地味な私の変節寸話

静乃 千衣

地味な私の変節寸話

 私は最近、知らない女の子に付きまとわれている。


「ねぇねぇ、とわちゃん。あの人の靴、オシャレだと思わない?思うよね?思うでしょ?」

「…………」


 子どもを甘やかしてはいけない。


 私は返事をせず、視線を揺らすことすらせずツカツカと早足で歩く。20歳の私と小学校低学年くらいの子どもでは、足の長さも歩く速さも違うはずなのに、その子は急ぐ様子もなくスルスルと付いてくる。

 その余裕な感じが更に私を苛立たせる。


「あ、見て見て。あの人、口紅赤過ぎない?ああいうの流行ってるのかなぁ~」


 すれ違う女性をいちいち評論するのは止めて欲しい。思わず釣られて見そうになる。

 チラリとショウウインドウに映る自分を見ると、灰色のちょっとヨレッたTシャツに色が抜けたジーンズ。髪を無造作に後ろに一つにまとめた不愛想な女がセカセカと歩いている。そして後ろにはベビーピンクのゴスロリワンピを来た幼女。なんだこれ。自分で自分の姿に思わず目を逸らす。


 ……すれ違うオシャレ女をいちいち凝視する地味女とか、イタ過ぎるでしょ。


 うるさい子どもを引き連れて買い物する気にはなれない。昨日作ったおでんが残ってるから、今夜のおかずはそれでいいだろう。


 築10年の比較的きれいなアパートの階段を登って、玄関のカギを開ける。部屋に入ると緊張の糸が切れて、ズルズルと床に座り込んだ。


「もぉ!いったい何なの!?」


 座り込んだまま、女の子を見上げる。そう、見上げる形になるのだ。この女の子と目を合わせようとすると。


「え?何が?」


 女の子はキョトンとして、かわいらしく首を傾げて私を見下ろす。


「私に何の用があるわけ!?私、霊媒師とかじゃないからね!?」

「ああ、そういうの気にするんだ。大丈夫大丈夫。別に、とわちゃんに成仏させて欲しいとか恨みがあるとかじゃないから」


 空中にぷかぷか浮いた状態でひらひらと手を振る。その軽い感じにイラッとする。


 私のこれまでの20年の人生は、一言で言うと、地味だ。その言葉に尽きる。声が特徴的なわけでもないし、美人でもない。学級委員とかやるタイプでもないし、部活はずっと帰宅部。あ、中2の時に先生に勧誘されて合唱部に入ったが、半年で辞めてしまった。もちろん、霊感体質とかでもない。


「じゃあ、何なの!?」


 この女の子は4日前、突如目の前に現れた。文字通り、ベッドで目が覚めたら目の前に大きな目があったのだ。鼻が引っ付いてないのが不思議なくらいの距離感だった。寝起きで頭も回らないし、何が何だか意味が分からず、目が合った瞬間もう一度寝てしまった。いや、あれは気を失ったのかも?


「なんでずっといるのよ……」


 以来ずっと付きまとわれている。さすがにトイレとお風呂と着替え中は来ないでと言うと、驚くほど素直に言うことを聞いた。でも、早くどこかへ行ってくれという要望には全く耳を貸さない。


 ……神経がもたないんだけど!


 誰かに見られているという経験が極端に少ないのだ。こんなに四六時中誰かと一緒にいることもなかった。常に気が張り詰めていて、おかしくなりそうだ。


「だって、とわちゃん、このままじゃもっともっと一人になっていくでしょ?」

「だから何よ」


 一人は気楽だ。いつ、何をしようと自由だし、やりたくないことはやらなくて済む。しゃべりたければテレビに向かってしゃべればいい。ひな壇芸人たちと一緒になって一斉に突っ込めば、何かしらおもしろい言葉が返って来る。相手が嫌がるかもとか、話題が浮いちゃうとか、誰かの心を深読みしなくていい。


「もう疲れたのよ」


 彼氏が、実は同じゼミの女の子と私への不満で盛り上がってたらしい。そのLINEのやり取りを、同情されながら、その女の子に見せられた。そういえば、最近よく二人でいるのを見かける気がする。


 ……当然だよね。こんな地味女。今までが奇跡じゃない?


 他人事だと鼻で笑うこの状況は、当事者になってみると案外きつかった。


「そもそも、私、学生なんだもん。卒業して、資格取って、働いて生きて行けるようになればそれでいいのよ」


 そうだ。それでいいんだ。大学には弁護士になるために通っているのだ。他のことなど必要ない。


「そんなのもったいないよ。とわちゃんは美人なんだよ。キレイになってみんなに注目されるんだよ」


 ……上辺だけのお世辞並べるなんて、子どものくせに気持ち悪い。


 そう反論しようとしたら、スマホがブーブー鳴り出した。さっきから通知のランプが光ってるのは目の端に映っていたのだが、ついにリアルタイムでの接触を試みて来たか。


「……もしもし」


 ため息を吐いて緑の通話マークを押す。どうでもいいけど、この受話器のマークいつまでこれなの?黒電話の受話器の形だって聞いたけど。


「……永遠とわ?」


 もうどうでもいいと思っていたはずなのに、囁くような声を聞くと、不覚にも心臓がドクンと音を立てる。


「今日、講義受けてなかったんでしょ?御園さん、心配してたよ?」

「…………」


 ……その御園さんと、LINEで私の事いろいろ話してたよね。


「ちゃんと受けないと。必修科目なんだから落とせないでしょ?資格、取れないよ?」


 ……資格取るためって勉強ばっかりの、つまんない女なんでしょ?


