第20話 存在しない事を、証明したくなかったんだね。
「まぁいい、その話しは置いといてだ。早速行こうじゃないか」
コリーは脇にあるガレージに向かい、陸空両用の小型艇を準備し始めていた。
もちろんそんなのはお金持ちにしか買う事は出来ず、実物を間近で見るのも初めてである。
「うわー……なんて高級品。もしかして一緒に乗ってもいいんですか?」
滅多にない機会である。まだ見ぬ境地へと足を踏み出す高揚感が全身を覆い始めた。
艶のあるボディに、内装も革製である。ふかふかのソファーの様なシートに一度でいいから座ってみたい。
「ん? すまないが一つしか席は無くてね。君は箒があるからいいだろう?」
ガッカリ、あーガッカリ。ケチだなぁ。二人分のシートくらい増設できそうなものなのになぁ。
その後、一旦受付まで戻り、コリーと幽霊屋敷まで向かう手筈を整えた。
彼は国の重要人物な為、何時にどこに向かうのかを記録しなければいけないそうだ。理由としては、もちろん消息不明に陥った時の手掛かりとしてであろう。大変である。
自分が今、その様な重要人物と出歩いてると思うと緊張して来た。何だか不安なのだ。マリーちゃんとの会話の記憶に疑問を持ってしまうほどだ。
もしこれでマリーちゃんが出てこなく、自分の言ってる事が出鱈目だと捉えられたらどうなるのだろう。打ち首? 絞首刑? そんな気がしてならない。
城の大門を抜け、青空の下に戻って来た。
適度な晴れ間の天気、こんな日は公園でコーヒーを飲むに限るのだ。
「さあ、道案内を頼むよ。君に着いていく」
という事なので、早速昨日の幽霊屋敷まで箒を走らせるが……。
コリーはあまり外に出ないのか、小型艇はフラフラとおぼつかない様子。お世辞にも操縦が上手だと言えず、見ていて危なっかしいとさえ感じた。
「だ、大丈夫ですかコリーさん? もうちょっと時間が掛かりますので、一旦休憩を挟みましょう。丁度下に美味しいパン屋さんがあるのですよ。コーヒーでも飲んで一息入れましょう」
「う、ううむ、仕方あるまい。君の言う通りにしようかな。いやはやまさか……ここまで衰えてしまうとはね」
事務仕事が祟ったな、と愚痴をこぼしながら下の広場にまで降下するコリーに追従する。
このお店は、シーナとたまに来てはお茶会を催していた場所である。
ここのドーナツは絶品中の絶品。粉砂糖が万遍なく振り分けられ、中にはアンコもぎっしりなのだ。あの甘さは食というよりは体感と言っても過言ではない。
「お腹空いてきちゃいましたね」
「うむ、そうだな。しかしドーナツなんて久しぶりだ、甘い物は控えていたのだが、今日ばかりはいいだろう。だがすぐに食べて出発するからな?」
むむむ、確かに早くマリーちゃんに会わせたいし、本人も呑気にドーナツなんか食べてる気分ではないだろう。でも長時間の操縦は危険なのでしっかりと休んで欲しい。事故なんて起こしたら大変だ。
「はーい、いいですよぅ。ちょっとした贅沢なのでしっかり味わいたかったのですけどね」
こちらの膨れっ面に気付いてしまったのか、やれやれといった表情を見せる。
だって仕方ないじゃないか。ポンポンとおいそれと来れる距離ではないし、普段も忙しいのだ。
「私を誰だと思っている。これくらい100個でも200個でも奢ってやるさ。だからそういじけるんじゃない」
わお、やっぱりお金持ちはスケールが違う。一個を深く味合う身としては、そんな暴食など許されざる行為なのだが、いざ自分が出来る身になると話しは変わってくる。
「私も欲しいなぁ」
唐突にバッグの中から声が聞こえてきた。ホッシーである。
きっと彼女もドーナツの甘美な香りに釣られてしまったのだろう。だが待って欲しい、声を出すなとあれ程言ったのに。
「ん? 今誰か喋ったか?」
「おほほ! いえいえ私達以外誰もいないじゃないですか! 空耳ですよきっと! さぁさぁ中に入りましょう!」
そう言ってコリーの背中を押し、店内へと足を運ばせる。訝しげな顔で一瞥されたが、さも興味のない様な振る舞いをされ、ほっと一息。変な汗がこめかみを流れた。
久しぶりの店内。
まさに理想郷と言わんばかりのメルヘンチックな内装。甘い香りがそこら中から漂い、鼻腔を激しく刺激してくる。
「ほう、お客も多い様だね。ふーむ、今はこの様なお店が流行なのかな」
先程とは打って変わって厳しい表情に様変わり、商売人の血が騒ぐのだろうか。
「いや、今はやめておこうかね。さっさと休憩して、早くマリーの所へ向かわなくてはいけない。エーフィー、とりあえずこれで好きな物を買ってきなさい。俺は適当な席に座って待ってるよ」
そう言って渡された1マデル。いきなりの大金である。パン屋さんで使う金額ではない。
「小銭が大変そうなので、デルで頂けませんか? ドーナツ一個精々3デルくらいなので。店員さんもビビりますよ」
「む、むぅそうか。それなら財布ごと渡す。適当に買ってきてくれ」
無闇にポンっと財布を渡せるなんて流石はお金持ち。もう色々とスケールが違うのだ。
とりあえず適当に買い漁り、コリーの前に並べてみた。
先程甘い物は控えてる話してたので、出来るだけ甘味料が使われてないであろうチョイスしたのだ。
一番驚いたのが、彼が紅茶派という異教徒の……いや、やめておこう。これを口に出してしまうのはいけない気がする。
相手は金持ちだ。暗殺者でも雇われでもしたらひとたまりもない。
もぐもぐとドーナツを食べている間、特に目ぼしい会話はなく、やっと口を開く頃には食後のコーヒーを運んで来た時であった。
「……俺は、本当にマリーに会っていいのだろうか」
「……それは、どういう意味ですか?」
コリーの体が震えているのを見逃さない。怯えている様だ。
「俺は、俺だけが……生き残ってしまった。しかもマリーを何十年とあの屋敷に封じ込めていたって事になるんだろう? 辛かっただろう、苦しかっただろう。そんな甲斐性の無い兄貴になんて会いたくないんじゃないか? もし……もし恨まれてるとしたら……」
激しい罪悪感の色が全身を覆い尽くそうとしていた。
もしかして、自分に嘘を吐いていたのだろうか。
「知っていたんだ、その屋敷に幽霊が出るってな。噂は耳に届いていた。届いていたんだ! 何度も行こうと思っていた。けどな……怖かった。もし幽霊が全くの知らない奴だとしたら、もうマリーには会うことが出来ない。存在そのものが消えてしまうんだ」
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