第22話 これは願いなんだ。

 屋敷から出る頃には、コリーの瞼は赤く腫れぼっていて、鼻もすすりは止まらなそうであった。けど、それまでの彼とは違う吹っ切れた表情になっていて、瞳の奥は未来に向けられていたのである。


「ありがとう、エーフィー。マリーは天国に登って行った様だ。人形も燃やしておいた。最後に君にお礼を言っておいて欲しいと頼まれてな。改めて礼を言う」


––––願いを叶えてくれて、ありがとう。


 コリーとは別れ、一人と一個で帰路に着く。

 とりあえず、ハッピーエンドにはなったみたいで安心した。結末が幸福だと、例え過程が不幸であっても布石にしか感じない。


「いやー、良い事しましたなぁエーフィー殿! さっすがでございます!」


 媚び売りが上手になった星を胸に抱え、夜の星空の下、涼しい風が頬を靡かせる。

 にしても人前に出ないと定位置は胸なのだな。この変態星め。まぁ気にしないけどさ。


「そーね、結局仕事は見つからなかったけどさ。でも良い気分よ」


 それに、明日には鑑定団が家に来るのだ。しかもエーデル院長も来る。家に帰って最低限の掃除はしておかないとこっ酷く怒られてしまうだろう。


「ホッシーも掃除手伝ってね? 終わるまで寝かさないんだから」


 今日の星の戦績はドーナツを頬張ったくらいなのだ。ドーナツ分は頑張って貰わないと困る。血肉を分けたものだしね。


 家に着き、玄関を開ける。

 すると、いつもの居間から光がこぼれ出してるのが見えた。

 あそこまでの光、強烈である。


「え? え? 何? 誰かいるの?」


 慌てふためいていると、ホッシーがふわりと空中に浮き、颯爽と居間に向かって行った。


「ん? この感じは……エーフィー、急ごう。多分泥棒では無いよ。魔力の波動だ」


 急ぎ居間の扉を開けると、目が眩むような眩い光が全身を包み込んだ。


 熱を放つほどの光量。

 けど、どこか懐かしいこの感覚。

 自分はこれを知っている。


「大叔母様……?」


 次第に段々と光が収まり、発光地点を確かめると、そこには一つの砂時計が置かれていた。ガラス細工の中にはまだ光が宿っている。


「エーフィー、この光は記録だ。触れてご覧よ。恐らく君宛のメッセージかもしれないよ?」


 何故そこまで推察できるのか疑問であったが、一応言われた通りにしてみる。


 光に触れた瞬間、脳内に声が響いてきた。

 忘れる事など出来ない。優しい語り口調。

 ずっと聴きたかった声、夢にまで見た、再会。


––––こんにちは、エーフィー。久しぶりになるのかしら? これを聞いてると言う事はしっかりと宿題に前向きになったと言うことね? 嬉しい。そのお星様にはびっくりしたでしょうけど、決して悪い星では無いのよ? 

 さて本題ね、手紙にも書いていたと思うけど、そのお星様を解放して欲しい。開放の条件はもう分かってると思うけど、「感情に触れさせる」“人の願い“を叶えることで中に砂が溜まっていくわ。どうしてそれを手紙に書かなかったのかって疑問も湧いてるでしょうけど、ごめんなさい。何でもかんでも教えてしまったら貴方の為にならないと思ったの。

 エーフィー、私は貴方を信じてる。必ずやこの宿題を達成出来るとね……。

 だから、どんなに辛くても諦めないで。

 貴方なら出来る、絶対にね。

 愛してる、エーフィー。それじゃあね。


 光は無くなり、砂時計の中には少量の砂と、心の中には溢れ出そうな水が溜まってきている。


「私にも聞こえていたよ、この声がマーフィーなんだね。偉大なる魔法使い。覚えてなくてごめん」


 上を向いて涙を堪える。

 これは、宿題なんかじゃない。大叔母様の、マーフィー・マグの“願い”なのだ。

 自分は願いを託されたのだ。偉大なる魔法使いから。


「謝らなくて……いいよ。ホッシーは悪くない。誰も悪くないの。頑張らないといけないのは私よ」


 息を吸い込み、涙を奥に引っ込める。

 もう子供じゃない、子供じゃないんだ。


「願いを叶える事で貴方が解放されるのね? 大叔母様の最後の願い、必ず叶えて見せる!」



「その意気だよエーフィー! これからどんどん人の願いを叶えていっておくれ。幸いこっちにはゲフュールと言うチート級の魔法があるんだ! これを使えばどんな人でもイチコロさ! 人は感情には逆らえない、心を読まれることにもね!」


 イチコロとは語弊がある。だが、使い道を考えればどんな破壊魔法よりも強力なのは間違いない。極めれば極める程、精度も上がるだろうし、癖も理解すれば、対応の幅も広がる。

 しかも、いきなり商人としてはトップ中のトップの人と肩を並べることが出来たのだ。


「便利な力ね。もっと理解を深めないと」


 とりあえず、明日の準備をしなければいけない。さっさと掃除してゆっくり湯船に浸かりたいのだ。


「じゃ、やるわよホッシー。箒とチリトリ持ってきなさい」


「え〜〜本当にするのかい? せっかく悠々たる気持ちでいたのにさ。ちぇー」


「ぶつぶつ文句言わないの。ドーナツまだ残ってるから、終わったら食べよ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る