「……そうなの。資格、取らなきゃいけないの」


 問い詰めて、何かの間違いだったと言ってもらおうとする気持ちをグッと堪える。私は、そんなに安い女じゃない。


「だからもう、連絡とるの、止めよう?」


 疑問形になってしまうところが私の弱さだ。どうしても、未練があって突っぱねられない。そんな自分が居たたまれなくなって、急いで電話を切った。


「はぁ……。これでホントに一人になっちゃった」


 本棚の横に置いてあるミニバラの鉢植えを見る。貰ったはいいけど、どうしたらいいのか分からず、とりあえず水だけあげていたが、だんだんと枯れていってしまった。


「わたしがいるから二人だよ」


 人間としてカウントされるんだ?と皮肉が口を突いて出そうになって止めた。いくら荒れてるからって子ども相手に突っかかるのは良くない。


「ねぇ、じゃあさ。とわちゃん、今から違う人にならない?」

「はぁ?」


 言ってる意味が分からない。なにか超人的な力で私を別人にしようとでも言うのか。


「何言ってるの?私は私よ。別の人間になんてなりたくない」


 今、別人になりたいなんて、口が裂けても言いたくない。だってそれじゃあ負けたみたいだ。


「とわちゃんはとわちゃんだよ。だけど、とわちゃん、自分の恰好とか考え方とかにすごく縛られてるでしょ?でも、それってホントにとわちゃん?他のとわちゃんはいない?」


 眉間に深く皺が寄るのが自分で分かる。難しいことを言われているようで、実は難しいことなんて言われてない。要は頭が固いということだ。


 ……なんでこんな子どもにそんなこと言われなきゃいけないのよ。


「とわちゃんは、今のとわちゃんと違う自分を誰に見られたくないの?」


 ……誰にでも、でしょう?


