第4話


「思ってたよりぜんぜん早く終わりそう。いやあ、これもおばさんのおかげだわあ」

「え、いや、僕は? 僕もけっこうがんばってると思うけど」

「では、この調子でお昼までには終わらせちゃいましょう」


「それでは、私から一つ」

 うん、ゴホン、とナツコさんは喉を鳴らして、歌うように言いました。

「チキンカツ 挟んだチーズは とろとろに サクサク衣に ソースをかけて」

「なにその美味しそうな短歌。ていうかまた食べものに戻ってるけど」

「うちの母は揚げ物にチーズを挟むくせがありまして」

「それはいいお母さんですね」

「いや、カロリーと塩分を少しは考えてほしいけど」


「それでは僕からも一つ」

 ええ、ゴホン、とカイトくんは喉を鳴らして、歌うように言いました。

「顔面の 上でニャンコが 寝てたから 窒息しそうで 悪夢にうなされ」

「さすがですね。ニャンコさん」

「あの時は本当に死ぬかと思いました。今までの死にそうになったランキング第二位です」

「第一位が何なのか興味は尽きませんが、どんどん先に進みましょう。それでは次は私が」


 うん、コホン、とナツコさんは続けます。

「ハスキーな 女性の声を 聞いた母 ハスキーボーイと 自信ありげに」

「なるほど。ボーイときましたか。ボイスではなく」

「女の子にボーイは失礼だったわあ、ハスキーボーイじゃなくて、ハスキーガールよ。と、母は言ってました」

「なるほど。さらに遠くなってしまったわけですね。気持ちはわかりますが」


 それでは僕が、とカイトくんは言いました。

「流れゆく ソーメン追えど 離れゆく 深追いすれば 次も行き過ぎ」

「なるほど。流しソーメンあるあるですね。なかなかの切なさではないでしょうか」

「ソーメンを流すことに、いったいどのようなメリットがあるのかを世に問うた、社会的短歌です」


 それでは私が、とナツコさんは言いました。

「病院で 血を抜く注射の 太さ見て 血の気が失せる 血を抜く前に」

「なるほど。悲壮感の漂う短歌ですね。ある意味ホラーかもしれませんね」

「見ただけで、ふわあっとなります。危険です」


「それでは、僕からも一つ」

 ゴホン、と喉を鳴らしてカイトくんは続けます。

「のり巻きだ 恵方巻きでは なくてだな ただの太巻き のり巻きなのだ」

「なにそれ。意味がわからない」

「いや、だって、ただの太巻きじゃない」

「まあ、言いたいことはなんとなくわからないでもないけど。だからと言って、なのだ! って力強く宣言するほどのものでもない」


 それでは私が、うん、コホン、と喉を鳴らしてナツコさんは続けます。

「読んでいる この小説が おもしろく だから評価を してみたくなり」

「なんのこと? この小説、ってどの小説?」

「いいの。なんとなく言ってみただけだから。ここはさらりと流してちょうだい」


 それでは僕が、ええ、ゴホン、と喉を鳴らしてカイトくんは続けます。

「上の歯を なくした祖母が 噛み砕く 固いせんべい 下の歯だけで」

「それは、物理法則に反していませんか」

「そんなこと言われましても、事実ですので」


「なんだかんだ言って、あと一つ。それでは、最後は私が」

 ナツコさんは居住まいを正して、歌うように言いました。

「できたのは ロマンスからは ほど遠い 食い気の目立つ 短歌ばかりで」

「うん、まあ、そうだね」

「うん、まあ、これはこれで、よしとしよう」


「そのノートを、そのまま提出するの?」

「便せんに清書して、厚紙で挟もうかなと思ってるけど。表紙にどどーんとタイトルをつけて」

「タイトル? どんな?」

「ええとね、オーバー・ザ・ホームワークス、にしようかなと思ってる。このオーバーはね、ダブルミーニングになってるんだよね。一つは、見過ごすみたいな意味。夏休みの最終日まで宿題をやってなかったからね。それと、乗り越えるみたいな意味。宿題を無事に終わらせたからね」

