忘愛症候群

@yutaka-h

忘愛症候群


少しだけ期待していた。

きっと彼女が思い出してくれるんじゃないかって。

彼女が僕を忘れてから1ヶ月がたった。

あの日の彼女の顔と僕だけを拒絶する冷たい声を一生忘れることは無いだろう。



彼女が僕のことを一向に思い出す気配はなかった。

毎日お見舞いに行くけど、僕を殺すような目で見つめてくる。

けど、そんな日もこれで最後だ。


僕が死んで、彼女が僕の事を思い出した時、悲しませてしまう。そんなことわかっていた…


君にそんな意地悪はしたくなかった。

けど…


僕は寝ている君の枕元に1本のビデオテープと手紙をつけた最期のプレゼントを置いた。


君はまだ寝息をたてて寝ている。


拒絶されない今だけなら、このくらい許してくれるよね…?


寝ている君に優しくキスをして、頭を撫でた。

今までありがと。君に逢えて幸せだったよ。


僕が居なくても、幸せになるんだよ…?



彼女の手を優しく握った後、少し君から少し離れた。


君とのたくさんの思い出を思い出しながら…



首に刺さったナイフは、赤い血で染まった。

脈が弱くなって意識が遠のいていく感じがした。



あ、俺死ぬんだな…

そう思った時…


「ねぇ…ねぇ!」

ふと顔を上げると、驚いた様子で泣きながら叫ぶ彼女がいた。


「お願い…死なないで…まだ一緒にいたいよ…」


君が僕のことを忘れている間もずっと想っていた。

大好きな君のことを。

せっかく思い出してくれたのに…

死にたくない…嫌…だ……







最愛の彼が目の前で死んだ。

目の前で真っ赤な血で染まっている彼に優しくキスをした。

ここ数ヶ月、何があったのか思い出せない。

けど、ずっと心に穴が空いていた。

何かが足りたい気がしていたんだ。

大切な何かが…

彼が死んでしまってから、私は彼のことを忘れていたのだと気がついた。

彼はこんなにも私のことを想ってくれてたのに

それなのに…私は…



私も彼の元へ行こうと立ち上がり、ゆっくりと歩いた。

「これから行くからね」

そう言って、窓枠から乗り出そうとベッドに乗った時…

カチャン…と何かがおちる音がした。

音のした先を見ると彼の字で書いてある手紙付きの箱とカセットテープが落ちていた。



手紙を開けてみると、そこには震えた字で


“最愛なる君へ”と書いてあった。




最愛なる君へ


この手紙を読んでいる頃には、きっともう僕は居ないでしょう。

先に旅立つこと、許してください。

君がいない毎日はとても辛かった…

君の記憶が戻るのをずっと待っていた。

けど、記憶が戻るのには僕が死ぬ必要があると知った。

だからね、まだ君との記憶が鮮明なうちに、君が思い出してくれることを希望に、僕はこの世から消えることに決めました。

今までありがとう。

僕が居なくても、どうか幸せでいてね。

君に出逢えてよかった。

大好きです。


P.S.

箱の中に、僕が君に渡す最期のプレゼントが入っています。

どうか、僕のことは忘れて幸せになってね。




箱を開けると、綺麗な青色の勿忘草とペアリングが入っていた。

ペアリングの内側には、私の名前と彼の名前のイニシャルが掘られていた。



手紙の最後を読むと、小さな文字で英語が書いてあった。


I hope that happiness will forever continue for you.

あなたにいつまでも幸せが続きますように。




私は泣きながらリングを手にはめた。

彼の左手には、私と色違いのリングがついていた…



眠っている彼の手を取って、優しく握った。



私も、あなたがいない世界は意味が無いんだよ。

これから私もあなたの元に行くね…。



彼から離れようとした時、最後に彼が残してくれたビデオテープが目に入った。


(やっぱりこれもみるべきだよね…)


再生してみると、かなりやつれた彼が映っていた。


動画は「あれ、カメラちゃんと回ってるのかな…」と言う、少し天然な彼の声から始まった。



えっと…君がこれを落ち着いて見れてるってことは、僕はもうこの世に居ないってことだと思う。

君より先に死んじゃってごめんね。

今まで黙ってたけどね、実は…僕とても重い病気だったんだ。

治療法がなかったし、病気に負けるなんて嫌だったから、自ら命を絶った…。

ごめんね。

…僕は、君に幸せでいて欲しい。

だから…もう僕のことは忘れてください。

今までありがとう。


大好きです。



ビデオの奥に映る彼の目からは涙が零れていた。



手紙と矛盾してるのは、最期に嘘をつきたくなかったからなのか、それとも両方本当なのか…。

病気のことは、本当かどうか分からない。

もう彼は居ないから…

けど、私が本当のことをしって自分のことを責めないようにと思ってついた彼の優しい嘘だとおもう。



全てを見終わったあと、私は涙をふいて、彼の頭を優しく撫でた。

もう彼が反応してくれることは無い。

冷たくなった彼を、ただ見つめることしか出来なかった。



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