 だって、同じ講義を取ってる地味な誰かがいきなり派手になって登場したら何事?って思う。その好奇の視線を自分が受けるって想像したら、誰だって嫌なはずだ。


「今と違うと思われるのがイヤなんでしょ?だったら知らない人たちになら見られてもいいんじゃない?」






「うわ~ぁ、大変身ですねぇ!すっごい似合いますよぉ」


 試着室のカーテンをおずおずと開けると、店員さんが満面の笑顔で詰め寄ってきた。ものすごいハイテンションで、反論するタイミングを失う。


「うんうん。とわちゃん、足キレイだから絶対ミニが似合うと思ったんだ~」

「いや……いや、やっぱ止めとこう?」


 思わず女の子に話しかける。店員さんがちょっと「ん?」という顔をしたので、やっぱりこの女の子は私にしか見えてないんだなと分かった。


「そぉですかぁ~?でも、これすっごくお似合いですよ?」


 そこまで押しが強いわけではないが、語尾を引っ張る話し方がこちらのリズムを狂わせる。


「上のセーターがベージュだから、下を茶系にするとミニスカートでも派手な感じにならないんですよぉ。大人かわいいって感じですっごくイイと思いますよぉ」

「いいよいいよ。とわちゃん、ちょっと外に出ようよ」


 女の子が遊びに行こうだの食事に行こうだのいろいろと誘ってくるが、端から見れば私一人だ。行けるわけない。


「いいよ。今日はもう帰る」


 昨日の今日で、朝っぱらから美容室に行かされ、メイク道具を買いに行かされ、今やっと服を買い終わった。さすがに疲れた。


「ええ~。じゃあ、明日お出かけしようね」

「無理。学校」


 周囲に変に思われないように、あまり口を動かさず、小声でしゃべる。これも疲れる。


 ……あんまり似合ってる気はしないけどね。


 まぁ、気分転換にはなったかなと、試着室の鏡をチラリと見て、店員さんにタグを切ってもらったそのままの格好で帰った。






「ねぇねぇ、あの服着ないの?髪も下ろしたらいいじゃない」

「うるさいな。だから、そういうのがヤなんだって言ったでしょ」


 それでもうるさく粘ってくるので、アイブロウだけ妥協して、大学に向かった。


「おはよう。永遠」


 大学に着くと、良太が待っていた。昨日の別れ言葉が疑問形になってしまったのが気まずくて、目を合わせないように通り過ぎる。


「待って、どうしたの?なんで急に……何かあったの?」


 良太が心配気に聞いてくる。幼馴染で中学校からの付き合いだ。さすがに、あれだけで別れを切り出されたとは思わないらしい。


 ……意外と図太かったのね。


「別に。良太は良太で楽しくやればいいと思ったの。私は私で楽しくやるから、それが合わなければ一緒にいてもしょうがないでしょう?」

「は?……え、何のこと?急に、何?」


 ……もう、これくらいで察してほしい。


 私だって、まだ「別れよう」ってハッキリ宣告できるほど、吹っ切れてないのに。


「……講義あるから」


 結局、ぼそりとそう言って、逃げるように立ち去るのが精いっぱいだった。






「とわちゃん、アイメイクしようよ。アイメイク」


 あの日以来、私は大学に行くときも少しずつ派手な自分を解禁していっている。急に変わって注目を浴びるのは嫌だけど、今までとちょっとだけ違う自分で出かけるのが、ドキドキして楽しくなってきた。ヤケになってるとも言えなくもないけど。


 ……良太と距離を置かなきゃ。


 ほかの人には分からないだろう、ちょっとした変化だけど、良太にはバレているようだ。あれ以来、少しずつ変わっていく私に戸惑って、話しかけられないでいるのを目の端に捉えている。結局、別れ話はそのままになっているけど、そのうちこの距離が普通になっていくのだろう。







「ねぇねぇ、髪おろそうよ!ミニスカートには絶対その方が似合うって!」


 3ヶ月が経つ頃には、私はあの日買ったミニスカートの他にも、花柄のトップスや黒のワンピースを買い、肩の上でふわっとカールさせたミディアムで大学に通うようになっていた。


「永遠ー!明日合コンだけどー!」

「あ、ごめーん。明日はゼミだ」


 髪をかわいくして化粧をして流行りの服を着るようになったら、何故か人が寄ってくるようになった。老若男女問わずだ。若男は分かるとして、どうして老や女が寄ってくるのか不思議だった。


「え~、だって他の人と違う格好されるとよく分かんないんだよね~」


 何が分からないんだろう。


「どんなのが好きなのかな~とかが、パッと一目で分かんないとさぁ、何話しかけたらいいか分かんないでしょ」


 ……あ、なるほど。そういうことか。


 目から鱗が落ちた。みんなと同じ格好をするということは、「みんなと同じだから安心して話しかけていいよ」という合図なのか。そういう佐久間さんも、ゆるくカールさせたピンク系の茶髪に花柄の白のシフォンスカートをかわいらしく着こなしている。

 

 ……それって、じゃあ、今までは私からみんなに伝わりにくくしてたんだな。


 派手な格好でお酒を飲んだりはしゃいだりするのは、遠巻きに見ていると意味不明で無駄で迷惑なものとしか感じられなかった。だが、内側に入ってみると、案外楽しい。楽しい雰囲気で話していると、本当に楽しい気がしてくるから不思議だ。


 ……今までもったいないことしてたのかも。


「ね、とわちゃんは美人だし、いろんなとわちゃんがいるんだよ。みんながそれを知ったらみんな寄ってきたでしょ?」


 この子の言うことを聞いた結果だと思うと癪に障るが、今となっては聞いてみて良かったなと思えた。そして、結局あれ以来、良太とは話していない。

 今まで私も良太も全く縁がなかった人たちと一緒にいるのだから、話しかけ辛いのだろう。それでも、時々良太が御園さんと一緒にいるのを見かけると胸が痛くなる。私も良太が好きだったんだなと改めて分かった。


 ……でも、どうしようもないんだけどね。


 ため息を吐いたところで、スマホが鳴った。LINEだ。


「ねぇ、明日、とわ来れないってー。どうする?おとこ釣れないかも。こまるー」


 ………………え?


 流れてきたメッセージはそれだけで、改めて読み返す間もなく次の瞬間削除される。


 ドクン、と、心臓が嫌な音を立てる。心が急速に冷えていく。


 ……削除したって、履歴残っちゃってるよ。


 何のメリットもなく私なんかと付き合うはずない。


 そんなの、とっくに分かってた。たぶん、誰かと話してる途中で間違って送ってしまったのだろう。


 頭の奥が麻痺したようにジンジン痺れて、体が強張る。だけど、強張った体とは反比例して、脳が急速に動き出す。まるで機械みたいに、感情を切り離して回り出す。同じような思考がグルグル回る。


 ……何のメリットもなく、私なんかと付き合うはず、なかった。


「そんなもんだよねー」


 軽いため息を吐いた。ため息が震えているのに気付いて、涙が浮かんでくる。


 ……どうする?


 キュッと唇を噛んで、グッと握った拳で、浮かんできた涙を拭く。


 こんなことで、いちいち傷ついたりなんてしなくていい。そんなことより、気付かなかったフリをするか、明日講義を休むかの方が重要でしょ。






 結局、講義を休んだ。なんか、いろいろ面倒くさい。スマホが光ってるけどLINEを見るのがひどくだるい。


 ……LINEなんて作ったの誰よ。


 考えてみたら、御園さんと良太のこともLINEから始まってる。LINEがなければ自分の悪口を聞いちゃうこともなかった。


「とわちゃん、連絡着てるよ?」


 女の子がいちいちうるさい。見れば分かることをいちいち口にしなくていいのに。


 ……わたし、この3ヶ月間何やってたんだっけ?