「へえ」

「それで、タイトルの下か上あたりにキャッチコピーとして、なにか短歌を一つ書いときたい」

「へえ、どんな?」

「それはまだ決めてないけど。いちばん最初の、宿題をやってなかった、みたいなやつにしようかな」

「ふうん」


「いやあ、でもまさかお昼に終わるなんて思ってなかった。正直、徹夜も覚悟してたし」

 ナツコさんは開いたノートを眺めながら言いました。

 上に、下に、ノートに視線を走らせていたナツコさんが、突然大きな声を出しました。

「あっ!」

「え? なに? どうしたの?」

「え? いや、なんでもない」


 お母さんが、ナツコさんとカイトくんを呼んでいます。どうやらソーメンができたようです。

 二人は部屋から出ていきました。


 ナツコさんは何に驚いたのでしょう。

 開いたままのノートをのぞき込んでみました。



(1)いつだって 協力するよと 言うきみに 手伝わせてる 私の宿題

(2)続いてる 言葉を数えて 八文字で 字あまりだけど これでいいかな

(3)ママチャリで 二人乗りして ドリフトし こけて飛び出す 後ろのあなた

(4)電撃の 速さでトイレに 駆け込めば 結果的には もらしていない

(5)もぎたての バナナはすでに もがれてて もはやバナナは もがれはしない


(6)お寿司食べ しょうゆはネタにと 言われたが 私はシャリに しょうゆをつけたい

(7)サラダには ドレッシングは かけないで それが野菜の おいしさだから

(8)なぜなのか ドレッシングを かけないで サラダに価値が あると言えるか

(9)なきにしも あらずと言えば あるけれど なくはないとも 言えなくはない

(10)字があまり 削ると今度は 字が足りず 言葉を変えたら 意味がわからぬ

(11)右ひざの 痛みに耐えて 筋トレし 変な姿勢で 左も痛める

(12)できるなら そこで寝ている ニャンコにも 手伝ってもらう わけにはいかぬか


(13)いかんせん カロリー・ハーフの マヨネーズ 味が薄くて 二倍かけたい

(14)食べものの 短歌ばかりが できていく 私の欲する ロマンス皆無

(15)イスを買い 高級なので 頑丈そう 強度を確かめ 折れた背もたれ

(16)消さないで 黒板消しは 消していく 私とあなたの 相合い傘も

(17)ドーナツの 中心の穴は ドーナツの 内側でもあり 外側でもある


(18)好きな子の 浴衣姿を 見てたから 花火の音しか 思い出せない

(19)きれいだね そう言うあなたが 見てたのは 花火でしょうか 私でしょうか

(20)残るのは 氷で冷めた 温度だけ 蜜の匂いも 色も溶けゆく

(21)消えないで 最後のマッチは 風に消え 線香花火に ともることなく

(22)もう一度 声に恋して 聞きたくて 歌声を聴き 冷静になる

(23)チキンカツ 挟んだチーズは とろとろに サクサク衣に ソースをかけて

(24)顔面の 上でニャンコが 寝てたから 窒息しそうで 悪夢にうなされ


(25)ハスキーな 女性の声を 聞いた母 ハスキーボーイと 自信ありげに

(26)流れゆく ソーメン追えど 離れゆく 深追いすれば 次も行き過ぎ

(27)病院で 血を抜く注射の 太さ見て 血の気が失せる 血を抜く前に

(28)のり巻きだ 恵方巻きでは なくてだな ただの太巻き のり巻きなのだ

(29)読んでいる この小説が おもしろく だから評価を してみたくなり

(30)上の歯を なくした祖母が 噛み砕く 固いせんべい 下の歯だけで

(31)できたのは ロマンスからは ほど遠い 食い気の目立つ 短歌ばかりで



 順番に読んでいって気がつきました。

 もう一つ、短歌ができていたのですね。

 それも、ナツコさんの望んでいた、甘くて切ないロマンス系の短歌が。


「いつまでも 幼なじみで いたいけど 好きの気持ちが 花火のようで」


 しかも、ナツコさんとカイトくんの二人にぴったりです。

 私は嬉しくなって、思わず声が出てしまいました。



「ニャン」

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