第4話 一夜のみ

 廊下には対面する形でいつもよりラフなワンピースを着たメルベールがたっていた。

 一瞬、呼吸の仕方を忘れ、息が詰まる。どうにか肺から空気を絞り出す。

「……こんばんは」

 メルベールは私を注視して、ランタンの明かりにめをやられたのかツンと強く目を閉じた。

「こんばんは。こんな夜遅くにどうしたの」

 今考えれば夜遅くにどうしたのだどと聞くはずがないのだ。なにせ夜にすることといばトイレか料理の仕込み。コックでない私は必然、トイレと決まる。

「お腹が痛くって、トイレに行こうと」

「そう」

 メルベールは短く答えると私もよと安心させるように微笑んで、歩き出した。私は不審がられないように密接しない位の距離を開けて後を追った。

 先にと言ってドアを閉めると、すぐ、チョロチョロと排尿の音が聞こえる。人間睡眠、排泄、食事、呼吸が無防備だと聞いたことがあり、そっとドアを開けて覗き見る。

 中にはやはり私をたくし上げ、レースのパンツを足首まで下げて排尿するメルベールの姿を見た。

 手元のナイフを確認する。

 刃渡り5センチ程の小さな、返しの付いたナイフは刺し殺してから無理に引っ張っても抜けないようになっており、小さな体では殺すほど深く刺してしまえば引き抜くことは先ず出来ない。

 そっとドアを閉じ、じっと終わるのを待つ。

 私のばんが終わるとなるべく穏便に別れるため、メルベールの提案に乗った。

 調理場の狭い長椅子にきつく座ると差し出されたカップを受け取る。嗅いだことの無い紅茶だった。

「これは?」

「ケイネル様が特別なお客様にしか出さないお茶。かれこれ数ヶ月は放置されてるから、捨てる前に少しずつ飲んでるの」

「そうですか」

 以来話しはなく私が飲み終えるまでメルベールは黙ったままだった。

「さっき、トレイで私の事覗いてたでしょ」

 ビクリと体が震えた。殺さない選択は間違いだったかと少しだけ腰を浮かせて動く準備をするが、メルベールは呑気にお茶をすする。

「実はそのお茶特別な効能があってね」

「……そうなんですか」

「2人の秘密なんだけど、……精力が増強するの」

「……はあ」

 メルベールは段々と呂律が怪しくなっていき、頬が紅潮し、手を自らの下半身に忍ばせる。耳を澄ませずともクチュクチュといやらしい音がはっきりと聞こえてくる。

「はぁ、はあ、それでね、エルくんは、もしかして私に、興味があるのかなって」

「もしかして部屋の前に居たのは」

「もし、起きていたら、エルくんを誘おうかなって」

 普段の冷静な表情から一転いやらしく腰をくねらせ、片手を下半身に、片手を口に動かす姿はなんとも形容しがたかった。

「だから、その」

 メルベールは十分ためで言った。

「今夜、どうかな」

 彼女の唾液の垂れる手を僕は口で受け止めた。


 ◇


 体を痙攣させて横たわるメルベールを後目に装いを正す。彼女は当分性から目覚めはしないだろう。マダムの屋敷でも性は物事を円滑に進める武器だった。

 彼女から受け取った紐に繋がったマッサージ用の小さな魔具を彼女の奥の方に置いてきた。

 部屋に入った時よりは気力も文字通り精力も万端とは言えないが全ての確認は済んだ。

 部屋を出る際、振り返るとまた大きく痙攣て、声を出すメルベールを見た。口に布を詰めようと、落ちていた彼女のパンツを丸めて突っ込んだ。

 体から芳醇な香りを放つ私は見つかってしまえば気を引くことは間違いないだろうと音を立てずに早足でケイネルの部屋に向かった。

 ドアに耳を当てると、中は寝息1つと身動ぎの音しかなく、確実に睡眠中だろうことがわかった。

 先程トイレを開けた時よりも慎重にドアを開ける。メルベールのように注意さえ向けられていなければ気づかれることはないのだ。

 廊下から不審がられないようにドアを閉じ、足音を殺してケイネルに近づく。

 ケイネルは連日徹夜続きだったのか少しだけこけた頬に夜闇でも見えるような隈が見て取れ、全裸に薄い布を掛けた状態で、目指すべき心臓は容易に指すことが出来そうだった。

 右手でナイフを逆手で持ち、もう一方で親指側を抑えるように構えた。

 今までの全てが報われるようなそんな場違いなことを考えた。目標の半分も到達していないというのに。

 マダムには申し訳がない。マダムからの使用人に主人を殺すような人が出れば評判は落ちるだろう。

 改めて決意を決め、手に力を込める。

 途端、ナイフが淡く光り出す。

 初めての光景に目を窄めるが、何かの強制力に体全体が引っ張られ、そのまま光るナイフをケイネルの心臓に突き立てた。

 その光は割れるように一瞬で消え、辺りには欠片も残っていない。緊張が緩和しすると同時に、不可思議を不可思議で終えたことに腰を抜かして、床にしりもちを着く。

「やった」

 声を押し殺して喜んだ。

 どうにか復帰して部屋を出ると、変わらない。ここで屋敷の主を失ったにもかかわらず何も変わらない廊下があった。

 私は来る時と同様足音を殺してメルベールの部屋に向かった。そこには未だ動き続ける魔具とそれに悶えるメルベールがいた。当たり前のような話、部屋を出てから10分すら経っていないのだ。

 私はまた全裸になると紐をゆっくりと引っ張って魔具を取り出すついでにパンツも出す。痙攣は治まらない。

 私ゆっくりと抱きしめて首元に歯型のキスをし、続きを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る