 オシャレして、大学行って、今まで付き合ったことがない友達ができて。


 ベッドにゴロンと寝転がる。食事中でも寝る時でも必ず傍らに置いて触っていたスマホが、猫足のローテーブルの脇に転がっている。


 ため息を吐いて目を閉じる。


 ……無駄なことばっかしてたなー。


 両手を目の上にかざす。白いネイルの上に3Ⅾのパールや花が乗っている。みんな似合うと言ってくれたけど、正直言って好みとは若干外れている。本当はもう少し大人っぽいというか、静かな感じが好きだ。それは髪形も同じだった。


 ……全体的に、可愛い系なんだよね、今。


 似合うと言われるものをそのまま身に付けてきたのは、別に流されたというだけでもない。単純に、何を選んだら良いか分からなかったので勧められるものを選んだだけだ。


「ていうか、面倒くさー……」


 なんだか、楽しんでいたいろんなことが、どうでもよく感じられてきた。何か変わったような気がして、何も変わってなかった。冷めた気分で色あせた天井を見つめる。いや、色あせて見えるのは天井だけじゃない。なんだか世界が一気に寒色系に塗り替わった気がする。


「どうしよっかなぁ……」


 これでまた元の通りの地味女に戻れば、あのメッセージを見て傷ついた女確定だ。それは癪だし、周りに勝手に憶測されるのも悔しい。本人に直接聞いてくれれば弁明もできるのに、自分たちで勝手に好きなように憶測して楽しまれるのは絶対に嫌だ。生贄と同じだ。それに何より、せっかくいろいろ買い揃えたのにもったいない。


「……とわちゃん、お友達、嫌いになっちゃった?」

「別に」


 ……ていうか、何、男釣るって。漁師?


 鼻で笑う。腹は立つけど、嫌いかと聞かれれば、それ程でもない。ただ、なんだかがっくり来ただけだ。


「とわちゃんは、とわちゃんのこと好き?」

「はぁ?」


 ……何よ、突然。


「好き?自分のこと、好き?」

「………………」


 好きよと答えようとして、言葉が出ない。


 ……自分が一番かわいいのは当たり前でしょ?


 なのに、どうしても言葉にならない。


「今までの自分は、好きだった?」


 金魚のように口をパクパクさせていると、追加で質問が飛ぶ。


「今までの……」


 昨日までの自分を思い出す。ふわふわの髪に少しロリっぽいミニスカート。


「……嫌いじゃない」

「じゃあ、その前は?」


 なんだか、今日の女の子は容赦ない。


「…………好き、ではなかった」


 でも、嫌いだったわけでもない。強いて言えば、興味がなかった。


「じゃあ、とわちゃん、誰になら興味あった?」

「え?」


 ……誰に?


「誰かに、興味あった?」


 ……良太には……あったのかな。


 好きだったと思う。別れようって、結局ハッキリ言えなかった。でも、じゃあ、興味があったかと聞かれると分からない。


 ……興味って………………何?


 何でも知っているということだろうか。知りたいと思うことだろうか。


「これから先も、見ていたいって思う人、いる?」

「これから、先……?」


 ……先のことなんて……


「とわちゃんは、自分の将来が、楽しみ?」

「…………え?」


 ……自分の、将来?


 私の将来は、弁護士になっていて、困ってる女性の相談に乗って……。


 「………………」


 ……乗って、どうしてるだろう?そもそも、困ってる女性って、どうやって私のところに来るの?


