちまった。

 劣化能力は賠償で借金生活に一直線だ。

 ばっちゃも言ってた借金だけはしちゃならねぇって。

 山で暮らそう。

 そうしよう。

 列になって歩く人々の後ろについて行くと列は短くなり俺の番がきた。


「ラニ・トラミミチ・トラナコニシイ・シチニマンラナコナノチ」

「お構いなく。お構いなく。さいならー」


 門番を振り切り、俺は走りに走った。

 気づいたら、いつしか深い森に入っていた。


「おー、でかい木だな。こんだけでかいのだから、実の一つも落とせよ」


 ぽとりと落ちる光り輝く果実。

 心なしか樹が震えている気がするんだが。

 気のせいか。

 微弱な地震でも起きて実を落としたか。

 ところでこれ食えるのか。

 腹も減っているし食おう。

 おー、甘くてジューシーで美味いな。

 もの凄く腹が一杯なんだが。

 十年は暇つぶしの昼寝ができるほど満腹だ。


 ふいに頭上がかげった。

 むっ、『ある日、森の中で熊さんに出会った丸』じゃねぇ。

 こういう時は目を逸らすと襲ってくるんだったな。

 震えだす熊。

 これはあれか俺の劣化能力が恐いのだな。

 熊もボロボロになってしまうのか。

 ごろんと寝転がり腹を見せる熊。


 これはモフって下さいの合図だな。

 もふもふしちゃうぞー。


 もふもふ、もふもふ。

 いやー堪能した。

 そういや劣化しないな。

 劣化能力は物限定なのか。

 俺もやたらめったら生き物を殺すのは好きじゃないから良かったのかも。


 熊が俺の袖を咥えてある方向に引っ張っていく。

 もしかして、熊の家族がいて、そいつらもモフってほしいのか。

 おっちゃん仕事の出張はノーサンキューだけど、出張しちゃうよ。


SIDE:下級神


 私は転移担当の下級神。

 食後に少しうとうとしていた。


「ちょっと、起きなさい。起きなさい。そこに創造神様が」

「はっ、すいません創造神様。なんだ居ないじゃないの」

「あなたそんな事ばかりしていると、下級神から天使に格下げされるわよ。ほら、ほっぺにキーボード痕がついているわよ」

「やだなぁ、おどかさないで下さいよ、先輩」

「見てみなさい。転移者の能力を設定する画面が『は』で埋まっているじゃない」


 ピッと音がした。


「今、ピッて音しましたよね」

「やってしまったわね。能力が決定されたわよ」

「はははは。なんで、『は』を受け付けるのよ。私のせいじゃない」

「なってしまったのは仕方ないわ。後始末をしないと」


 私は大急ぎでマニュアルを読んだ。


「えーと、天界のシステムでは『0』は48番目の文字としてプログラムが組まれているみたい」

「それで」

「『1』は49。『2』は50。文字が入力されると48が引かれて数字に変換されるみたい」

「って事は『は』は?」

「33485番目だから33437」

「つまり『はははは』は?」

「37148507。一般人の37万倍よ。もう駄目。降格、間違いなし」


「隠しパラメーターも全部37万倍なのよね」

「ええ、生命力も力も寿命も全て」

「そうよ。スキルよ。スキル『はははは』なんて存在しないから新しいスキルを作ればいいわ」

「先輩ナイス」


 頑張れ私。


「ふぅ、これが限界。手加減と不殺を付与しただけ」

「穴がありそうね」

「そうなの、不殺って言っても間接的には殺せちゃうってのがなんとも」

「その男が星を壊すような無茶をしない事を祈るのね」

「37万倍では地形を少し変えるぐらいだと思いたいな」

「一キロトンの力を持つ男ね」

「爆弾規模に収まってよかった」

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