アダルトチルドレンからの卒業
有間 洋
第1話 アダルトチルドレンからの卒業
離婚して、家を出て、子供たちと離れ離れに独りで暮らすことになってから、私はこの耐えがたい出来事を全部母親のせいにしていた。母親があの時、あんな見合い話を持ってこなければ、あの時、あんなに結婚を急がなければ、今、私はこんな人生を送っていなかったに違いないと。
あの頃は、ボロボロだった。子供たちと暮らせないつらさは絶望に近く、何度死にたいと思ったかわからない。それでも、子供たちのために生き続けなければと、地に這いつくばるようにして生きていた。
あの頃の私は、悲しみと憎しみと怒りを中心に生きていたと思う。心の中に大きなストレスを抱えて、それを誰に言うこともできず、心は過去にばかり執着して、前を向くことができず、ただ死なないように生きていた。
仕事を始めても、うまくいかない。いくつかの職場を経験したが、どこも、人間関係でつまずいて辞めた。
ある時思った。
「もう、自分は2度と働けない」と。
「こんなに生きづらい自分では、どんな職場に行ってもダメだ」と。
「自分はアダルトチルドレンだから、毒親に育てられたから、まともには生きていけないんだ」
「早く、死んでしまいたい」
いつしか、死ぬことばかりを考えていた。でも、私には子供がいる。子供のために、自殺することはできない。
いくつかの職場を経験し、もうボロボロになって、それでも、何とか生きなければと、気が付いたら、私は知り合いのつてを頼って、カウンセラーを探していた。
そこで、出会ったのが、今も3週間に1度カウンセリングを受けているカウンセラーのFさんだ
私は、Fさんに、50年たまった、心の鬱憤を、吐き出して吐き出して吐き出し続けた。心の中の悲しみも、報われなかった自分の思いも、自分を支配している、悲しみや憎しみや恨みや怒りを、Fさんに吐き出した。吐き出し切った。
その間、両親とは話もしなかった。
そうしているうちに、3年の月日が流れた。私は、久しぶりに、仕事を始めた。学童保育の仕事だった。ところが、体力的にも精神的にもついていけず、うつ病になってしまった。もちろん仕事は辞めて、療養生活に入った。
私は、なけなしの貯金と、遠方の両親の援助で今生活している。両親は、うつ病になった私に優しかった。つらくて毎日電話する私のことを父親は受け止めてくれた。
何度か主治医から入院も勧められた。それでも、私は入院が嫌で、何とかしのいだ。私が入院せずにすんだのは、父が毎日の私からの電話を受けとめてくれたからだ。そして、そんな父の陰で心配してくれている母親の気持ちも感じた。
うつ病になるのは、これが3度目だった。でも、その時、私の中で大きな変化が起きた。
「もう、過去のことはいいじゃないか。両親は今こんなにも、自分のことを心配して、援助してくれている。確かに、私は母親のいいなりに生きてきた。そのことは変わらないけど、もうそのことに執着するのはやめよう。いくら過去のことを考えても何もいいことはない。うつ病が良くなるわけでもない。だったら、今を生きよう。悲しかった、つらかった、寂しかった、苦しかった、過去のことは全部流してしまおう」
まるで憑き物が落ちるように、自分の中で、何かが大きく変化して、すごく風通しが良くなったような感じがして、私の中の憎しみや恨みや怒りや悲しみが小さくなって、どこか心の奥深くへしまわれたような気がした。
それからは、両親には感謝の気持ちしかない。感謝の気持ちが自然に湧くというのは、すごく楽だ。
3度もうつ病になったことは、悔しいし、つらいことだけど、そのおかげで、アダルトチルドレンから卒業できたことは、大きな収穫だった。「雨降って地固まる」だ。
アダルトチルドレンから卒業したら、自然とあれほど私を支配していた「死にたい気持ち」も嘘のように消えて、気が付いたら、自分のペースで生きるようになっていた。生きづらさが消えていた。
私がアダルトチルドレンから卒業できたのは、1つは、カウンセラーにとことん、自分の心の中の鬱憤を吐き出して吐き出して吐き出し切ったからだと思う。専門家にちゃんと受け止めてもらって、少しずつ、私の心が過去から今へと、「死にたい」から「生きたい」へとシフトを変えたのだと思う。
もう一つは、過去への執着をばっさりやめたことだ。過去にいくら執着しても、今が変わるわけではない。逆に、今が変われば、過去の見え方も変わってくる。今を大事にすることは、過去や未来も変えてくれるのだと思う。
今、アダルトチルドレンとして、毒親に苦しむ人には、まずは、カウンセラーのような専門家の人に、自分の心の鬱憤を吐き出すことをお勧めする。自分を空っぽにするくらい、吐き出すと、必ず、少し、心に余裕が出てくる。
余裕が出てきたら、少し、今を大切にしてみる。過去の恨みや憎しみを忘れる必要はない。それはそれとして、ちょっと、今に集中してみる。また、過去のことに執着してもいい。でも時々今を感じてみる。
アダルトチルドレンの傷は深いから、そう簡単に卒業できるとは思えない。私も50年近くかかった。いいカウンセラーに出会えたことが大きい。そして、3度目のうつ病のおかげである。
1つ注意してほしいのは、アダルトチルドレンがそうでない人に、話をするのは絶対にやめてほしい。おそらく「育ててくれた親じゃない」とか「親には感謝しないと」など、一般論で返されて、より傷を深くするからだ。吐き出すのは、絶対に、カウンセラーなどの専門家の人にしてほしい。
あと、カウンセラーも相性があるから、そのへんは様子を見ながら、やってほしい。
あなたに、アダルトチルドレンから卒業したいという気持ちがあるなら、それは不可能ではない。決して希望を捨てずにいてほしいと思う。
読んでいただきありがとうございました。
アダルトチルドレンからの卒業 有間 洋 @yorimasanoriko
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