 私は、誰のどんな相談に、どうやって乗っているだろう。


「弁護士になったとわちゃんて、どんな格好してるの?」

「それは……スーツ着て……」


 ……たぶんグレーとかのスーツ着て、髪は後ろに引っ詰めて、厳しい、乏しい表情で。


 そんな弁護士の女に相談に来る人って、どんな人だろう。


「どんな悩みを相談するの?」


 ……相談……するかな。ていうか、できるかな。


 自分なら、相談しようと思うだろうか。この人に、何でも洗いざらいしゃべってしまおうと、思うだろうか。


「とわちゃん。今、どんな将来を楽しみにしてる?」

「あ…………」


 楽しみにしている将来なんて、ない。だって、将来の自分の姿を想像しても、楽しくない。


「とわちゃんは、どんな未来に向かってがんばってる?」


 目標は、弁護士で……。でも、それは職業であって、人じゃない。私は弁護士という機械じゃなくて、人なのに。


「どんな髪型で、どんな服着て、どんな話し方をしてる?そんなとわちゃんに話しかけてくるのは、どんな人?どんな場所?」

「髪型は……」


 目を閉じて、想像してみる。


 ……今のふわふわ?いや、これ、私のイメージじゃないな。


「髪はストレートがいいかな。ストレートの黒髪で、肩より少し長いくらい。俯くと、肩から滑る感じが知的で真面目そうだけど、話しやすそう」


 私なら、そんな弁護士がいい。そんな人に、相談したい。


「服はやっぱりスーツかな。派手なのは好きじゃないんだよね」


 ひらひらふわふわした服は、似合うとは言われたけど、自分の好みかと言えばそうでもない。以前ほどの嫌悪感はないけど。


「黒は硬すぎて好きじゃないかも。グレーでシンプルなパンツスーツがいいな。活動的で」


 フットワークが軽い感じの方が、私なら信頼できるし、私自身、そうありたいと思う。


「話し方は……どうかな」


 以前は、敢えて抑揚を抑えてしゃべっていた。抑揚も感情も抑えて。でも。


「感情がちゃんと見えた方が、話しかけやすいよね」


 マイナスの感情が出ちゃうと嫌がられるかもしれないけれど、楽しいとか嬉しいとかの感情は、相手への共感と共にちゃんと示した方がいいかもしれない。そこが見えないと、得体が知れない気がして洗いざらいしゃべるには警戒してしまいそうだ。


「相談に来て欲しいのは、困ってるお母さんなの。子どもを抱えてると余裕をなくして、自分でいろいろ調べたりとかできなくなっちゃうから。うちのお母さんもそうだったし」


 私の父は、私が小学生の頃に亡くなった。事故で、突然だった。それから母はシングルマザーになったが、得られるはずの公的支援のほとんどは、母が自分でどんな支援があるのかを調べて手続きを取らなければならないのだ。誰にアドバイスを求めればいいのかすら分からず、私を育てるのに忙しい母は手が回らず苦労した。


 ……自分の生い立ちを、事前に紹介するのもいいかもしれない。


 分かってくれると思えば話しやすくもなる。


「……あ、そっか」


 私がどんな人間なのかが一目で分からないと、話しかけ辛いのだと、数ヶ月前に教えられたばかりだ。


 ……今の私は、私らしくないかもしれない。


 だって、嫌いじゃないけど好きでもない。これが私ですとは、ちょっと言えない。


「なんで、こんな恰好してたんだっけ」


 髪をくるくる巻いて。爪にはかわいらしいパールや花を乗っけて。


「似合うって、言われたから」


 似合うと言われたから、なんだというのだろう。似合う恰好をしなければならないルールなんてないはず。まして、自分が好きなわけでもないなら尚更。


 そこまで考えて、ハッと目を見開く。


「…………っ」


 思い至った結論に愕然とする。苦しくなる。


 …………私、媚びてた……?


 彼女たちと騒いでいるのは、楽しかった。


 はしゃいで、周囲にたくさん人がいて。いつもテンション高くて。そこにいようとしたのだ。自分は。


「………………」


 両手で顔を覆う。そんなのは嫌だ。情けないし恥ずかしい。受け入れたくない。悔しくて涙が出る。


 ……あんなに……軽蔑すらしてたのに…………。


 自分を捻じ曲げてまで、媚びて、その中に入れてもらおうとしていたのか。


 そのまま、しばらくじっと奥歯を噛み締める。波立っていた気持ちが少し収まると、疑問が湧いてきた。


 ……どうして?


 なぜそれほどまでに、彼女らに合わせようとしたのか。


 ……受け入れてもらえた気がした。


 行き場を失くしていたのだろうか、私は。もしかしたら、良太の代わりを探していたのかもしれない。


 ……本当に、受け入れられていると思ってた?


 それほど、彼女たちを信じていただろうか。


 ……ショックではあったけど、まるっきり予想外のことでもなかった。


 利用されていただけだと分かって、それほど驚いてはいない。それほど、興味がない。


「……興味、なかったよね」


 私は彼女たちの私生活を知らない。知っているのは学校と飲み会の時だけだ。それ以外を知りたいとも思わなかった。


「あ……利用してたのは、私も同じか」


 受け入れられたと安心できればそれで良かったのかもしれない。たとえば、近付いてきたのが彼女たちじゃなくても、私は結局同じ選択をしてきたのではないだろうか。


 ……人間て、誰かに受け入れて欲しいものなのかもなぁ。


 ため息が出る。






 私は髪を黒く染めた。肩上くらいだったふわふわ髪をストレートにしたら案外長くて、肩より少し長いくらいになった。


「その恰好もかわいいねぇ~」

 

 何の装飾もないクロームオレンジのシャツにベージュのワイドパンツで、コンバースのハイカットスニーカー。

 今までのどの恰好より、鏡に映る自分が好みに思える。


「よし。学校行こうかな」

「行ってらっしゃ~い」


 2日も休んでしまった。これから必死に遅れを取り戻さないといけない。弁護士になりたいなら、やらなきゃいけないことはたくさんある。それは、勉強だけじゃない。


「私、ギリギリで頑張ってるお母さんが、何でもかんでも相談してみたくなる、聞いてもらいたいって思えるような弁護士になるの」


 明確に思い描いて言葉にすると、やるべきことが見えてくる。何がなんでもそこに辿り着こうと思える。例えば、その間に難しい問題があって、戦うことで自分が傷付いてしまうかもしれないと分かっていても。


