第21話 流れ星も悪くないね

 何十年も、死を受け入れず。ずっと、ずっと引き延ばしにしていた。

 認めなくなかった。最愛の妹を病気なんかで失った事を。事実としては認識している。してはいるんだ。

 でも、それを受け入れてしまったのなら、俺はどう生きればいい? 心のどこかで現実を逃避し、いつか戻ってくるのではと懇願していた自分をどう見つめればいいんだ! 何の為に稼いだ金だ? 何の為に……一体何故。


「コリーさん……」


 彼にとって、妹の死は罪悪感の塊なのだろう。そして彼の中ではずっと生き続けていたのかもしれない。だから、あの幽霊屋敷に向かうという事は、過去との決別を意味するのだ。

 最後に残るのは孤独。結果がどうであれ、彼は一人になってしまうのが怖いのだろう。

 先程から色濃ゆく出ている恐怖の色は、その様な意味合いなのだ。


「ああ、すまないね。こんな歳になってまで少女の前で涙を流してしまうとは、とても恥ずかしいよ。近くに公園があったよね? そこに移動しないかい?」


 店内だと人の目もあるし、その提案には賛成だ。


 子供達の喧騒に混ざりながら、近くにある国立公園のベンチに腰掛けた。少しだけ店員さんに我が儘を言って、手で持ちやすい様にドーナツは梱包してもらい、バッグに押し込む。


「なあ、嫌な気分になったらすまないが、一つだけ聞かせてくれないか?」


「はい、嫌な気分は嫌ですが」


「マーフィーが亡くなった時、君はどんな気分だったんだ?」


「そうですね……正直言うと、ひたすらに悲しい気持ちでした。でも、それと同時に夢も持つことが出来たんです」


 英雄だからだろう、葬儀は国を挙げて行われたのだ。

 自分は目立たない様に、ひっそりと献花を添え、すぐさまその場から去った。

 受け入れたく無かったのだ。気持ちの整理がつかず、道端を彷徨っていた時に、見知らぬ人々が涙を流しているのが目に焼き付いてきた。

 その瞬間悟ってしまったのだ、この気持ちは自分だけの物では無いのだと。国の皆が、彼女を誇りに思い、死を悲しんでいるのだと。

 

「その時思ったんです、私も大叔母様みたいになろうって。そして、人々の“願い“を叶える偉大なる魔法使いになる。絶対なるんだって決心しました!」


 一度目の決心は憧れ。

 そして、二度目の決心は決意。


「すごいな君は、死をその様な形で乗り越えれるなんてな。偉いよ。私なんか自分の気持ちばかりで、何も行動することが出来なかった臆病者さ」


「でも今から変われるじゃないですか。会いに行きましょう、マリーちゃんに。会いたがってましたよ」


「変われる……そうだな、変わる時かもしれん。急に“願い“を叶える流れ星がやってきたのだしな。勇気を持って向かうとしよう」


 自分の言葉にムチ打たれたのか、勢いよく立ち、出発の準備をし始めた。

 でもまさかその様に悩んでいるとは微塵も思わず、改めて人の深層の深さを垣間見る事が出来た。


 箒に跨りコリーに合図を出すと、先程とは打って変わって安定した操縦になっていた。もしかして心の迷いが拒んでいたのかもしれない。


 しばらくすると、目的地である幽霊屋敷が見えてきた。後ろにいるコリーに視線を送ると、何とも悲しそうな表情で濃い青色のオーラを放っている。


「着きました、ここです」


「……懐かしいな。それにしてもいつの間にか賃貸物件になっていたとは」


 二歩三歩と歩き、大きなドアの端にある深い傷を手でなぞり始めた。


「この傷、確かマリーが付けたんだっけか。確か家具を作るのに夢中になってた時期だなぁ。あれほど工具は危ないから触るなって言ったのに、言う事聞かずに突っ走っていたっけ。ははは、一体どれほど肝を冷やした事か……」


 今にも泣き出しそうな目で、郷愁的な愛と言うのだろうか、何とも読み取れない表情をしている。

 

「もしかして、ここの傷もですか?」


 今度はドアの下のほうにヒビが入っているのを発見した。表面だけで貫通はしておらず、経年劣化とも取れないぶつけた様な跡もちらほら見受けられた。


「ああ、それは俺だな。重たい商材を運搬していた時に、手が滑って落っことしてしまったんだよ。あれはかなり怒られた。顧客に頭を下げに一週間家を留守にしていたんだ。苦い思い出だよ」


 それから、家の外観だけでポンポンと昔話が山の様に出てきた。どれもこれも面白い話しばかりで、尚且つ苦い経験談でもあった。こんな偉い人でも、失敗は山の様にしているのだ。


「コリーさん、もう入りましょうよ? ほらほら!」


「あ、ああ……よし、入るぞ」


 天井が高く、ロフトの様な木造のデザイン。リビングが広く、空間を贅沢に使っている仕様にしたと言う事らしい。


「壁はあまり作りたくなくてな。マリーはどこにいるんだ?」


「連れてってあげますね。こっちです!」


 二階に上がる階段、一歩ずつ、噛み締める様に登っていく。きっと、階段ひとつでも思い出が一杯なのだろう。


「この部屋です。後は、お二人だけでどうぞ、私は下にいますね」


 せっかくの家族の再会を邪魔してはいけない。しかも、奇跡に近い再会なのだ。お邪魔虫はとっとと退散なのだ。


「ま、待て! 待ってくれ! 一緒に入らないのか? ここまで来ておいて」


「ええ、ここからの時間、私は必要無いですもの。きっとマリーちゃんも二人になりたがってると思いますよ? 頑張ってください!」


 後の言葉は無視して、一階のリビングまで移動した。備え付けの古こけたフカフカのソファーをタオルで拭き、テーブルの上にドーナツを載せる。


「ホッシー、ここならヒソヒソしてれば会話は聞こえないよ、出てきていいよ!」


 バッグの中からぷはぁとため息をしながら星が二足歩行で出てきた。相変わらず器用な動きである。


「ずるいぞエーフィー、君ばっかり美味しい物を食べるなんて! 私だってお腹は減るんだよ!」


「出てきた瞬間文句なんて……家に置いてくればよかったなぁ。せっかくドーナツ食べていいよーって言おうと思ったのに」


「わわわ! さっすがエーフィーだね、流れ星エーフィー! 夜の天使みたいだ!」


 ヘッタクソな褒め言葉である。


 すると、上の方で男が大声で泣いている音が聞こえてきた。

 ずっと会いたかった人に会えたのだろう。


 流れ星も、悪く無いかもしれないね。

 

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