第5話 月下老人

 早朝、メルベールは昨夜とは打って変わって紅茶の効果が切れたのか恥ずかしそうに体をくねらせながらシーツを抱き寄せていた。

 そして私は屋敷が静かなことに違和感を覚えた。

 ヤーコブはケイネルの起床任務を受けているため、誰よりも真っ先にケイネルの死体を発見し、犯人探しを始めるだろうと思っていた。

 服を着替えて目に止まったハウスキーパーに何かあったかと話を聞くが、彼氏が出来たという全くもってどうでもいい話をされた。

 それから1週間、働いたがケイネルの姿を見ることは無かった。

 もしかしたら内々に処理したのだろうかという気さえする。

 だがそれは私の望むところではない。

 ケイネルとケイネルの父親を同じ方法で殺すことでドルードに危機感を抱かせ、殺すのだ。それによって漸く復讐できるのだ。なのに。

 私はヤーコブが私用で屋敷を離れている最中、ケイネルの部屋に忍び込むことにした。

 そしてドアを開け、驚愕した。

 部屋の内部は綺麗サッパリ無くなっていたのだ。まるで殺人の証拠を片っ端から片付けたように。

 少しの間、休暇を取ることにした。休暇届は勿論ヤーコブが受け取った。止める素振りは一切なかった。

 休暇を取る旨をアスランに言えば僕も行くと付いてきた。

 狐に化かされたのは果たして私なのか。

 この世界は身分制度によって4つに分かたれている。上から王、貴族と聖職者、商人と平民、一番下に奴隷がくる。唯一、その階層から外れた冒険者という階層がいるのだが後にしよう。

 私たちは商品奴隷は人に買われた瞬間から奴隷としての首輪を外され、平民となる。

 平民ならば家の無いのは不審に思われるため、狭い一軒家を借りることにした。

 金は使用人として働いた金と他に幾つかある。

 ここで今更事実をここに晒すのだが、アスランは弟ではなかった。正確に言えば同姓ではなかった。

 20歳を超えてなおスラリとした体格は間違いなく美少年のものだが、ほのかにふっくらとした胸部や丸みを帯びた臀部、それに決定的な下半身の違いは紛れもない女性のものだった。初めはマダムの屋敷に来た時、風呂が無いため互いの体を拭こうと提案するとやけに渋られ、漸く服を脱がせば間違いなく付いていなかった。

 その時の私は実に滑稽な顔をしていただろう。

 さて、家を決めた晩も又アスランは私に体を預けた。

 もう何百回となる愛撫を済ませ彼女の秘部に挿入する。顔が良いために他の人よりも興奮する。

 私は何度も行く直前で止め、彼女を深い快楽の底に落とす。

「いってきます」

 体力も切れたのかぐったりとした体を晒すアスランにシーツをかけると身支度を整えて家を出る。目的地は冒険者のよくいる酒場の裏通り。彼女とはそこで待ち合わせだ。

 彼女はいつも通り軽装の鎧を着て冒険後という雰囲気だった。

 私の姿に気がつくと小さく手を振り、時間が惜しいというようなな目を向ける。

「初めて会った時よりも準備万端みたいですね」

 軽く頬にキスをして軽口を叩く。

「もう2週間もしてないんだ。早く行こう」

「せっかちですね」

 近くの有名な宿に入ると、既に女性が2人、薄着をまま待っている様子だった。

「聞いてないですよ」

「あれ?そうだっけ、でもいいよな」

「ええ。人数分頂ければ」

 食い気味で言う彼女にそう答える。

 冒険者は私のいい顧客だ。使用人として稼いだ金の2倍は彼女たちから貰っている。

 私の評判はかなり良い。

 マダムのところでは先輩使用人という立場を利用して手取り足取りを文字通り行い、何回かしてから放置し、求めてきたら1回いくらと稼いでいた。中には金でなく貴重な魔具を払うこともあったため、どちらにしても成功だ。いまや本業はどちらと言うほど。

 そして休暇をとってアスランとしたある晩、厳密に言えば出した直後、頭に音叉を鳴らすような微かな音が響き、動きを止めて周囲を目で探る。

 1度聞いたことがあるような気がした。

「ど、どうかしたの?」

 行きも絶え絶えで問うアスランになんでもないと返してその晩は眠りについた。


 ◇


 休暇中に調べたことがあった。

 貴族が如何にして殺されるのか、またその時の相手の立場を。

 そして数百の資料を見た限り、成功率としては使用人よりも雇われの暗殺者の方が高い印象だった。まあ実際は件数だけでなく、相手の地位や単純な戦闘力も加味しないとならないが。

 結論として、手っ取り早く金を稼いで人を雇う方法も取れるが、自分の手で決めるのならば戦闘力が必要だと冒険者、並びに傭兵等の戦闘力を必要とする職業に進むことを決意した。

 先ずは知り合いの女冒険者のエリンを通じて冒険者ギルドに入ることにした。

 ハードルは低く、ギルドカードの発行費と最低限の戦闘力を保有、そしてギルドでのちょっとした試練を乗り越えれば入れるらしかった。

 私は手続きを終えて試験用のギルドカードを受け取ると、魔力を流すように指示される。魔力の操作方法は魔具で実証済みなので問題は無い。

 カードに名前が浮かぶと続いてEというアルファベットや1という数字が現れる。アルファベットと数字に不思議と関心が寄せられた。

「なるほど。既に試練は終えているようですね」

 受付はカードをチラと見るとそう呟く。そしてはっと仕事を思い出したように説明を加える。

「こちらの数字は依頼の成功と失敗て数字が上下するシステムになっておりまして、いわばあなたに対する冒険者ギルドの信頼と捉えてください。そしてこのEは試練を終えた証明です。試練を終える度に上がっていきます」

「試練を越えた記憶が無いのですが」

「試練を終えると脳内にあなたの想像する神の音が響きます。まあ、睡眠中に試練を終える方もいると聞きますから」

 と、そう言われてあの晩のことを思い出す。あれは試練を終えた音だったのか。

「説明は以上となります。何か他に聞きたいことがありましたらお声かけください。その時は今夜の予定も聞いてくださいね」

 受付は身を乗り出して制服に締め付けられた胸を強調しながら言った。

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衝動の世界 三上 獬京 @kohakuno

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