 ……その先にあるものが掴めるのなら。


 まずは、人と向き合おう。


 相談に来た人によって依頼を受けたり受けなかったりするなんて、あってはならない。そんな自分は嫌だ。


「この前はゴメンね。ちょっと体調悪くてゼミも休んじゃったんだ」


 LINEでグループに送る。既読が2、3と増えていくのをちょっとドキドキしながら見つめる。


「全然~。今日は来れる?」

「講義は出るよ」

「飲みあるけど~」

「ごめん、休んだ分取り戻したいから当分遊ぶの止めて勉強する」

「OK~」


 会話が始まってしまえば、それまでと全く変わらないやり取りで、正直ホッとする。この前のメッセージも読んでしまったことは、ちゃんと伝えたいと思う。だけど、そういうことは文字じゃなくて、相手と向き合って伝えたい。


 学校に行くと、すぐ講義に向かう。大学は人が多いから、私なんかがちょっとくらいイメージチェンジしたって誰も気にしない。でもさすがに、講義室に入ると何人かに注目されたのが分かった。視線に緊張する。


「永遠~。おっはよー!どうしたの!?」


 佐久間さんが茶色い髪をふわりと揺らしながら首を傾げる。かわいい仕草だなと思った。佐久間さんは、かわいいのが好きなのだろうか。


「うん。私、実はこっち系が好きだなって最近気付いて。昨日思い切っちゃった。佐久間さんてかわいいよね。かわいいのが好きなの?」

「うーん、かわいいのが好きって言うか、かわいくしてる自分が好き?みたいな?」


 疑問形で答えてるけど、これは確定しているのだろう。かわいくしてる自分が好きだなんて、随分ハッキリ言うなと思う。でも、変に恥ずかしがったり言い繕うより遥かに好感が持てる。


「この前はごめんね?男、釣れなくて」


 クスッと笑って言うと、佐久間さんは一瞬言葉に詰まって、上目遣いに見る。


「ごめーん。でも、悪い意味じゃないんだよ?永遠かわいいから永遠が一緒だとスペック高い男子が来やすいんだよ」

「へぇ、知らなかった」

「もぅ、永遠ってホント天然だよね~。でも、今のカッコもいいと思うよ?パンツだと男は釣れにくいけどね。でも永遠、いい顔してるし。今の自分、好きでしょ?」


 思いがけなく鋭い指摘をされて驚く。


「前より話しやすくなったよ。やっぱ、自分好きな人って他人のことも受け入れてくれるオーラ出してくるから接しやすいよね」

「…………佐久間さん、すごいね」

「ええ~?何それ?」


 私がグズグズ悩んでやっと出した答えを、いとも簡単に披露してくる。まるでマジシャンみたいだ。


「うん。私ね、誰でも相談しやすい雰囲気の弁護士になろうって決めたの」

「そっか。いいんじゃない?合ってる合ってる。でもじゃあ勉強頑張らなきゃだね~。弁護士になるのって試験ハンパないもんね~」

「ホント……勉強させ過ぎじゃないかと思っちゃうよね」

「アハハ。じゃあ、これからも飲み会誘うからさ、無理ない範囲でおいでよ」

「うん。ありがと」


 ……ちゃんと話して良かった。


 佐久間さんて、ただの頭軽い人じゃなかった。国立大法学部は伊達じゃなかったなと思う。ちゃんと、考えてる人だった。そんな人と友達になれたことが嬉しいし誇らしい。もっといろいろ話したいと思う。そんな相手に、自分もなれたらいいなと思う。






「御園さん、この前のLINEなんだけど……」


 次はこの問題。

 御園さんにLINEのやり取りを見せられたけど、実は一部だけだったなと気付いた。私が勉強ばっかりしてるっていうメッセージはたしかにあったけど、それだけならば、単に事実でしかない。それに悪い言葉を付け足しながら話したのは御園さんで、その部分は見せられてなかった。


「何?もう残ってないから見せられないけど……」


 御園さんは、いつも何だか不機嫌そうに見える。良太といるときは楽しそうなのに。


 ……あれ?もしかして、御園さんて良太の事好きなのかな?


 今更なことに思い至った。良太は、いつも地味なTシャツにごく普通のジーンズで、髪も近所の床屋さんで2ヶ月に一回くらしか切らないので、正直言ってダサい。そんなにモテるイメージはなかったのだが。


 ……ていうか、改めて考えると、私すごく失礼なこと考えてたんだな。みんな、ゴメン。


 自己評価が低いどころか他者評価まで低かった。この失礼さはシャレにならない。態度に出さないのは難しいので、まずは腐った目と偏った価値観を改めて、他人を正当に評価する所から始めなければ。


「御園さん、どうしてあのメッセージ見せてくれたの?」


 よく考えると不自然だ。だって、私と御園さんは別に仲良いわけでもなかった。なのに突然彼氏とのやり取りを見せに来るなんて、単純に親切心だとは思えない。


「……それは……騙されてるの、かわいそうだなって……」

「そう。でも、御園さん、良太の事好きでしょ?一緒にいると楽しそうだし」

「………………!」


 真っ赤になってバッと顔を上げた御園さんの表情に唖然とする。涙目でこちらを睨みつけてくるのは肯定と受け取っていいだろう。


「気付かなくてごめんね」

「………………」

「私ももう一度良太と話してみるよ」

「………………」


 御園さんが何か言いたそうに口を開けるが、しばらく待っても何も言わない。私はまだ、何でも相談できるという程にはなっていないらしい。修行が必要だ。







 御園さんと別れて家に帰る。

 たった二人と話しただけだが、私にしてみればすごく体力と精神力を使ったのだ。今日はもういっぱいいっぱいで良太までエネルギーを回せなかった。


「明日の講義の後に……あ、LINEで言っとかないと」


 良太にLINEで話しかけるのは久しぶりだ。講義の後に呼び出す事務的なメッセージを作ったはいいが、送信ボタンを押す勇気がなかなか持てない。


 そうこうしている間に夜になった。いくらなんでも今日のうちに送らないと。


 ピンポーン


 インターフォンがなるが、宅配便に心当たりはない。夜8時。電気は付いてるから居留守は無理だ。女の子に相談しようと部屋を見回して、女の子がいないことに気が付いた。


 ……そういえば、帰ってからずっと見てない。


 少し、心臓が冷える。


 ……いや、何かあったらとか、ないから。相手、ユーレイだから。


 ピンポーン


 インターフォンがしつこい。


 仕方なく応答ボタンを押すと、小さな画面に良太が映りこんで息を飲む。


「え……良太!?」

「あ、良かった。いたんだね」

「え……ちょ、ちょっと待って」


 急いで玄関を開けると、良太がコンビニの袋を下げて立っていた。


「ちょっと、話せないかと思って」

「あ、う、うん……。どうぞ」

「え、と……。お邪魔します」


 なんだかずいぶん戸惑ってから、良太が上がりこんできた。そういえば、良太がこの部屋に来るのは初めてだ。


「実家には何度か遊びに来てるのにね」

「そうだね」


 なんだか居心地悪そうにもじもじしている。何だろう。掃除はちゃんとしてるから大丈夫だとは思うけど。


「あ、これ。お土産。コンビニスイーツで悪いけど」

「あ、杏仁豆腐!ありがとう!」


 さすがは良太だと思う。私が好きなものをちゃんと知ってくれている。自分は杏仁豆腐嫌いなのに。


「永遠……」

「うん?」


 早速杏仁豆腐を食べていると、パリとろブリュレを前に、良太が躊躇いがちに切り出す。


「オレ……どうしたらいい?」

「え?」


 何のことか分からない。スプーンはちゃんとクレームブリュレの上に乗ってるけど。


「オレ、なんで突然嫌われたの?」

「………………」


 そう聞かれてハッとする。口の中に広げて堪能していた杏仁豆腐を思わずゴクンと飲み込む。


 初めて良太の立場を思い返して心臓がギュッとなる。


 ……そうか。御園さんとのメッセージが嘘なら、良太からすれば、全ては突然のことだったんだ。


「あ……あの……」

「……オレも……流行りの恰好とか、した方がいい?」


 良太が躊躇いがちに言う。


「え?」

「永遠……最近、オシャレになって……。正直、オレも自分で自分が永遠に似合わないことは分かるよ」

「そんなこと……」

「でも、どうしたらいいかも分かんないし……」


 もしかしたら、良太だって、別に地味な恰好が好きなわけじゃないのかもしれない。自分がどうしたいのか、どうなれるのか分からないのかもしれない。


「……御園さんに言ったでしょ?私のこと。勉強ばっかりで地味な女でつまんないって」

「え?」


 良太が驚いた顔をする。ということは、やっぱり、御園さんの言葉に嘘があったんだろう。


「LINEのやり取り見せられた」

「え……いや、勉強ばっかりっては言ったけど……地味とかつまんないとかは言ってないよ!?」

「うん。さっき御園さんに確認した」

「なんでそんなこと……」


 良太は御園さんの気持ちには気付いていなそうだ。御園さんは何も言っていないらしい。まぁ、あの様子を見ればそうかなと思うけど。


「私ね、良太と御園さんが仲良くしてるの見るのは悲しかったし胸が痛かったの」

「え…………」

「だから、私、やっぱり良太のことが好きなんだなって分かったの」

「あ……じゃあ、」

「でも、私、今、自分のことでいっぱいいっぱいなの」

「…………え?」


 私の言葉に一瞬パッと顔を輝かせた良太が固まる。


「だから、やっぱり…………」

「今までと!一緒でいいんじゃない!?」

「え?」


 良太が焦ったように身を乗り出してくる。


「別に特別なことをする必要はないでしょ?今までと同じで……」

「同じで……いいの?」


 御園さんに騙されたとはいえ、良太にはひどいことをしてしまった。


「私、前に戻るつもりはないの。派手にしてる間に仲良くなった人とはそのまま友達でいたいし、飲み会とかも、しょっちゅうじゃなくてもたまには参加したいし」

「……じゃあ、オレも参加する」

「え?」


 突然の良太の宣言にポカンとする。


「オレも……永遠と一緒に変わっていく。永遠が成長する分、オレも成長したい」

「良太……」

「オレと離れて、どんどんキレイになって……永遠、今すごくいい表情してる。なんかもうキラキラしてて……オレ、全然ついて行けてなくて、そしたらもう、永遠に話しかけることもできなくなって……」


 ……ああ、やっぱり。


 変わりたいと思っても、どうしたらいいか分からない。やったことがないことに踏み出すのは、勇気がいることだ。少なくとも、私や良太のような人間には。


「良太も、違う人になってみる?」

「え?」


 ……あの女の子が私にしてくれたことを、そのままやってみればいいのかもしれない。


「良太は良太だよ。だけど、今の良太はホントに良太?他の良太はいない?」


 ……変わるには、勇気がいる。


「今の良太と違う自分を、誰かに見られたくないんでしょう?」

「………………」


 良太が俯く。


 ……たぶん、一人じゃできない。でも、誰かと一緒なら。


「だったら、私だけなら、見られてもいいんじゃない?」

「永遠…………」


 視界が回転する。


「え?」

「永遠、オレ……やっぱりちょっと変わりたい」


 いつの間にかカーペットの上に寝転んでいて、私に覆いかぶさった良太が上から見下ろしている。


「え……うん。だから……」

「キスしていい?」

「は?」


 何か、話が錯綜している気がする。何故ここでキスの話が出るのか分からない。変わる話だったはずだ。あ、グロスを変えたけど、その話?


「いい?」

「………………」


 私もだいぶテンパってる気がする。とりあえず、落ち着け。


「永遠?」

「え、えっと……」


 どうしよう。何て答えるのが正解か分からない。ダメ……だろうか?いや、でも付き合ってるんだし。ダメな理由は思いつかないし。


 ……ていうか、だんだん近づいてない?顔、近付いてない!?


「永遠」

「う、ん…………」


 ちゃんと返事するまえにキスするのって、反則じゃない?とか、あ、これファーストキスだとか思ったけど。とりあえず、落ち着け、私の心臓!


「永遠…………」


 一度唇を離した良太が、顔の角度を変えて近づいてくる。何度も何度もキスをして、合間に名前を呼ばれる。中学校から付き合ってて、実はキスもしたことなかった。今までの関係を壊してしまうのが怖かったのかもしれない。でも、私も良太も、もう大人だ。子どもの頃と、ずっと同じ関係ではいられない。


「永遠……」

「良太!」

「んん!?」


 何度目か唇が離れた瞬間に、顔の間に手を差し込む。突然キスを遮られて良太が目を白黒させている。


「明日、買い物行こうか」

「………………っっっ」


 ハッと我に返った良太が顔を真っ赤にして、口元を手で覆って顔を背ける。手が大きいなと思った。もう、子どもの手じゃない。


「……良太?」

「………………行く」


 なんだか横目でこちらを恨めしげに見ながら、呻くように答える。


「よし!じゃあ、今日はもうお開きだね。明日、講義の後に行こ!」

「………………ハァ」


 さぁさぁと良太を促すと、仕方なさそうにため息を吐かれた。


「永遠って、結構強いよね」

「え?知らなかったの?」

「知ってたけど!そこがかわいくて好きなんだけど!」

「…………!」


 ……良太も充分強いと思う。少なくとも、今の襲撃はかなり効いた。


「じゃあ、また明日ね」


 そう言って、一瞬の隙をついてチュッとキスを放ってサッと身をひるがえす。


「…………!!!」

「オレ以外の男を部屋に上げちゃダメだよ」


 ……良太も変わったと思う。


 少なくとも、さっき家に来た時と今帰る時では別人みたいだ。


「ふふっ」


 なんだか笑いが込み上げてきた、

 明日、良太の服を買って美容室に押し込もう。二人で変わるのなら、きっと怖くない。こんな風に、二人で変わっていけたらいいと思う。







 それから1ヶ月。

 あれ以来、女の子は一度も姿を現さない。心配にはなるけれど、元々突然現れたので、消える時も突然なのかもと妙に納得もする。でも、また会えたらいろいろと話したいことがある。


「永遠。行くよ」

「あ、待って、水あげなきゃ」


 迎えに来てくれた良太と一緒に家を出る。


 麻のプルオーバーシャツに黒スキニーでシンプルだけど、毎月美容室でカットしてもらう髪はスッキリしているのでよく似合っている。


「次、枯れたらもう復活してくれないかも」


 良太も変わった。私と一緒に飲み会に行くし、なんだか以前より積極的になった気がする。主に恋愛面で。でも変わっていない部分もあって、お互いに確認したり調整し合いながら自分らしい成長を探している。


「行ってきます」


 何となく、誰もいない部屋に向かって声をかける。

 本棚の横には、1ヶ月前から新しい芽を出し始めたミニバラが、行ってらっしゃいと言うように黄緑色の小さな葉を揺らしている。まるで、幼い子どもみたいに。



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地味な私の変節寸話 静乃 千衣 @c_seino

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